【寄り道人生】後編:寄り道だって、本気で歩けば。主婦業37年を糧に踏み出した一歩

編集スタッフ 岡本

迷って悩んで、中途半端な寄り道ばかり

絵が得意だったりピアノが上手だったり。幼い頃から「自分にはこれがある」とすぐに言える人が羨ましくて、私にもきっとそういう「何か」があると信じていました。

大人になるにつれてそんな「特別な何か」を持つ人は一握りだと気付きつつ、その存在を拭いきれない。

あっちで見つかるかも、いやいやこっちも捨てがたいと、まるで寄り道をしてきた人生にはいくつかの点が生まれてはいるものの、どれもバラバラでまとまりがなく、もしかするとあの頑張りは無駄だったのかもと不安になります。

この先の未来ですべての点が繋がる時はくるのだろうか、そう考えていたときに出会ったのが「おばんざい ぐらんま」を営む古谷(ふるや)みどりさんです。

地元の人に愛されカウンターがいっぱいになる様子を見ていると、まさに天職についているように見えますが、ここに至るまでにはたくさんの寄り道をしてきました。

料理が身近にありながらも、水族館や不動産業、介護職などさまざまな仕事をした20〜40代をお届けした第1話に続いて、第2話では55歳でオープンすることとなったお店について。

自分の店を持つことなんて少しも考えていなかった、と話すみどりさんですが、50代での挑戦の根底には「主婦業」が深く関係していたようです。

 

何十年と続けてきた主婦業が自信に

介護の仕事について数年、少しずつ心に余裕が出てきました。

これまで日々を必死に走り続けてきたみどりさんにとって、この少しの余裕がこれからの人生を大きく変えることになります。

みどりさん:
「そのころやっと、ひと段落ついた感覚がありました。子どもたちも独立して家庭を持ち、今の仕事もとことんやってきたなあって。

自分がこれからやりたいことってなんだろうと思ったとき、そこで初めてお店を持ちたいと思ったんです」

みどりさん:
「30〜40代のときも仕事と家事で時間を思うように使えないなか、『何かしたい』という気持ちはありました。

でもその何かが分からなかったし、自信もなかった。

50代半ばになって、それまでにしたたくさんの寄り道で少しずつ自信がついたことと、主婦業を何十年もやってきたこと、それが一番の後押しになりましたね」

みどりさんがしてきた寄り道が自信という一本の線で繋がったことで、それまで当たり前の存在だった料理が「特別な何か」として輝き始めました。

みどりさん:
「ここはぐらんまの前、女性が切り盛りする九州料理のお店だったの。

こじんまりしているけれどお客さんとの距離が近くて、必要なものが自分の手の届くところにある空間って、落ち着くなあと思っていたんです。

介護の仕事をしていたときからよく来ていて、自分でお店を開くならこんな場所でと想像していました」

ある日、常連仲間からその女性店主が店を閉めると聞き、「いつか」と夢見ていた自分のお店について、具体的に考え始めたそう。

もとは62歳で定年退職した後にと考えていましたが、そこは持ち前の行動力を発揮。55歳へと早めてのオープンが叶いました。

 

カウンター7席、2口コンロの小さなお店

そうして2014年。みどりさんにとって、特別な場所であるこの店が誕生。

孫が生まれた年のオープンだったことから、店名は「ぐらんま」になりました。

今でこそ密かな人気店ですが、オープン当初はなかなかお客さんが入らず苦労した時期もあったそうです。

そんなときたまたま通りかかった飲食店のオーナーが、はじめは大変だろうからと何度も通い、知り合いに紹介してれくれたのだとか。人が人を呼ぶようにして、今のぐらんまがあると話します。

みどりさん:
「たまにね、これまでの人生すべてが繋がってるって感じる瞬間があるんです。

祖母の味を思い出してメニューを考えたり、介護職時代の仲間がお客さんとして来てくれたり。

本当いろいろやってきちゃったなと思うときもあるけれど、今があるのはこれまでのおかげだから」

みどりさん:
「くよくよすることや、スランプに陥ることは今でもたくさんあります。やる気が出なくてお店に行きたくない日もあるけれど、待ってる人がいると思うと奮い立つかな。

どうしてもダメっていう日は潔く休むと決めていますけどね。だから日常を営むって、とてもタフなことだと思うんです」

そういえば私が「特別な何か」を探すとき、目線はいつも外へ向いていました。

この日常は当たり前に続くのものとして捉え、せっかく踏み入れた寄り道も何度かつまづいては「ここじゃないかもしれない」とまた別の道を考えることに気を取られていたような気がします。

けれどみどりさんが話す「今、この日常」にもっと目を凝らしてみたら。

理想通りには進まない家事や育児、落ち込んだりへこんだりしながらも必死に向き合う仕事。

自分が置かれている状況を紐解くと、案外タフな一面に気付かされたのです。

ここじゃないどこかを目指さなくても、ひたむきに生きるこの日常から「特別な何か」を見つけられることもあると、教えてもらった気がします。

 

寄り道だって本気で歩けば

80歳までお店を続けたいと話すみどりさんに、これからやりたいことを聞いてみると、「維持し続けること」と答えてくれました。

さまざまな寄り道をしてきたけれど、「ぐらんま」を営む今の暮らしを続けたいという言葉を聞いて、やっぱり「特別な何か」を手にしたのだと感じます。

これまで私は、ひとつのことを突き詰めるスペシャリストに憧れて、自分の生き方を中途半端で遠回りばかりしているように感じていました。

でも、寄り道だって本気で歩けば自信に繋がる。

みどりさんの人生を紐解いたことで得たこの気付きは、私にとってお守りのような言葉になりました。

寄り道をしたからこそ見つかる「特別な何か」があるのなら、迷ったり悩んだりしている私の毎日はきっとその途中。

そう考えれば、ここじゃない外に目を向けて闇雲に探し回ることはなくなりそうです。

「この寄り道は本気で行けるかな」

踏み出す一歩が重くならない程度に、新しい道を選ぶときはこの問いをひと巡りしてから歩みだそうと思います。

(おわり)

【写真】原田教正

もくじ

 

古谷みどり

「おばんざい ぐらんま」店主。新潟県胎内市出身。旅館を営む祖母の影響で幼い頃から料理に親しんで育つ。さまざまな職業を経たのち、55歳でぐらんまをオープン。嫁ぎ先である鶏肉専門店は、現在焼き鳥屋として夫と次男が営業中。

 


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