【上手に伝えたくて】第2話:失恋の悲しさは人それぞれ。でもプリンを落とした悲しさなら……?

ライター 嶌陽子

「伝える」ことやコミュニケーションについて、劇作家・演出家の平田オリザさんに全3話でお話を伺う特集。

第1話の『伝わらない経験』から『伝えたいという気持ち』は生まれるという話を踏まえ、第2話では具体的な伝え方について聞いています。

 

失恋はそれぞれだけど、「プリンを落とした悲しさ」なら分かる。

まずはズバリ聞きました。平田さん自身は、俳優さんなどに指示を伝える際、どのようにしているのですか?

平田さん:
「2つ方法があります。ひとつは、誤解の起きようがないくらい具体的に伝えるということ。たとえば『そこは0.2秒、間を空けて』とかですね。

僕はロボットを使った演劇も作っているんですが、ロボットを操作するプログラマーに『もっと悲しそうに』と伝えたところで意味がない。だから『悲しそう』とは具体的にどういうことなのか、考えるんです。

間を0.2秒空けるのか、首を30度傾けるのか。そうやって抽象的な事柄を具体的な要素に落とし込むことは、相手が人間であっても同じように大切です」

平田さん:
「もうひとつは、相手と共有できる何かを見つけること。

たとえば、恋人にふられた後のシーンを演出する時、『悲しそうに』では伝わらない。恋愛の『悲しい』は人それぞれ経験も解釈も違うでしょう。だから僕は『食べるのをすごく楽しみにしてたプッチンプリンをお皿に開けようとしたら、勢いあまって落ちてしまったようにやって』と言う。

『悲しそうに』とか『嬉しそうに』とかっていう漠然としたものではなく、相手と共有できる何かを見つけて提示するんです。プッチンプリンが落ちた悲しさは、だいたいみんな同じ気持ちでしょ?」

 

「魔法の杖」はない。伝わるまであれこれ試してみる。

平田さん:
「ただ、もしかすると相手がプッチンプリンを食べたことがない人かもしれない。その場合は、別のものを提示します。『この間、○○さんに叱られた時みたいに』とか。相手との共通点を辛抱強く探して、相手が具体的にイメージできたかなって思うまで色々提示するんです。

以前、中高年の男性の方が『最近の若い人に野球のたとえ話をしても全く通じない』と言っていて。それは僕も経験するんです。昔は野球が共通言語だったけど、今は大学生に野球の話をするとポカンとしてしまう。

そういう時は『僕の時代にはこういうのを “内角をえぐるシュートみたいに” っていうんだけど、サッカーに同じ表現ってある?』とかって相手にも聞いて、委ねてみる。

無理に自分を変えて相手に同化しようとするのは不可能です。大事なのは、相手との接点や共有できる何かを探っていくこと。そのためには柔軟性とオープンマインド、そして相手に関心を持つことが必要なんです」

「伝える」というと、言葉づかいや話し方など、つい自分の側のことばかり考えてしまいがちですが、平田さんの話を聞いているうちに、まずは相手のことを考えるのが出発点なのだと思えてきました。

もうひとつ、平田さんの話で気になったのが、「色々提示してみる」という部分。一度トライして相手に通じなかったら、つい「わかってもらえない」とあきらめてしまいそうだからです。

平田さん:
「どうやったら相手に伝わるか、とにかく通じるまで、粘り強く試してみることが大事です。伝えるための魔法の杖はない。相手に応じて色々と変えてみるしかないんです」

 

「無駄なく簡潔に」しゃべることがすべてじゃない。

今回の取材で、ぜひ平田さんに聞きたいことがありました。それは著書に書いてあった「冗長率」について。

「冗長率」とは、ある文章や段落の中で、意味伝達と関係ない言葉が含まれている割合のこと。話の趣旨とは関係のない、無駄な言葉が多いほど、冗長率は高くなります。

こうした余計なノイズがない、つまり「冗長率が低い」方が話は伝わりやすいと私たちは教わってきました。いわゆる「結論を先に」「要点だけを簡潔に」というものです

ところが平田さんは、言いたいことがよく伝わる人は、冗長率が低いかというと決してそうではないと言います。

平田さん:
「学校や会社では『無駄なことは言わず簡潔に』とか『論理的に』とだけ教えられてきたけれど、皆、『なんか変だなあ』と感じてきたと思うんです。

だって、論理的にしゃべる人の話が伝わるとは限らないでしょう。問題は、無駄な言葉の多い少ないではなく、それをいかに上手に切り替えているかということなんです。つまり冗長率を操作してるんです。

では、冗長率をどうやって操作するか。すぐに使える方法論は残念ながらありません。すごく時間がかかることなので、学校教育の段階で『無駄なく』『論理的に』だけではない、こうした側面も教えていくことが必要です。

ただ、普段から『無駄なく話すことだけが正解ではない』と知っておくだけでも違うんじゃないでしょうか」

うまく伝えるために大事なのは、オープンな心で相手に関心を持つこと。「論理的に、簡潔に話す」だけが正解ではないこと。平田さんの話を聞いていると、「伝える」に関して新しい視点がどんどん加わっていきます。

第3話では、私たちが日頃からできる、「伝える力を鍛える方法」について聞いていきます。

(つづく)

【写真】安川結子


もくじ

平田オリザ

劇作家・演出家・青年団主宰。こまばアゴラ劇場芸術総監督・城崎国際アートセンター芸術監督。1962年、東京生まれ。1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞。1998年『月の岬』で第5回読売演劇大賞優秀演出家賞、最優秀作品賞受賞。2002年『上野動物園再々々襲撃』(脚本・構成・演出)で第9回読売演劇大賞優秀作品賞受賞。2002年『芸術立国論』(集英社新書)で、AICT評論家賞受賞。2003年『その河をこえて、五月』(2002年日韓国民交流記念事業)で、第2回朝日舞台芸術賞グランプリ受賞。2006年モンブラン国際文化賞受賞。2011年フランス文化通信省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。2019年『日本文学盛衰史』で第22回鶴屋南北戯曲賞受賞。

▼平田オリザさんの著書はこちら。

 


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