【レシート、拝見】写真とコーヒー、ふたつを結ぶ父の夢

ライター 藤沢あかり


木村文平さんの
レシート、拝見


「妻に電話してから買ったんです。『なんか、いるものある?』って」。
仕事の空き時間に買った、柔軟剤と泥汚れ用の石けん3つ。自宅からやけに遠い店で日用品を買っているなぁと尋ねた答えに人柄がにじむ。

今回、レシートを拝見するのはフォトグラファーの木村文平さん。
山形で曽祖父の代から100年以上続く写真館に生まれ、兄もその道を継いでいる。生粋の写真一家だ。

共働きで、財布はそれぞれ。「家計財布をつくりたい」と言いながらも、出先で自分の財布からよくお土産を買うという。家族が好きなパンやお菓子、レシートにもある花。

子どもたちは、三つ子の小学3年生だ。となると、自粛中の暮らしはさぞ大変だったのではと想像するが、意外にも「すごく平和で楽しかったんですよ」とニコニコ顔で教えてくれた。
みんなで工作をしたり、ロボットを組み立てたり。コロナ禍で撮影の仕事はすっかりなくなってしまったけれど、バラエティ番組を観ながら家族で笑いあう時間は、自分の子ども時代とも重なり、これも悪くないと思ったそうだ。

そんな木村さん、夫婦で別財布なら趣味のものは自由に買えるのかと聞くと、迷わずイエスの返事。気になるその用途は、コーヒー豆だった。

「コーヒーがものすごく好きなんです。オーストラリアはコーヒー文化が盛んで、その流れを汲んだショップが都内にもいくつかあり、よく豆を買いに行きます。

きっかけですか? ちょっと恥ずかしいんですけど、サードウェーブコーヒーがブームになりましたよね。ブレンドではない単一の豆を、栽培から抽出までこだわって淹れるというような。そのときはじめて、コーヒーの味ってこんなにフルーティーなんだって、びっくりしたんです」

それまでもコーヒーは好きだったけれど、せいぜい近くの輸入食材店で豆を買う程度。それが今では、わざわざおいしい豆を求めてあちこちに出向く。

きっとコーヒーは、知れば知るほど奥の深い世界に違いない。そんな趣味があるってうらやましいなぁと思っていたら、木村さんがぽつりと言った。

「僕ね、実はコーヒーのお店をやろうと思ってたんですよ。コロナの前までは」

どうやらコーヒーのレシートは、単なるお父さんの趣味の出費ではなかったようだ。

 

背中を押したのは、取材先の出会いと占い師の言葉

「カメラの仕事をしていると、ほんとうにいつも忙しかったんです。

少しペースをゆるめるために、アシスタントを雇おうと考えました。大掛かりな撮影のときには手が足りないんです。ただ僕の場合は個人のお宅に行く仕事も多いので、そういうときは大勢でうかがえず、自分1人で行くことになります」

ならば、好きなコーヒーを味方にしてはどうだろう、と木村さんは考えた。
事務所に併設した、おいしい一杯を提供するコーヒースタンド。これなら撮影の手伝いを頼めないときには、店の仕事をお願いできる。事務所と兼ねれば売り上げを細かく気にする必要もない。

「結構長い間、考えていたんですよ。

あるとき取材で、未経験からセレクトショップを始めた方の話を聞いたんです。オーナーさんは自分と同世代。やりたいことをやるっていいなぁ、自分にもできるかもと背中を押された気分でした」

夢がじわじわと現実味を増すなか、昨年暮れに参加した忘年会で、偶然隣に居合わせた占い師の言葉が決心を固めることになる。

「コーヒー屋のことを話したら、『あなた、2020年は9年に一度の悪い年だから、今年中にやっちゃったほうがいい』って。え〜!ってなりましたね、だってもう今年終わっちゃう!って(笑)。聞けば、占いの『今年』は立春までだから2月までに足がかりだけでもって言われたんです」

のんびりと描いていた未来予想図に降りかかった、思いがけない「今すぐ!」。そうこうするうちに年が明け、あれよあれよと情勢の雲行きもあやしくなり、今に至るというわけだ。

 

コーヒー屋どころか本業もぐらつきそうな事態に

「自粛期間に突入し、コーヒー屋のことを考えるどころか、本業のほうもぐらつきそうなくらいに仕事がキャンセル続きでしたね」

「ずっと悩んでたよね」。隣で話を聞いていた妻が、当時のことを切り出してくれた。

「知り合いのデザイナーさんが、飲食店の応援としてメニュー作りを請け負っていて、それを写真でお手伝いさせてもらったんです。そのとき、今の状況の中でみんな、それぞれ社会のためになにかしていると感じたみたいで。自分はフォトグラファーとしてなにができるのか、ずっと彼は考えていたみたいです」

医療従事者や交通、物流。インフラに携わる人たちが社会を動かし続けてくれている一方で、木村さんのようなフォトグラファーは、現場に出向き、人に会って写真を撮るのが仕事だ。

「僕の仕事は、自分がどんなにやりたくても、人に会えなければ成り立たないんだと実感しました」

ざわざわとした社会の様子をよそに、じっと家で過ごす日々。
「自粛中の暮らしは平和で楽しかった」という先の言葉の裏側にあった思いを想像すると、苦しさがこみ上げる。わたしも、自分のまわりにいる働く人たちを見ながら、こんな状況下での「書く」ということの役割についてずっと考えていたし、その答えはまだ見つかっていないから。

それでも、自分はなにができるんだろう、なにをしたらいいんだろう、と木村さんは問い続けた。

なにか見つかりましたか。その問いに、木村さんは少しの沈黙のあとに答えてくれた。

「考えたんですけどね、やっぱり写真以外のことがなにも出てこなかったんです」

写真の仕事がかなわなくなってもなお、思い浮かぶのは写真のことばかり。コーヒースタンドだって、本業を楽しく長く続けたい一心からの夢なのだ。

 

「悩んだ気持ちを忘れてしまうのが怖い」

取材も終盤にさしかかったころ、木村さんがコーヒーを淹れてくれた。今日のためにと豆を買い、その場で挽いて、ていねいにドリップしたコーヒー。

「口に合うかな、どうかな」と、心配しながら差し出してくれたその一杯は、おせじ抜きにとてもおいしかった。厳しい渦中に最前線で働く人がいる一方で、こうして安らぐ一杯のコーヒーを淹れる人だって必要だ。そして、おいしいね、あったかいねという気持ちを伝える写真の力も、わたしは信じたい。

今、仕事はまた木村さんのもとへ戻ってきた。忙しさのペースも元どおりになりつつあるらしい。

「すごくありがたいことです。でも、こうやって悩んだ気持ちを忘れてしまうことが怖いとも感じています」

悩んでいるお父さんの頭を、3人の子どもたちは代わる代わる撫でてくれたらしい。「妻が自分の悩んでいたことを、ちゃんと覚えていてくれてびっくりした」とも話していた。

毎日は新しいことが次々とやってきて、どんどんアップデートされていく。今の気持ちを忘れたくないけれど、薄れていくのだろうか。それは前に進んでいる証なのか、でもやっぱり忘れたくないことはある。勝手ながら、忘れてほしくないとも思ってしまう。

「これから先ですか? どうしようかなぁ。また占いに行ってみようかな(笑)」

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【写真】吉森 慎之介

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木村文平

山形県鶴岡市の100年続く老舗写真館に生まれる。大阪芸術大学写真学科卒。カメラアシスタントを経て、2007年よりフリーランスフォトグラファーに。著書に『雰囲気写真の撮り方 ナチュラルな光を活かすデジカメ撮影術』(エヌディエヌコーポレーション)などがある。最近では本多さおりさんの新刊『モノが私を助けてくれる』の撮影を担当。

ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。

 


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