【あのひとの子育て】翻訳家・小宮由さん〈前編〉物語が子どもの中にある。それは大きな安心材料です
ライター 片田理恵
子育てに正解はないといいます。でも新米のお父さんお母さんにとって、不安はまさにそこ。自分を形作ってきたものを子どもにどう伝えるのか。正直、わかりませんよね。
だから私たちは、さまざまな仕事をされているお父さんお母さんに聞いてみることにしました。誰かのようにではなく、自分らしい子育てを楽しんでいる〝あのひと〟に。連載第16回目は、数多くの海外絵本を手がける翻訳家であり、家庭文庫「このあの文庫」の主催者でもある小宮由(こみや・ゆう)さんをお迎えして、前後編でお届けします。
本を読みなさいと言われたことは一度もない
小宮さんは、中学二年生と小学二年生の息子を持つお父さん。夫婦と子どもふたり、家族4人で暮らしています。職業は翻訳家。手がけるのは主に外国の絵本で、まだ日本で翻訳されていない隠れた名作を探しては出版社に企画を持ち込み、100冊以上の作品を世に送り出してきました。
小宮さん:
「絵本は物心ついた頃からずっと、ごく身近な存在でした。実家が子どもの本の店をやっているんです。熊本の西原村にある『竹とんぼ』。両親は東京で出版社に勤務していたんですが、脱サラして本屋を始めた。僕は男3人兄弟のまんなかで、小学校に上がる年に熊本へ引っ越してきました」
▲中学生の長男が作ったという折り紙作品。折り目の正確さと色合いの美しさにびっくり。
とはいえ、子どもの頃から特別に絵本が好きだったかといえば、そんなことは全然ないと笑う小宮さん。兄弟の中では一番やんちゃで、外遊びやいたずらに夢中だったといいます。
小宮さん:
「子どもにとっての幸せって、なんの不安もなくいきいきと遊んだり、自分らしくふるまえたりすることじゃないかと思うんです。当時の僕には本よりも、夜に家を抜け出して友達と雪山を滑りおりて遊ぶことの方が魅力的だった。
母親に『クマのプーさん』などを読んでもらった記憶はあるけど、本を読みなさいといわれたことは一度もなかったですね。いい本をさりげなく、近くに置いておくくらいでいいんだと思います。本に出会うタイミングって人それぞれだろうし、ぴったりな時期に読んだ本はちゃんとその子の中に残っていく。それがいつか花を咲かせることだってあるだろうから」
いい物語には、人間の生きる意味が描かれている
▲このあの文庫の書棚の上に飾られていた、小宮さんが敬愛する祖父・北御門二郎さんの写真。
小宮さんの中で本という存在が花開いたのは、18歳の時。推薦で大学への進学が決まり、受験勉強から解放されてぽっかりと空いた時間に読んだ、トルストイの作品がきっかけでした。
小宮さん:
「祖父・北御門二郎が翻訳したトルストイの『復活』です。おじいちゃんが翻訳の仕事をしていたことはもちろん知っていたし、それらの本はずっと家の本棚にあったんですが、僕が読んだのはその時が初めて。衝撃、という言葉では足りないですね。思索のどん底に落ちてしまった。その後の大学4年間は苦悩の時代。トルストイ、ドストエフスキー、ゴーゴリ、ソクラテス、プラトン、聖書、論語など、ほとんどの時間を本を読んで過ごしていました。
その後、ふとひさびさに『竹とんぼ』の本、つまり子どもの本を手にとったんです。十数年ぶりに読んでみたら、これがなんともおもしろい。読む本読む本、全部おもしろくて驚きました。どの物語にも人間の生きる意味が描かれていると思えた。絵本はすごいと感じたのはその時です。どうして両親が苦労しながらもこの店をやってきたのか、わかったような気がしました」
読む本は子どもに決めさせる。否定しない。
大学卒業後は児童書を作る出版社に入社。営業から編集まで、さまざまな形で絵本に関わる仕事をするようになりました。心から子どもに届けたいと思える、そんな絵本を作りたい。その一心でがむしゃらに進むうち、いつしか自分自身が翻訳をしていたというのが正直な気持ちだそう。
やがてふたりの息子の父となり、わが子にも絵本を通じてたくさんの愛情を注いできました。小宮さんを父上と呼ぶ下の息子さんとは、夜寝る前に『ドリトル先生』を読むのが最近の日課です。
小宮さん:
「シリーズ13冊中、今は8冊目。最初はまだ早いかなと思ったんですが、読んでみたら楽しそうに聞いていますね。
子どもには小さい頃からずっと、読んでもらいたい本を自分で決めさせています。小学生になってうちの書棚以外の本を知り、僕からすると変な本を借りてくることもありますが、それを本人が読むこと自体は否定しません。ただ『お父さんはその本は嫌いだから、読んでやることはしないよ』とはっきり伝えています。
兄と弟で年が7つ離れているので、長男との読み聞かせは次男が生まれるまでだったんですが、次男とはいけるところまでいきたい。何より僕が楽しいから(笑)。長男はもう絵本はさほど読みませんが、最近、この部屋(家庭文庫に使っている場所で、絵本と児童文学作品が置かれている)で寝るといいだしたんです。本棚にある岩波少年文庫を夜な夜な読んでるみたい。
すぐれた物語が息子たちの心に根付いているなと感じることは、子育てをする上での大きな安心材料になっています。これからいろいろな困難にぶつかることがあるだろうけれど、多少のことなら大丈夫、ドリトル先生たちがきっと助けてくれるだろう、と。絵本や児童文学にはそれだけ大きな力がある。僕はそう思っています」
大きな視点での子育てから見えてくるもの
自身が信じる絵本の力を、わが子だけでなく、ひとりでも多くの子どもたちに届けるために。次回後編では、小宮さんが主催する家庭文庫「このあの文庫」にフォーカスします。
地域の子ども達を見守り育むという、大きな視点での子育てから見えてくるものとは……。親としてだけでなくひとりの大人として、小宮さんが子育てに向き合う思いを伺います。
(つづく)
【写真】神ノ川智早
小宮由(こみや・ゆう)
翻訳家。1974年、東京生まれ。小学校から大学までを熊本で過ごし、その後、児童書専門の出版社に入社。2001年のカナダ留学を経て、2009年に独立。現在もフリーランスで活動中。2004年、東京・阿佐ヶ谷で家庭文庫「このあの文庫」をスタート。近著に『イワンの馬鹿』(アノニマ・スタジオ)などがある。
小宮由さんインスタグラム
https://www.instagram.com/konoano/?hl=ja
ライター 片田理恵
編集者、ライター。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスに。暮らし、食、子育て、地域などをテーマに取材・執筆に取り組む。
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