【35歳の仕事論】第2話:失敗を積み重ねて、ゴールは「いいものを作る」こと(校正者 牟田都子さん)
ライター 小野民
社会人になって10年をすこし超え、もうすぐ35歳。先輩の背中を追いかけてきた時期は過ぎて、いまや自分で仕事を作り、背負っていく責任が、じわじわといつも足元にある感じ。そんな変化が生じています。
自分がこれまで積み上げてきたものを生かした、私の仕事ってどんなもの? 年齢も、仕事のあり方も「中堅」に差し掛かったスタッフ津田(編集チームマネージャー)が、人生の先輩に会いに行くシリーズ「35歳の仕事論」をお届けしています。
今回は、校正者の牟田都子さんに、ミスや失敗を入り口にして「よいものを作る」ゴールに向かっていく方法をうかがっています。
失敗はするもの。向き合うにはどうすればいい?
編集スタッフ 津田:
「第1話では、誤字や脱字を見落としてしまうのは当たり前、という前提についてうかがいましたが、ミスと常に向き合わなくちゃいけない仕事だからこそ、気をつけていることはありますか?」
牟田さん:
「私は20代は図書館で働いていて、その後転職して30歳で講談社の校閲部に入りました。校閲部の新人はみんな、さまざまなジャンルのゲラを大量に読む仕事を任されます。『落としてしまっても、引きずらないようにしなさい。スパッと忘れなさい』とすごく言われました。
私たちは本当に、どんなに必死にやっても落とす時は落とすんですよ。それを引きずってうじうじしながら読んでいるうちに、また落としちゃうんです」
編集スタッフ 津田:
「たしかに『落としちゃった』と思いながらやっていると堂々巡りしちゃうかも。きっと視野が狭くなっているんですよね。とはいえ私は引きずってしまうこともあるのですが、何か牟田さんなりの引きずらないコツはありますか?」
牟田さん:
「何でしょうね……。慣れというか、訓練かもしれない。
私の校正の直接の師匠は、定年直前だったベテラン社員の方なんです。校正の仕事について2年目に『牟田はあまりにも仕事ができないから何とかしなくちゃ』って、部長の計らいで組ませてもらったんです。
普通、初校と再校のどちらか1回しか読まないところを『あなたは初校と再校2回ずつ読みなさい』と。すべて師匠が見てフィードバックしてくれる。『それで学びなさい』って言われて。
64ページの月刊誌を初校と再校とだから、2週間で130ページくらいだったのかなあ。たった1ページで何個も見落としているのを指摘され続けて……いちいち落ち込んでいたら会社に行けなくなっちゃいますよね(笑)。
師匠の定年までは1年しかないから、『食らいついていって盗めるだけ盗んでください』って部長に言われていたし、食らいつくのに必死でした」
編集スタッフ 津田:
「その経験は、すごく貴重というか……。10年たっても牟田さんがそのときのことを全然忘れていないのにも驚きます」
牟田さん:
「これが最後のチャンスだと強く思ったから、強烈に覚えているんです。30過ぎて転職して、何もできないまま1年間過ごして、こんなチャンスをもらえることってこの先絶対ないだろう、と。
それで1年経って、師匠が定年して『でも僕OBで戻ることにしたから』って言われて拍子抜けしましたけどね(笑)」
たくさんの赤字より、数分のおしゃべりで解決できること
編集スタッフ 津田:
「牟田さんは今、フリーランスで校正の仕事をされています。そうすると、仲間と拾いあう、指摘し合うのは難しくなります。そんななかで、仕事のやり方で気をつけていることはありますか?」
牟田さん:
「私が直接やりとりするのは編集者の方が多いのですが、ゲラをお預かりするときはなるべく1対1で会って『こんな本にしたい』という想いを聞きます。それと校正を終えたゲラも、出版社の編集部に直接届けに行くようにしています。人見知りだから、すごく緊張するんですけどね。
よく、『行間を読む』と言いますが、著者はどんな人か毎回悩むわけで。今回の著者はずっと自分のことを『私』と書いてきたけど、1カ所ひらがなの『わたし』になっている。それを『どちらかに統一されますか?』って聞いちゃうのか、『これはあえて使い分けされているんですか?』って聞くのがいいのか……」
編集スタッフ 津田:
「そうですよね。確認するにしても、その時に選ぶ言葉ひとつで印象や伝わり方が変わりそう。超えてはいけないラインを感じ取る想像力も必要です」
牟田さん:
「どう指摘するかで悩みすぎて、どんどん時間が過ぎちゃうこともあります」
編集スタッフ 津田:
「私の経験でも、丁寧に伝えるつもりが要領を得なくて反省することが多いんです。牟田さんは伝え方では、どんなことに気をつけていますか?」
牟田さん:
「経験を積むということが、ひとつ大きいと思います。正解はないんだけど、迷いながらだとしても、きちんとフィードバックすることが大事かなと思います」
編集スタッフ 津田:
「それは、クラシコムの編集部も同じかもしれません。率直にフィードバックするのが、唯一のルールといっても過言ではないんです。違和感を持ったら言いましょう。それが合っているか間違ってるかはみんなで考えましょう、と」
1人で思い描いていた着地点と違っても、それは想いが薄まることではない
牟田さん:
「すてきですね。本当にそう思います。私たちもちょっとでも迷ったら、鉛筆で書いておいて、編集者と著者に検討を委ねます。
必ずしも事実に即していないからダメということでもなくて、著者があえてしていることも当然あるんです。例えば『吉祥寺駅から歩いて5分のところに小さなビルが建っていて』と思い出を書かれていて、それを地図で調べると正しくない。
そういうときは『普通の人の歩幅で歩いたら10分かかるようなので、参考にメモしておきます』っていう風に聞くんですね。それを見た著者が『ここについては自分の思い出で、変えると後ろが全部変わってしまうから』と変更しないことも当然あります。
校正者が指摘して、編集者も著者もその指摘は読んだけれども、そのままいく。そのプロセスをちゃんと経ていれば、たとえ読者から指摘があっても『これには理由がある』と言える。そのために校正者や編集者、いろんな人が本を作る意味があるんです」
編集スタッフ 津田:
「そのプロセスを経ていなかったら単純にミスだけれど、違和感をスルーしないで指摘したからこそ『よりよく』していける。
お話を聞いていると、何人かで物を作る醍醐味もすごく感じました。著者1人の想いだけでできるわけでもなく、校正の仕事も1人で黙々と事実確認だけをするわけでもなく。
いろんな立場の人がかかわることで、著者1人の頭のなかで描いていた着地点とは違うところにいく。でもそれってきっと想いが薄まることではない」
牟田さん:
「そう思います。私も校正者になる前は、著者が書きさえすれば本はできると思っていたんです。でも全然そんなことはない。すごくいろんな人たちが奔走してできあがっている、チームでの作品。
もちろん、チームであるがゆえに、すれ違っちゃうこともあるけれど。なるべくすれ違わないように、できるだけ直に顔を見て、雑談みたいな時間をとるのが、結局みんなの負担が少ないんじゃないかと思います」
その憂鬱は「慣れていないだけ」かもしれないから
編集スタッフ 津田:
「コミュニケーション以外で、仕事のやり方で気をつけていることはありますか?」
牟田さん:
「手間を面倒くさがらないことです。コミュニケーションの手間を惜しまないことにもつながるのですが、そこを惜しむとたいていろくなことにならないと、10年間やっていて身に染みています。
慣れていないから憂鬱になっちゃう部分って、絶対ありますよね。私が図書館で働いていたとき、2年ごとに担当が替わったんです。貸出の窓口、予約やリクエストの窓口、裏方としてデータを扱う窓口……担当が替わると、『分からないから嫌』という気持ちになっちゃう」
編集スタッフ 津田:
「すごく分かります! 慣れていない仕事ってミスもしやすいし、苦手意識を持ってしまう」
牟田さん:
「私も校正の仕事をして丸10年経ったからこんなお話ができますが、最初は何もかもが怖くて。毎回、『このゲラちゃんと最後まで読み終われるのかしら。編集者の求めている水準の仕事ができるのかしら』って。
今だって、やっぱりゲラをもらった時は怖さもあります。私はマラソンをやっていますが、42.195km走るときは毎回怖いですし」
編集スタッフ 津田:
「そっか。慣れていることも毎回始める時は怖さもある」
牟田さん:
「はい。でも、マラソンをしていて、完走できなかった大会はないんです。そして、校正者になって10年間の間には、あんな難しいゲラ、こんな大変なゲラもあったけど、何とかどれも期日までには戻してるから大丈夫って自分に言い聞かせられる。そこまでいくためには繰り返すことが必要なのかなと思います」
第3話では、牟田さんが35歳の頃のお話を。何もかもうまくいかないときだからこそ試したこと、いい仕事、いい暮らしをするために心に留める「自分はちっぽけ」の真意とは?
(つづく)
もくじ
牟田都子
1977年、東京都生まれ。出版社の契約社員を経て、フリーランスの校正者。関わった本に『猫はしっぽでしゃべる』(田尻久子、ナナロク社)、『詩集 燃える水滴』(若松英輔、亜紀書房)など。『本を贈る』(三輪舎)では著者の1人であり、校正も務めている。
ライター 小野民
編集者、ライター。大学卒業後、出版社にて農山村を行脚する営業ののち、編集業務に携わる。2012年よりフリーランスになり、主に地方・農業・食などの分野で、雑誌や書籍の編集・執筆を行う。現在、夫、子、猫4匹と山梨県在住。
【写真】鍵岡龍門
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