【一年のはじまりに】精神科医でミュージシャン、かろやかに生きる星野概念さんに会いに行きました。

商品プランナー 斉木

新しい年を迎えると、かならず思うことがあります。それは、「今年こそ自分を変えなくちゃ」ということ。

どこか焦りにも似たその想いを掘り進めてみると、わたしの心の中に固くなっている “コリ” のようなものがあるのに気づきました。

それは、「今より自分を好きにならなければ」という気持ちです。

昔から、何かいいことがあっても自分を褒めることができなかったり、親しい友人から「ほんと自己肯定感低いよね」と呆れられたりしてきました。

生まれてから30年、ずっと一緒にいるはずの「自分」と、いっこうに仲良くなれない。果たしてこれから先、そんな日はやってくるんだろうか……。

思わず頭を抱えそうになったとき、「あの人ならなんて言うんだろう」と思い浮かんだひとりの男性がいました。そうして2019年の年の瀬も迫る頃、ジャズの流れるとある喫茶店で彼に話を聞いてみることにしたのです。

 

ずっと、「生きるのにラクな姿勢」を考えてきた

私が話を聞きたかったのは、精神科医の星野概念(ほしの・がいねん)さん。2018年には俳優のいとうせいこうさんとの対談本『ラブという薬』を発売、雑誌「BRUTUS」や「ELLE gourmet」での連載や、ミュージシャンとして音楽活動もされています。

斉木:
「今日は来ていただいてありがとうございます。いきなりなんですが、わたしから星野さんってすごく “人生楽しそうな人” に見えてるんです。

『ラブという薬』を読んだときに、星野さんの考え方ってなんて柔軟でしなやかなんだろうと思って。週5で医師として働きながら、バンドや文筆活動もされていて、自分が好きなものややりたいことをちゃんとわかっている、『自分』というものの取り扱いが上手な方だなあと思ってました」

星野さん:
「いやぁ……恥ずかしいですね。実際はガッツもないし、毎年貯金は計画倒れだし、今日だってこのインタビューにちょっと遅刻しちゃったし……。

ただ、いま40代なんですが、これまでの人生で『自分』との付き合い方はずっと考え続けてきたテーマかもしれません。僕が人生楽しそうに見えているとしたら、それは自分が生きるのにラクな姿勢をとっているからじゃないでしょうか」

斉木:
「生きるのにラクな姿勢ですか……?」

 

背筋を伸ばすのが、みんなに「いい」とは限らない

星野さん:
「実際の姿勢を例にすると、世間的には座っているとき背筋をピンっと伸ばしているのが良い姿勢とされているじゃないですか。でも、腰痛の種類によっては少し背筋を曲げて、テーブルに腕を乗せているような姿勢の方がラクな場合もあるんです。

もしそういう腰痛なのに無理して背筋を伸ばしていたら、その人はどんどんしんどくなります。それなら、『ちょっと腰が痛くて、こっちの方がいいんです』と伝えて、自分のラクな姿勢をしていた方がいいと思いませんか?」

斉木:
「あぁ、なるほど。たしかに、働き方にしても人と接する距離にしても、自分がラクな姿勢ってあるかもしれないです。

でも、近しい人には『ちょっと腰痛で……』と事情を理解してもらえるかもしれないけれど、そこまでの関係じゃない人には、極端にいうと『礼儀のなってない人』という目で見られないか心配になりませんか……?」

星野さん:
「うーん、これは考え方かもしれませんが、僕は無理して背筋を伸ばして顔がこわばっているより、猫背でもニコニコとリラックスした状態でいた方が、その人らしく周りの人とおしゃべりができると思うんです。そのほうが周りにも自分というひとを理解してもらいやすいんじゃないかって」

 

“ありのままでいい” って、どうしても思えないんです

斉木:
「その人らしくかぁ……私はどうしても自分に自信が持てなくて、そのままの自分でいいって思えないんです。だからいい姿勢でちょっとでも印象をよくしたり、わかりやすい目標をこしらえて、いまの自分に何か足さなきゃと焦ったりしていて。そうすれば少しずつ自信がつくかと思っていたんですが、そういうわけでもなくて……」

星野さん:
「あぁ、その感じすごくわかります。というか、昔の僕がそうなんです。

20代の頃バンドを組んでいて、そのバンドで『売れる』ということだけを目指して365日生きてました。売れるって一口に言っても曖昧なので、具体的に武道館に1万人お客さんを呼ぶと決めて。それしか考えられない脳みそになってましたね」

星野さん:
「でも、あるときふと思ったんです。もし仮に売れるという目標を達成してしまったら、その後僕はどうするんだろう? すごく空虚な気持ちになるんじゃないか?って。

逆に、それが達成できなかったときのことも考えました。それまで血眼になっていた時間は無駄になります。それは大きな挫折ですよね。

そうやって考えていくうちに、ゴールを『売れること』いわゆる『成し遂げた自分』に設定すると、成功しても失敗しても結局つらいんじゃないかって思ったんです」

斉木:
「あぁ……わたしも、目標を達成すれば自信が持てるかもと思っていたのに、いわゆる燃え尽き症候群になることがすごく多いです」

星野さん:
「『達成』とか、『成し遂げた自分』を目標にすると、ひとつ達成したらまた次……って、スタンプラリーをはじめてしまうんですよね。その何かに夢中になっている状態が好き、それを続けていくことが生きるのにラクな姿勢だという人はそれでいいと思うんです。

ただ、スタンプを集めることを目的にしてしまうのは、僕にはけっこうきつかった。だから『目標を作らないほうが自分は生きやすい』という姿勢にその時からシフトチェンジしました」

 

自分のこと「嫌いじゃない」くらいでもいいのでは?

斉木:
「わたしもどこかで、このスタンプラリーを続けるときついなぁということには気づいてるんです。

とはいえ、大人になると、学年が上がったり、わかりやすく何かできるようになったりしないじゃないですか。自分が去年より成長してる実感がないから不安になって、わかりやすい『達成』に飛びついてしまうんです。今のままの自分、現状維持でいいと思えない……。結局、自己肯定感の低さがいろんなことの邪魔をしている気がします」

星野さん:
「自己肯定感を高めるって、よくいいますよね。僕も精神科医なのでほとんど四六時中そのことについて考えています。でも、本当に『自分最高!』なんて思うことが、果たしてありうるんでしょうか」

星野さん:
「仕事柄いろいろなひとに会ってきて、いま僕が感じているのは、自己否定ゼロ=自己肯定感の最高レベルなんじゃないかということ。

僕もすぐ自己否定的になるタイプなんですが、知り合いのパーティなんかに参加していると、自分なんかがここにいていいのかなぁと居心地が悪く感じます。これが自己否定的な状態ですよね。自分がいない方がいいと思ってる時。でも、周りの人と話すうちにだんだんそんなこと思わなくなってくる。

自分はこの場に欠かせない!とまでは思えなくても、まぁいてもいいかなくらいには思えたりします。この気持ちの変化って、自己肯定感が高まっているというよりは、自己否定がだんだん減っている状態ですよね。

だから、自己肯定感を高めよう高めようとこだわるよりも、『自己否定が減ればいいなぁ』くらいで構えるのがちょうどいい。むしろ、それ以上は無理なんじゃないかとすら思ってるんです」

 

本当に変わらなくてもいいの? でも……

わたしにとって「自己肯定感が低い」は、ずっと解けずにそこにある、埃をかぶった宿題のような存在でした。解けるまで、一生捨てることはできない。そう思っていたから、「そんなにこだわらなくてもいいんじゃないですか?」と星野さんに言われた瞬間、拍子抜けしてしまって。

そんな見方があったのか!と驚く気持ちと、でもそれが自分と上手に付き合うためのカギだと思っていたから、道しるべを失ったままスタート地点に戻ったような戸惑いで頭がいっぱいに。続く後編では、そんな困惑状態のわたしに、星野さんがあるテレビ番組を例に話を始めてくれました。

(つづく)

 

【写真】吉森慎之介


もくじ

 

星野 概念

精神医学や心理学を少しでも身近に感じてもらうことを考えている。総合病院に勤務する精神科医。ミュージシャンとしての音楽活動や、様々な媒体での連載、寄稿も行なっている。主な連載に『Yahoo!ライフマガジン』で「めし場の処方箋」、『文春オンライン』で「星野概念さんに聞いてみた」、雑誌『BRUTUS』で「本の診察室」など。曖昧さや不安定さに向き合う仕事を愛す。


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