【35歳の仕事論】第1話:「失敗」は成功と対極にあるもの?(校正者 牟田都子さん)

ライター 小野民

校正者、牟田都子さんに会いに行きました

当店のスタッフ津田が、35歳という節目を前に、年齢と経験を積み重ねながら「よりよい仕事」をしていくために、さまざまな方にインタビューするシリーズです。

今回は、仕事で避けては通れない「失敗」や「ミス」がテーマ。編集チームのマネージャーという立場にある津田にとって、自分自身だけでなく、さまざまな人のつまずきにどう対処していくかも悩ましいところです。

ただし、今の自分があるのは、きっとあの失敗があったから。そう思えるたくさんの経験を積み重ねてきた津田にとっては、周りの人たちが失敗を恐れて尻込みしているのを見ているのが、もどかしくもあるそう。

「失敗って、そもそも成功の対極にあるもの?」「失敗という結果も前進じゃない?」

失敗に臆病になる自分を勇気づけたくて、日々間違いやミスに向き合う「校正者」として働く牟田都子(むた さとこ)さんを訪ね、失敗をめぐる全3話をお届けします。

 

失敗したくないと思ってしまうのは、私だけでしょうか……

お邪魔したのは、仕事場も兼ねるご自宅。見晴らしのいいマンションに、同じ校正者のパートナーと2匹の猫と暮らしています。いつもゲラ(校正刷)と向き合う机で、インタビューはスタートしました。

編集スタッフ 津田:
「最近、失敗やミスって何だろう?と考えているんです。

世の中では『失敗を怖がるな』『失敗からしか学べないぞ』みたいなことがよく言われます。頭では分かっていても、やっぱり失敗したくない気持ちもありまして……。

けれど、10年ちょっと社会人を経験して分かってきたこともあるんです。それは、失敗は避けようとして避けられるものではない、ということ。仕事でも人生でも、がんばったからって上手くいくわけじゃない。

社会人として中堅になってくると、そもそも任される仕事が、正解が決まっているものばかりじゃなくなります。

そんな状況では『失敗したくない!』と思うほど、身動きがとれなくなってしまう。だったら失敗という結果が出たときに、それをどう扱うかのほうが、よほど大事なんじゃないかと思うようになりました。ある意味では失敗と成功は同じものというか。

文章を世に出すときには、間違いがないかチェックする『校正』が必要です。牟田さんはそのプロとして、事実に即し、適切なかたちに文章を導くお仕事。

校正という仕事を通して、単純に間違いやミスをネガティブに捉えるのとは別の見方ができるのでは?という予感がして、お話を聞きたかったんです」

牟田さん:
「私たち校正者の仕事は、だれかのミスがないと始まりませんものね(笑)。

著者と編集者が、完璧な原稿を書いてくれたら、私たちの仕事は必要ありません。でも間違いがない原稿は、ありえないんです。

校正者は、誤字や脱字、事実関係の間違いが本に残らないようにチェックするのですが、そもそも本作りって『正解』がない世界。

著者や編集者が思い描く完成形があっても、途中でどんどん変わるし、できあがって『これが100%目指していたものだ!』と胸を張って言うかといえば、意外と言わないことが多いです。

みなさん、タイトル1つにしても、すごくギリギリまで迷う。でも正解がないからしょうがない。その時々の状況でベストを尽くすことを心がけています」

 

校正者の仕事=間違いを直す、ではない?

▲牟田さんが校正かかわった本の一部

編集スタッフ 津田:
「間違いを見つけるのは、よりよいものを探していくための足がかりのようなもの……とまで言ったら言い過ぎでしょうか?」

牟田さん:
「まさにそうだと思います。

チェックするゲラに疑問や提案を書き込むことを、『鉛筆を入れる』と言うんです。編集者や著者の判断に委ねて消せるように、鉛筆で書く。

ゲラを読んでみて、たとえ誤字脱字や事実誤認がなくても、読者が理解しにくい文章だと感じたとき、果たしてそのまま通していいのか。

『こんな本にしたいのかな』、『こういうことを書きたいんだろうけど、まだ筆が追いついてないのかも』と著者や編集者の想いをくみ取って、ゴールまでサポートするような側面もあって、そのさじ加減を考えるのも、校正者には大事なこと。

どんなときも目指しているのは、まだ見ぬ『よりよい本』なんです」

編集スタッフ 津田:
「なるほど。校正のお仕事では間違いを2つに分けられそうですね。

ひとつは、単純な誤字脱字など直すべきもの。もうひとつは、本当に伝わるのかどうか自分なりに考えをめぐらせるべきもの。後者は、よりよい本を目指すために検討するもの、とも言い換えられるかもしれません」

 

どんなベテランでも「落とす」、新人でも「拾える」

牟田さん
「人って、自分を信じて疑わないんですよね。

プロが4人がかりで1冊の本の校正をしたとしても、単純な誤植が本になっちゃったりするんですから。人間って自分が書いたものはね、『ちゃんとチェックしてます』って言っても、絶対ちゃんとチェックしてない。できるわけがない(笑)。そのくらいに思っていないと。

逆にいえば、チェックしなくちゃいけないものがあった時に、別の人に見てもらうだけで、自分1人で10回見るより遥かにミスを拾えるんですよ」

編集スタッフ 津田:
「分かります。何度も読み返したはずなのに、他人が見ると間違いや勘違いが見つかったりして。自分じゃない視点から見るからですかね」

牟田さん:
「そうですね。新人だろうが、何十年やってるベテランだろうが、人間は間違えるし、ミスや失敗をするのが大前提。だからこそ、どうリカバリーするかが、私たちの仕事とも言えます。

誤植を見落とすことを、私たちは『落とす』って言います。校正者の成長の方法は2つ。落として、『ああ、しまった! もう二度とやらないぞ』と心に刻むのと、人の失敗をとにかくたくさん見ることなんです。

例えば私がいた講談社の校閲部だと、初校と再校と2回ゲラを出して、それぞれ2人ずつで読むんです。しかも初校と再校は別の人が読むのが基本。自分が初校の2人目だったり、再校の担当だったりすると、人が何を落としたかを見る機会がある。

『前の人は落としてたけれど、私は拾えたな』とか、『この字は実は間違いなんだ』と気づけるチャンスがあるんです」

 

私たちは、失敗から “新しい武器” を得たい

牟田さん:
校正の教科書や学校もありますが、現場に行ってガンガン落として、ガンガン『落ちているよ』って言われないと成長しないと言われています。どれだけミスや失敗をしたかで成長が決まるとも言えるから、みんなで拾い合うのもすごく大事です」

編集スタッフ 津田:
「確かに、人に指摘されて気づくことって多いです。なんで気づかなかったんだと情けなくなるくらい。でも言われてよかったという気持ちも同時に湧いてくる。

それで『そうかもしれない』と腑に落ちると、RPGでいうところの “新しい武器を得る” みたいな感覚もあります。だから、言う方も言われる方もあまりミスしたり、落とすこと自体を恐れなくていいのかもしれません」

牟田さん:
「新人がベテランの人に『ここ、落としています』って言いにくいんですけど、拾い合える、言い合える仕組みは、どんな仕事であるかにかかわらずできていたらいいなって思います」

第2話では、牟田さんが「修業時代」から大切にしている、自分の失敗との向き合い方や、本を作るチームの一員として気をつけていることをうかがいます。

(つづく)

もくじ

 

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牟田都子

1977年、東京都生まれ。出版社の契約社員を経て、フリーランスの校正者。関わった本に『猫はしっぽでしゃべる』(田尻久子、ナナロク社)、『詩集 燃える水滴』(若松英輔、亜紀書房)など。『本を贈る』(三輪舎)では著者の1人であり、校正も務めている。

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ライター 小野民

編集者、ライター。大学卒業後、出版社にて農山村を行脚する営業ののち、編集業務に携わる。2012年よりフリーランスになり、主に地方・農業・食などの分野で、雑誌や書籍の編集・執筆を行う。現在、夫、子、猫4匹と山梨県在住。

 

【写真】鍵岡龍門

 


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