【あのひとの子育て】フォトグラファー・馬場わかなさん〈前編〉いつだって道の途中。だから完璧にできるわけないんです、子育ても。

ライター 片田理恵

子育てに正解はないといいます。でも新米のお父さんお母さんにとって、不安はまさにそこ。自分を形作ってきたものを子どもにどう伝えるのか。正直、わかりませんよね。

だから私たちは、さまざまな仕事をされているお父さんお母さんに聞いてみることにしました。誰かのようにではなく、自分らしい子育てを楽しんでいる〝あのひと〟に。

連載第17回は、「北欧、暮らしの道具店」でもおなじみ、いつも素敵な写真をとってくださるフォトグラファーの馬場わかな(ばば・わかな)さんをお迎えして、前後編でお届けします。

 

先輩がもがいていた理由がようやくわかった

現在、小学校2年生になった息子さんの子育て真っ最中だという馬場さん。時折SNSで公開される家族の日々を撮った写真とそこに添えられた言葉からは、楽しさや驚き、ちょっぴりセンチメンタルな思いなど、子供と向き合う素直な気持ちが伝わってきます。

生後すぐから撮りためた成長の記録、かつ大切な思い出の写真は、相応の数にのぼるそう。プロのフォトグラファーさんはどんなふうに子どもの写真を保存・管理されているのか、興味津々でおたずねしてみました。

馬場さん:
「ええと、実は7年分のデータがハードディスクに入りっぱなしでして……(苦笑)。印刷してアルバムにしようとは思っているんですが、なかなかねぇ……。あ、でも、バックアップはちゃんととってますよ!」

整然と並ぶ写真集を勝手に想像していた私たちに、馬場さんはまるでいたずらが見つかった子どもみたいにおどけながら、そう教えてくれました。

その表情からは、言葉にしない言葉までもが聞こえてきます。「日々楽しく撮っているけど、整理が全然追いつかない! もちろんやりたい気持ちはあるけどなかなかそんな余裕はないしさ、トホホ……」とでもいうような。

撮ったはいいもののつい整理を後回しにしてしまう。取材スタッフからも思わず「あるある!」「わかります!」の声が飛び交い、みんなで顔を見合わせて笑ってしまいました。

馬場さんは「暮らし」にまつわるさまざまな光景、情景を撮影するフォトグラファー。料理や人といったごく身近な日常の一瞬を、その自然な美しさのままに切り取って見せてくれる作品は、私たちを惹きつけてやみません。

でもそんな馬場さんが、自分の子どもの写真の管理や整理にはなかなか手がつけられずにいるなんて。私たちと同じようなことでモヤモヤしたりするなんて。そう思うと、なんだか妙に親近感が湧いてきました。

馬場さん:
「プロのフォトグラファーだからできるんじゃないかって思うでしょ? ところがねぇ、これがなかなかできないんです。仕事ならもちろんやるんだけど、プライベートな写真はついつい後回しにしちゃう。やりたい気持ちはあれど、完璧にはできないですね、やっぱり。

まだ写真の世界に入ったばかりの頃、年上の先輩たちがもがいている姿が不思議だったんです。当時の私からすれば彼らはなんでもできる完璧な存在だったから、もがく必要なんかどこにあるんだろう、って。

最近、その理由がようやくわかるようになりました。私たちみんな、今この瞬間も、ずっと道の途中なんですよね。だから完璧なんてあり得ないし、完璧にできるわけがない。もちろん子育ても。あの頃の私にはまだそれがわからなかったけど、先輩もそう感じていたんじゃないかと思います」

 

立ち向かう力をくれたTシャツ

道の途中にいるのはもちろん子どもも同じ。そしてその歩みは時に、想像をはるかに超える状況と直面することがあります。馬場さんの息子さんが小学校に入学したのは2020年4月。コロナ禍で緊急事態宣言が発令され、入学と同時に一斉休校が始まり、分散登校による授業がスタートしたのは6月からでした。

馬場さん:
「彼はひと言でいえばシャイボーイ。新しい場所になじむのに時間がかかるタイプですね。最初はじっと様子を伺っているんだけど、心を開いたらどんどんいける。……あれ、私と同じか(笑)。

保育園が少人数制だったから、最初からひとクラス36人と一気に知り合うのは大変だったろうと思うんです。そういう意味では、少しずつクラスメイトと出会えたのはよかったかもしれない」

新生活を送るなかで息子さんが頼りにしていたものがあると、馬場さんは1枚のTシャツを見せてくれました。胸には大好きなバスケットボール選手、レブロン・ジェームズのイラストが大きくプリントされています。

馬場さん:
「もう1枚、黒の色違いがあるんです。それは今日着て出かけたので、ここにはなくて。どっちも洗濯しすぎてヨレヨレなんですけど、これが息子のお守りというか、いうなれば戦闘服のようなものだったみたい。

1年生の最初の頃は、その2枚を交互に着て学校に行っていました。気持ちを奮い立たせてその日1日を頑張れるようにっていう、自分なりの思いだったんでしょうね。だから私も『そうだー!着てけ、着てけー!』って気持ちで、毎日洗濯していました」

 

息子が見つけた「好き」なもの

リビングを見回すと、なるほど、バスケットボールに関するおもちゃやオブジェがここにも、そこにも。聞けば息子さんは大のNBAファン。好きになったのは、休校中に自宅で観た動画がきっかけだったといいます。

馬場さん:
「ヒマで時間を持て余していた時に、たまたま元NBA選手、マイケル・ジョーダンのドキュメンタリー番組を見つけて、私がパソコンで観ていたんです。そうしたら息子が隣に来て、一緒に見始めた。バスケットボールというスポーツを観たのは、おそらくその時が初めてじゃないかな?

おもしろかったみたいで、字幕を読んでくれっていうんですよ。それで番組まるまる一本分、ひたすら字幕を読み上げて。こっちとしては同時通訳でもしているような気持ちですよね。『私、ちょっとかっこいいかも』なんて思いながら、声色を変えてみたり(笑)。それ以来、バスケに夢中になりました」

好きなものが力をくれる。その経験はきっと、息子さんにとって特別なものだったに違いありません。負けそうな時に踏ん張れる「好き」は、大人になってもずっと自分を支えてくれる存在だから。道の途中の暗闇を、明るく照らしてくれる存在だから。

馬場さん:
「だんだん学校にも慣れてきたのか、夏休み明けからはほかのTシャツも着ていくようになりました。今はワードローブの一部ですね。お気に入りでまだまだ着てますけど、でも、これじゃなきゃダメというものではなくなったみたい」

 

息子の「好き」を一緒に楽しむ

思わず「よかったですね」というと、馬場さんはにっこり笑ってくれました。

息子さんのバスケ好きは健在で、最近はご近所さんが貸してくれたマンガ『スラムダンク』を読んでいるそう。最初の数冊は読み聞かせを頼まれたため、またまた声色を使い分けつつ、親子で楽しんだといいます。

次回の後編でも、息子さんの学校生活に並走する家族の日々をたっぷりとお話しいただきます。

 

(つづく)

【写真】神ノ川智早

 

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馬場わかな

フォトグラファー。1974年3月東京生まれ。雑誌、単行本で主に暮らし周りを撮影。 好きな被写体は人物と料理。著書に、17組の人とその人の作った料理を撮り、文章を綴った『人と料理』(アノニマスタジオ刊)がある。他に『まよいながら、ゆれながら』(文・中川ちえ)など。


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