【はじめましての春に】後編:会話の糸口は、なんでもいい。ヒントは「あ〜わかる」のなかに。

ライター 嶌陽子

春はなにかと「はじめまして」の多い季節。「初めての人とどんな言葉を交わしたらいいんだろう」との不安を胸に、ラジオDJの秀島史香さんに初対面でのコミュニケーションについて伺いました。

第1話で伺ったのは、会話のゴールを意識すること、自分から鎧を脱ぎ捨てることなどについて。

続く第2話では、はじめての相手とでも会話を楽しめるような話し方や表現力の磨き方について、秀島さんが普段から心がけていることについて教えていただきます。

 

会話の糸口は、「あ〜わかる」のなかに。

秀島さん:
「DJは、ラジオの向こうにいるリスナーに向かって話します。すべての人に好かれることは無理ですし、そこを目指す必要もないと思いますが、できれば話を聴いた人が『そうそう、そうだよね』と感じてもらえる接点というか、共感できる面積を増やしたい。

そこで私が心がけているのが、“描写” で表現することなんです。

たとえば映画『ボヘミアン・ラプソディー』の中で、主人公が別れた恋人と話したくなって電話をかけるシーンがありました。でも、彼女は新しい恋人と出かけていて電話に出ない。

あのシーンを見て私は少し泣いてしまったんですけど、その涙の理由をどうやってリスナーに伝えるか。ただ『せつないんです』と紹介しただけだとすぐ終わってしまうし、リスナーも『ふーん』と思うだけ。だとしたら、こんなふうに話します」

秀島さん:
「私、学生時代に寮生活をしていたんです。ある晩、意を決して好きな男の子に電話してみたけれど、ずっと話し中で。実はその時、彼は寮にいる別の女の子とずっと電話していたんです。

分かってはいるんだけれど、確かめずにはいられなくて。わざわざその女の子の部屋がある隣の棟まで見に行っちゃったんですよね。その子が廊下に出て電話していたシルエットをいまだに思い出します。その時のことが映画を見てよみがえってきたんです」

学生だった秀島さんが寮の廊下に立ちすくんでる姿がありありと目に浮かぶようで、私たち取材陣もつい前のめりに話に聞き入っていました。

「難しい言葉を使って感情を伝えるよりも、自分の言葉で描写して、シーンをイメージしてもらった方が共感が得やすい。リスナーも自ずと『そうそう、自分にもこんな切ない思い出がある』と自分の中の思い出と結びつけて反応してくれるんです。

仕事柄、よく『どうやって会話の糸口を見つければいいか』という質問を受けるんですが、天気の話でも何でもいいと思うんです。それを、ただ『暖かくなりましたね』じゃなくて『ドラッグストアにカイロが並んでいたのが、一気に花粉用マスクに変わりましたね』と描写で表現するだけで、相手にもより共感が生まれるはずです」

 

日々のキョロキョロ歩きが、話題のネタを豊富にする

話し上手な人とは、内容にディテールがある人」と話す秀島さん。具体的な描写は聞き手の体験や感情を呼び覚まし、そこから会話がさらに広がっていきそうです。では秀島さんは日々、どうやって描写力や表現力を高めているのでしょうか。

秀島さん:
「去年の夏休みに娘が『ママ、絵日記に書くことがないから遊園地に連れて行って!』なんて言ってきて(笑)。『そうじゃないでしょ。自分のまわりを見回してみるだけで、書くことはいっぱいあるよ』って思うんです。

たとえばこの間歩いていたら面白い看板を見つけたとか、毎朝すれ違う人の服装が長袖から半袖に変わってたとか、何でもいい。体験を増やすのではなくて、ひとつの体験を深掘りすることが描写力を高めることにつながると思います。日常のさりげない出来事を五感で受け止めるということかもしれません」

秀島さん:
「私は、日々目に触れるもの全てが話のタネになると思っています。先日も電車に乗ったら、車内にリクルートスーツを着た就活生が大勢いて。それを見ながら、『どんな会社を受けるのかな』とか『今は売り手市場と聞くけれど実際は大変なのかな』、『エナジードリンクを飲んでる姿はもう立派な社会人だなー』などと考えていました。

その前にたまたま『就職活動の解禁』のニュースを見ていたから、点と点とがつながる。そういうことも楽しいんです。

さらに『彼らの中でも、ひとりひとり興味のある仕事って違うんだろうな。私はラジオに出会えてよかったな』とか、見たものを『自分ごと』に紐づけてみる。そうすると何でも面白く見えてきます。

私は日々『キョロキョロ歩き』ができればと思っています。話題のタネにできるものがあちこちにあるし、キョロキョロしていると顔も視線も上がるので、人が話しかけやすい雰囲気も生まれます。

最近は、いつも携帯を見たりして『閉じて』しまっている人が多いですよね。『今日は携帯を見ない』と決めるだけでも、色々なものが目に入ってくるかもしれませんよ」

 

書くこと、読むことで言葉を増やす。

▲左の黄色地のメモ帳はチェコを旅した際に買ったもの。

秀島さんは大のメモ魔。日々をふりかえっての感想をはじめ、気になった出来事や言葉など、何でも書き留めているそうです。

秀島さん:
「番組をふりかえって『あの時はこう言えばよかった』というような反省もよく書きます。そのほか、街で見かけて気になったもの、人に聞いたいい話、話のネタになりそうな言葉、素敵だなと思ったフレーズなど、何でも忘れないうちに書き留めておきます。

メモが溜まってきたら、特にいい言葉やフレーズを厳選してPCにまとめておくんです。私はとにかく書くことで、語彙やディテールを増やしていっていますね」

▲最近のお気に入りの本は『理解という名の愛がほしい』(山田ズーニー著)。付箋やアンダーラインがびっしり。

秀島さん:
「本も私の生活にとって欠かせないもの。常に何かを読んでいます。電子書籍も読みますが、紙の本だと心に残ったフレーズに線を引いたり付箋を貼ったりしています。

俳句の季語を集めた歳時記も持っていて、事あるごとに開いています。『へえ!』という発見が詰まっていて読み物として面白いし、素敵な表現にもたくさん出会えます。会話のヒントが満載なんです」

▲秀島さんの自宅にある歳時記。写真や挿絵も豊富で読み物として楽しい。

 

「はじめまして」の春が、はじまりました。

取材をする中で一番感じた秀島さんの印象は「オープンな人」だということ。柔らかな笑顔を絶やさない姿で人に対してオープンであるだけでなく、身の回りのどんなものにも興味を持ってみる。その姿勢が、世界に対してもオープンだと感じたのです。

物や人へのたゆまぬ好奇心。それが、初対面の人と打ち解ける秘訣なのかもしれません。

秀島さん:
「ある程度年を取ると、たいていのことは知ったつもりになったり、『自分の好きなものはこれ』と決めつけてしまいがちですよね。でも、世の中はどんどん変化したり新しいものができたりしている。それに目を向けないのはもったいない気もするんです」

取材後の電車の中、秀島さんの言葉を思い出し、スマホを鞄にしまって車内に目を向けてみました。すると、遠足帰りの小学生の楽しげな様子にほのぼのしたり、両手を使って素早く漢字入力しながらスマホで中国語のメールを打つ女性に感心したり。さっそく新しい発見がありました。

今度初めて会う人には、街を歩いて目にしたことや自分のことをできるだけ具体的に話してみよう。この春は、「はじめまして」への苦手意識が少し減りそうです。

(おわり)

【写真】鈴木静華
【ヘアメイク】小林亜珠(nu+LIM)


もくじ


秀島史香

ラジオDJ、ナレーター。1975年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ。慶應義塾大学在学中にラジオDJデビュー。FM局のDJ、TVやCMのナレーション、絵本の読み聞かせ、通訳や字幕翻訳、執筆活動などで活躍。Fm yokohama​「SHONAN by the Sea」、JFN系各局「Pleaseテルミー!マニアックさん、いらっしゃ~い!」などに出演。また、Eテレ「デザイントークス+」、JAL機内放送など担当。著書に『いい空気を一瞬でつくる 誰とでも会話がはずむ42の法則』(朝日新聞出版)。 「秀島史香のブログ」の他、Instagram(@hideshimafumika)、Twitter(@tsubuyakifumika)も更新中。

 

ライター 嶌陽子

編集者、ライター。大学卒業後、フリーランスでの映像翻訳や国際NGO職員を経た後、2007年から出版社での編集業務に携わる。2013年からフリーランスで活動を始め、現在は暮らしまわりの記事や人物インタビューなどを手がける。執筆媒体は『クロワッサン』(マガジンハウス)、『日経ウーマン』(日経BP社)など。プライベートでは1児の母として奮闘中。

 

▼秀島さんの著書はこちら。

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