【一年のはじまりに】私たちの暮らしの大部分は、「平熱的」に過ぎてゆくから

商品プランナー 斉木

生まれてから30年、ずっとつきっきりで一緒にいるはずの「自分」と、いつまでたっても仲良くなれる気配がない。

いいことがあってもうまく喜べなかったり、悪いことがあるとやっぱり自分なんて……と落ち込んだり。そんなわたしが「自分との付き合い上手」に見える精神科医の星野概念(ほしの がいねん)さんに話を伺う本特集。

前編では、長年わたしの悩みだった「自己肯定感のなさ」について打ち明けると、そんなにこだわらなくていいんじゃないですか?との回答。

想像もしなかった視点に驚きつつも、それが自分とうまくやっていくためのカギだと思っていたのにと道しるべを失ったような気持ちに……。そんな困惑状態のわたしに、星野さんはあるテレビ番組の話をしてくれました。

 

人生のハイライトって、そんなに長くないと気付いたんです

星野さん:
前回もお話しした通り、20代の頃の僕は寝ても覚めても『バンドで売れて武道館に立つ』という目標の達成だけを目指して生きてました。その頃、ドキュメンタリーの情熱大陸を食い入るようにみてたんです」

斉木:
「わたしも中学生の頃ハマってました。今は活躍しているテレビの中の人にも何者でもない時期や葛藤があったと知ると、田舎に住む自分との共通点も見つかる気がしてきて。恥ずかしいんですが、自分だってもしかして……⁉︎と思えたんですよね」

星野さん:
「わかります。見てると自分も『何者か』になれる気がしてきますよね。でも、それと同時に強烈な副作用があるとも思っていて。『何かを成し遂げたい』という気持ちが盛り上がったぶんだけ、見終わった後に現実の自分と比べて深く落ち込むこともあるんです。だから、これは結構劇薬だなあと、ある頃から思い出して」

斉木:
「なるほど……目標や達成感に依存することと、情熱大陸に見入る気持ちが似てるってことですよね。それがないと不安で仕方がないわたしは、劇薬の中毒になってるかもしれないです」

星野さん:
「実際にそれで気合が入って頑張れることもあるのでそれはそれでいいんです。ただ、副作用もあるということには自覚的であったほうがいいのかなと。このことについてはあれこれ考えすぎて、自分のバンドで『平熱大陸』という曲を作ったほど(笑)

情熱大陸のような人生のハイライトってそんなに長くない。僕たちが生きている時間の大部分は平熱的に過ぎていくんだから、それなら平熱をあげる方法を考えていこうよ、というメッセージを込めました」

 

平熱をあげるって、いまいちピンとこなくて……

斉木:
「情熱大陸の副作用にも心当たりがありますし、だからこそ平熱をあげるという考え方にも共感するんですが、いまいちまだ『平熱が上がる』ってどんな感じかわかるようなわからないような……」

星野さん:
「自分が心地いいと感じるものを取捨選択するということかなと思っています。……と言っても、ふわっとしていてわかりにくいですよね」

星野さん:
「僕が大事だと思っているのは、まず情報に振り回されないこと。ハウツー本を読んだり人の意見を聞いたり、情報をたくさん入れると、どうしても『〜すべき』という考えで頭がいっぱいになりやすいんです。そういう『〜すべき』を鵜呑みにするんじゃなく、実際に自分でやってみることがすごく大事だと思っています。

例えば話題の映画を見にいった時、SNSにこう書いてあったから、一緒に行った人がこう言っていたから、そういう情報ではなく、自分はどう感じたのか?に集中すること。自分はこういうものが好きなんだな、こういうものがあると喜ぶ人なんだなというサンプルをコツコツと積み重ねること。

そうするとだんだん自分の傾向が見えてきたりしますよね。こういうジャンルが好きとか、登場人物の服を見るのが好きとか。それって自分自身の『取扱説明書』を充実させることだと思うんです」

 

「やらずにはいられないこと」が、平熱をあげる?

斉木:
「あぁ……わかりかけてきたような気がします。わたしから『星野さんってなんだか人生楽しそうだなあ』と見えていたのは、星野さんが分厚い『自分のトリセツ』を持っているからなのかもしれません。

自分が喜ぶポイントを見つけることが平熱を上げるとしたら、誰に見せるわけでもない家のインテリアを自分好みに変えるのも、そのひとつかもしれないですよね。ほとんど見えない靴下の色が気になって仕方なかったりするのも。今まで、なんでこんな変なところにこだわるんだろうと思いつつ、ついついやらずにはいられなかったことにこそ、ヒントがありそうな気がします」

星野さん:
「そうですね。『自分のトリセツ』はちょっとずつ増やしていくしかないんですが、でも『自分』って一生隣にいる存在なので、焦らず付き合っていけばいいと思うんです」

 

「たのしい人生」への道は、一本だと思っていたけれど

とにかく何でもいいから、今の自分に「目標」を上乗せしてちょっとでも自信をつけなくちゃ。その足し算の先に充実した人生があるはずなんだから……。

いつ走り始めたのかも思い出せないその道でヘロヘロになりながらも、立ち止まるのが怖いからとりあえず走り続ける。以前の自分を振り返るとそんなふうだったように思います。

だから星野さんに、「自己肯定感にそんなにとらわれなくてもいいのでは?」という話や「劇的な刺激よりも、心地よさをコツコツ積み上げて平熱を上げること」という話を聞いた直後、今まであんなにがんばってきたのに、そんなラクでゆるい方法でいいの?と思ったのが正直なところでした。

でも、それは本当に「ラクでゆるい」方法なのでしょうか。

当店のビジョン「フィットする暮らし、つくろう」は、誰かのものさしではなく、自分のものさしでいろいろなことを選んでいこう、というメッセージです。

クラシコムで働き始めて3年、一見たのしそうでウキウキするこの言葉も、いざ実践するとなると意外と大変なのだと気づき始めました。誰かの意見を鵜呑みにした方が摩擦は少ないし、自分にぴったりの答えが見つかるまではモヤモヤもする。それでもやっぱり「そうだ、自分が求めていたのはコレだった!」というものを見つけられるとうれしいし、自分を知るって単純にたのしい。

星野さんの「平熱を上げる」という言葉が、そんなフィットする暮らしにどこかでつながっているような気がしたのです。

じゃあこれからは、平熱を上げる=フィットする暮らしの模索にますます邁進します!……とはやっぱりいかなくて。今の自分でいいのかな?と変化を求める気持ちが頭をもたげることはしょっちゅうあります。もうこれは思考のクセなんでしょう。

でも今は、すぐ隣に別の道が伸びているということを知っている。真っ暗闇のなかを地図も持たずに走っていた頃に比べれば、それはずいぶんと大きな一歩じゃないか、とも思うのです。

(おわり)

 

【写真】吉森慎之介


もくじ

 

星野 概念

精神医学や心理学を少しでも身近に感じてもらうことを考えている。総合病院に勤務する精神科医。ミュージシャンとしての音楽活動や、様々な媒体での連載、寄稿も行なっている。主な連載に『Yahoo!ライフマガジン』で「めし場の処方箋」、『文春オンライン』で「星野概念さんに聞いてみた」、雑誌『BRUTUS』で「本の診察室」など。曖昧さや不安定さに向き合う仕事を愛す。


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