【40歳の、前とあと】第3話:自分の人生に、何が役にたつかは、後になってわかるもの

ライター 一田憲子

連載「40歳の、前とあと」第8回は、料理家のサルボ恭子さんにお話を伺っています。

第2話では、フランスで料理の勉強をして帰国。結婚して専業主婦になったお話を聞きました。

2人の子供たちの世話をしながら、家庭で暮らし始めたサルボさん。その頃、知り合った人からアシスタントを頼まれるようになりました。料理家の上野万梨子さんだったり、有元葉子さんだったり。その錚々たる顔ぶれに驚きます。それも、サルボさんに確かな実力があったからこそ。

サルボさん:
「お二人とも料理に対して妥協がない方でしたが、私は淡々と作業をするタイプなので、あまり気にならないんです。料理教室とは全く違う撮影の現場を見せていただいたことは勉強になりました」

 

自分が前に出るのではなく、主役はいつも料理

そんな中で、周りから「料理を教えて欲しい」と言う声があり、さらに夫のセルジュさんの勧めもあって、自宅で料理教室を始めました。

サルボさん:
「小さな子供がいたので、自宅でできる時だけ、と言うかたちで始めました。それまでの私は『黒子』としての存在が快感だったんです。私はずっと黒子でいい。フリーのアシスタントとして仕事のニーズがあるならそれでいいと思っていました。でも、料理教室をやってみたら、意外と前に出ることもできるんだ、と思ったんです。それは新しい発見でしたね」

自分の名前で教室を立ち上げることと、黒子でアシスタントの仕事をすることは、どんな違いがあるのですか?と聞いて見ると「違いはなかったんです」とサルボさん。

サルボさん:
「自分が前に出てやっていたとしても、『料理』というものがあって、私はそれを教えているだけなんです。アシスタントをしている時にも、先生のサポートはしているけれど、そこには必ず料理がある。いつも一番前に出ているのは『料理』なんです。それを目の前に届けるということには変わりがない。

料理が完成して『うわ〜』という歓声が上がったり、口に運んで『おいしい〜!』っていう一瞬の顔だったり、そんな嬉しさは、どちらも変わらないですね」

 

小さな頃からの「おいしい思い出」が、全て今につながって

今では、多数の著書を出し、料理家として多くの人に名前を知られるようになったサルボさん。でも、こんな風に語ってくれました。

サルボさん:
「想いはあんまり変わっていないんです。あくまで本を買ってくださる方、向こう側にいて食べてくださる方たちにおいしさをどう届けるか、を考えているだけなので」。

料理家として、有名になりたい、とは思ったりしないのですか?と聞いてみると、「全くないですね。もう少しそんな気持ちを持った方がいいのかな?」と笑うサルボさん。

どの時代でも、一体何者になるかなかなか見えてこなかったそうです。でも、そんな中で足元を見つめて一歩ずつ。それがサルボさんの歩み方でした。

サルボさん:
「料理の道へ進んだことは間違えていなかったな、と思えます。小さい頃から、母が料理を作る姿を目にしたり、父が旅館でおもてなしの仕事をしていたり、叔母が料理教室を主宰していたり。そんなあれこれは、すべてつながっていたんだなあと思います。

ずっとどこへ向かって進めばいいかわからない、と思っていたけれど、料理の道は巡り会うべくして、巡り会ったのかもしれないですね」

そんなサルボさんのお話を聞いていると、人は目標が決まらなくても、どこへ向かうかゴールが見えなくても、歩いていくことができるんだと教えていただいた気がします。

 

頑張りすぎていた自分を発見。少し歩みを緩めて

こうして、教室がだんだん軌道に乗り、雑誌の仕事の依頼なども来るように。仕事に家事に子育て……。マックスに忙しかったのが、サルボさんの40歳前後のことでした。ところが……。41歳の時に思いもしない病気が判明。幸い1か月の入院を経て無事に完治しましたが、この経験が大きな転機となります。

サルボさん:
「病気になって、初めて立ち止まりました。振り返ってみると、私は頑張って、頑張ってきたんだなあと改めて思いましたね。子育ても『母にならなくていい』とは言われたけれど、やっぱり母親気分で頑張っていた。

仕事があるからと、子供たちに夕飯を待たせたり、撮影の残りを食べさせるというのは、自分の中でナシにしていました。段取りを立てて、早く起きてお弁当の準備をして、撮影の日には2階でお弁当を食べてもらったりして。

そういうことを続けていたら、やっぱりストレスが溜まっていたんでしょうね。もう肩の力を抜こうと思いました。いい意味で達観したのだと思います。さらに、命が限りがあると知ってからは、今まで漠然と受け身でいただいていた仕事も、何が自分に伝えられるのだろう?と真剣に考えるようになりました。料理教室への向き合い方も変わりましたね。

子供達が中学生と高校生になったのを機に、アトリエを借りて、プライベートと仕事を切り離し、メリハリがつけられるようにもなりました」

サルボさんは、静かで強い人でした。どんなに逆境にあっても、「今できること」を淡々と続ける強さを持っている……。人生を切り開くためには、パワフルに活動することや、大きな声で主張することでなく、黙って自分の心と向き合い、そのとき見つけたことを一つずつやってみる、そんな「静かな力」を持ち続けることが、どれほど確かなことか……。

 

料理をする自分の姿は小さくていい

▲撮影・三木麻奈

今では息子のミカエルくんは23歳になりフランスへ留学中。娘のレイラちゃんは、21歳で日本の大学に通っています。子供達はそれぞれの道を歩き始め、サルボ家にも人生後半の時間が流れはじめたよう。

最後にサルボさんらしい料理って何ですか?と聞いてみました。

サルボさん:
「まずストレートだということ。たくさん手を加えずに出したいんです。料理人って素材がなかったら何もできないんですよね。だから素材ありき。やっぱり私は脇役だと思っているんです。

高級レストランのような、シェフの個性が光るお料理も素晴らしいと思うけれど、私はやっぱり家庭料理が好きです。予算も素材も限られているし、そんなに手間はかけられないけれど、でもおいしいじゃないですか? そして飽きない。

フランスで、世界最高峰のレストランも見てきて、それはそれで確かに私の一部になっているけれど、あくまでも母や祖母や叔母から教えてもらった家庭料理が一番だなと思います。レシピを作っているときにも、料理人だから、あれこれ入れて作りたくなるんですが、一度寝かせたあと、最終的には削ぎ落としますね」

何かのプロにお話を聞くとき、多くの人がサルボさんと同じような話をしてくれます。それが、「自分の姿を小さくする」ということ。いい仕事をして認められたい……。誰もがそう思いがちですが、「いい仕事」を突き詰めたとき、最後に見えてくるのは、やっぱり「誰かに喜んでもらう喜び」なのだと思います。

サルボさんが若い頃から徹底して求めたのは、そんな「本物の嬉しさ」でした。だからこそ、その相手が、教室の生徒さんであろうが、「ホテル・クリヨン」のお客さまであろうが、そしてご自身の著書を買ってくれる読者であろうが、どんな相手に対しても、いつも変わらぬ自分でいられたのかもしれません。

 

若い頃の迷いは、きっと大きな力になる

そして、今40歳になって迷っている人たちへ、こんな言葉をくれました。

サルボさん:
「みんな迷いますよね。でも、迷って迷って……という道は全部無駄にならないと思います。だから、一言言えるとするなら『どんどん迷ってください!』です(笑)。その先にきっと何かがあると思います。すぐにはひらめかなくても、そのことを考えている時間は決して無駄ではなく、その時間があってこそ、答えが出てくるんだと思います。『迷うのにも疲れちゃった』というならそれでもいいと思う。疲れてぐっすり眠ったら、意外と気持ちが晴れちゃったりするものですから」

叔母さまのアシスタントして働き、培ったスキルは、「ホテル・クリヨン」でも通用したそうです。人はつい、自分の経験が「どれほどの意味を持つのだろう?」と判断したくなります。「これぐらいの効果があるから頑張ろう!」「あんまり結果が役に立ちそうにないから、適当にやろう」などなど……。

でも、何がどう役にたつかは、時を経てやっと自分に返ってくるもの。本当にやりたいことは、価値を計算しなくても、自然にやってしまうこと。

サルボさんに教えていただいたのは、自分の道を歩くための体力のつけ方だった気がします。

(おわり)

 

【写真】木村文平


もくじ

 

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サルボ恭子

1971年生まれ。料理家の叔母に師事したのち渡仏。ル・コルドンブルーなどの料理学校を経て、「ホテル・ド・クリヨン」調理場へ。当時2つ星のメインダイニングのキッチンとパティスリーに勤務。帰国後、料理研究家のアシスタントを経て独立。フランス人の夫、2人の子供と暮らす。(長男は留学中)現在は料理教室を主宰。素材と向き合いその持ち味を生かす料理を得意とする。facebook:@kyokosalbotofficeial  インスタグラム:@kyokosalbot

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ライター 一田憲子

編集者、ライター フリーライターとして女性誌や単行本の執筆などで活躍。「暮らしのおへそ」「大人になったら着たい服」(共に主婦と生活社)では企画から編集、執筆までを手がける。全国を飛び回り、著名人から一般人まで、多くの取材を行っている。ウェブサイト「外の音、内の香」http://ichidanoriko.com/


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