【レシート、拝見】音楽好きが寄り道しながらたどりついた場所

ライター 藤沢あかり

 


YUYAさんの
レシート、拝見


 

ひとりランチで食べたとんかつにカレーに、ちょっとひと休みに入ったカフェチェーン店のアイスティー。気になっていた文房具屋。フィンランドとスイスのデザイン書籍は、カルチャーショップが軒を連ねる地元商店街で見つけたものだ。

ひとり気ままに散歩に出かけた一日のレシートは、だいたいこんな感じらしい。東京の中野。あらゆるカルチャーが渾然一体となる、JR中央線の代名詞のような町に暮らしている。

「昼ごはんも、どこで食べるかを決めて出かけることはほとんどなくて。この日は、通りがかったカレー屋のグラフィックデザインのロゴがかわいかったから、ふらっと。あんまりおしゃれすぎるお店だと緊張するじゃないですか。ここは男性客が多くて入りやすそうだったから」

切り絵作家のYUYAさん。職業も年齢も性別も、そして好みもわたしとはまるで違うはずなのに、レシートからたどる休日はどこかフレンドリーだ。

そんななか、わたしにはなじみのない、そして極端に枚数の多いレシートがあった。中古のレコード専門店。日付を見ると、5日に1度は足を運んでいることになる。頻度に驚いていると、「この時期は、むしろ行く回数は減っていたくらい」というから、また驚いた。

 

いつの間にか、「好き」が仕事になっていた

「中古だと、1枚500円とか600円とか。だからついつい、あてもなくお店をのぞいてしまって。音楽ってかたちのないデザインみたいな感じ。店でジャケットを見ながら、どんなかたちの音だろうと考えるのも楽しいんです。僕の日常は音楽命ですね」

興味の入口は学生時代、テレビから流れるジャパニーズポップスだった。あるとき、日本人が歌うボサノヴァを知る。

「日本でのボサノヴァ第一人者といわれる小野リサさんの音楽が、すごく心地よかったんです。ルーツをたどったり似たジャンルなどを聴いたりしているうちに、いろいろなタイプの音楽へとどんどん興味がわいていって。ひとつ気に入ると、ジャケットに出ているメインアーティストだけじゃなく、ピアノで参加しているこの人の別の作品も聴いてみよう、と数珠つなぎに広がっていきました。でも音楽を仕事にするなんてことは、考えたこともなかったですね」

今でこそ切り絵をなりわいとするYUYAさんだが、もともとは美大で建築を学び、卒業後は設計事務所に勤めていた。

「4年くらい働きましたが、自分にはちょっと違うかもしれない、まだ若いんだし違うことをしてみたいと思いました。それで試験を受けてみたのが、クラシックコンサートやイベントをするホールの運営会社です。最初は施設管理や運営に関わる仕事をしていました」

3年ほど働いたころ、転機があった。コンサートホールの企画を任されたのだ。

「年配のお客さんが多いホールだったから、若い人たちにも来てもらいたいと思って、そこで自分の好きなジャズをはじめとしたミュージシャンを招いたコンサートやイベントを企画するようになりました。だから音楽の仕事ができたのは、ほんとうにたまたま」

気づけば、好きな音楽が仕事になっていた。
しかし時を同じくして、趣味で切り絵をはじめていたYUYAさん。一度きりのつもりで始めた個展もいつしか回数を重ね、しだいに切り絵は趣味の域からどんどんふくらんでいった。

そうして、会社に勤めだして15年が経ったころ、ついに機は熟す。パンやお菓子を作る妻とともに、自分たちのアトリエをオープンさせたのだ。それは、この仕事を本気でやっていきますという決意表明だったに違いない。

では今、音楽はYUYAさんにとってどう変わったのだろう。もしかしたら、なにか仕事にも影響があるのでは、そう思ってたずねてみた。

「今、音楽は完全に趣味です。仕事が煮詰まったときの気分転換やインスピレーションのもとになることもありますが、それ以前に、当たり前になじんでいる日々の楽しみという存在です」

切り絵を通じて出会うなかには、音楽に携わる仕事をする人も少なくない。

「僕が音楽好きだと知って、ジャズCDのカバーイラストを依頼してくださったり、縁がつながるなかで、自分の切り絵の個展で選曲をお願いさせてもらったり。音楽とは違うところで知り合った人と、音楽でつながることも多いんです」

音楽は趣味からはじまり仕事となり、そしてまた趣味に戻った。しかし、そこで繋がった縁が、新しい仕事を支え、また音楽に触れる機会となっている。

アトリエは今年、5周年を迎える。予算や立地とにらめっこしながら思いがけずたどり着いたのが、なじみのないこの中野だったそうだ。けれど今、この場所であたたかく迎え入れてもらっているのを感じるという。

レシートにあった地元の小さな花屋も、そのひとつ。
「ときどき家に飾る花を買っているうちに、顔なじみになりました。月に一度のアトリエオープン日には、お客さんにうちのことを伝えてくれているみたいで。『そこで聞いて寄ってみました』って訪ねてくださる方もちらほらいるんです」

目的へまっすぐ進む一本道よりも、すこし曲がりくねって、寄り道があるくらいのほうが豊かな道のりになるのかもしれない。最初にぜんぶ決めなくていい。YUYAさんを見ていると、そんな気がしてくる。散歩も、仕事探しも、たぶん人生も。

 

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YUYA(ユウヤ)

切り絵作家、イラストレーター、デザイナー。妻のスパロウ圭子とともに、アートと食のアトリエ、『Atelier FOLK (アトリエ・フォーク)』を主宰する。シンプルでモダンなデザインに、手跡のぬくもりが残る独自のタッチで雑誌や書籍、広告、プロダクトなど幅広いジャンルで活躍。「人がにっこりする絵」をテーマに、生活空間で楽しんでもらえる身近なアートを提案している。http://chokkin-kirie.com

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ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。

写真家 吉森慎之介

1992年 鹿児島県生まれ、熊本県育ち。都内スタジオ勤務を経て、2018年に独立し、広告、雑誌、カタログ等で活動中。2019 年に写真集「うまれたてのあさ」を刊行。

 


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