【大人が進路にまよったら】後編:50歳を前にはじめた副業。歳を重ねてもつづけるために
編集スタッフ 寿山
いくつになっても楽しそう。そんな大人に憧れます。歳を重ねていけば、すいもあまいも色々なことがある。それでも前を向いて、軽やかに自分の進みたい道を歩いているように見えるあの人は、どんな道のりを辿ってきたのでしょうか。
今回の特集では、41歳のときに事務職からアクセサリー作家へと転身した「väli(ワリ)」の水野久美子(みずの くみこ)さんを訪ねました。
作家として活動してちょうど10周年、50代を迎えたばかりの水野さんに、前編では40代で進路をきめるまでの話を伺いました。つづく後編では、50歳を前にして再び訪れた転機と、50代になってからの働き方について伺います。
前編をよむ
「カゴ好き、雑貨好き」が高じて、副業に
46歳のときに、蚤の市に出店してアンティークショップをはじめた水野さん。きっかけは、好きで集めたカゴや雑貨が増えすぎてしまったことでした。
水野さん:
「学生時代に初めてエストニアを訪れた事をきっかけに、不定期でヨーロッパを旅するのがライフワークになりました。作品作りのインプットにもなるので、お金をためては気になる街に数週間ほど滞在して、暮らしながらいろいろなものを見て回ります。
現地の蚤の市が大好きで、古いカゴや雑貨を買い集めていたら、いつのまにか家で保管しきれない量になってきて。それを知人に相談したら、一緒に蚤の市に出店しないか?と誘われたんです。それ以来『laimeantik』という屋号で、蚤の市やオンラインストアでアンティークを販売するという、ダブルワークを始めました」
カゴや雑貨が好きでも、つい出費や収納場所を考えてセーブしてしまいがちな私。大人だって、無心に好きなものを追いかけるときがあってもいいのかもしれません。
50代、出来ないことを数えるよりも
とはいえ50代のダブルワーク、体力的に厳しいと感じることはないのでしょうか?
水野さん:
「50代になって、体力の衰えや体の変化は感じています。とくに視力の衰えは仕事にも影響があるので、老眼鏡をかけていますし、ルーペを使うこともあります。この1年で急に若い人がうらやましく思えることも出てきました(笑)。前は比べても仕方がないと思っていたのに。
50代は、どうしていこう?って、改めて考えてはみたのですが。好きなことを今と同じようにつづけられたらいいなと思うくらいです。体力に合わせて少しずつペースは緩めていこうかなとも。
たくさん望んでも、ひとりで出来ることの範囲は限られていますから。『なんで出来ないんだろう』と落ち込むよりも、出来ることを積み上げて『こんなに出来たじゃん』と思える方が楽しいので、それでいいかなと思っています」
他人をうらやむ気持ちは消えないけれど
そうは言っても、作品づくりでは、今もなお抱えている葛藤もあるといいます。
水野さん:
「自分が作りたい表現があるのに、出来なくて諦めたこともたくさんあって。まだまだ修行が足りない!と思いますし、出来ないことがありすぎて疲れてしまうこともあります。
そういうときは、まるで大海原を漂流しているような気分。右も左もわからないし、陸も見えないような気持ちが続いて苦しくなることも……。
アクセサリー作家さんはたくさんいらっしゃいますし、他の方のきらびやかな世界観に憧れて、私も〜と華やかな展示会に出展してみたこともあるのですが「やっぱり向いてないかも」と思ったり。葛藤もあります。自分の立ち位置はどこなのか、自問自答しながら10年やってきました」
私から見た水野さんは、身一つで作ったアクセサリーで生計を立てていて、まさに憧れの大人。それでも日々悩んだり苦しんだり。人間だから当たり前のことかもしれないけれど、同じような気持ちを抱えていると知って、勇気をもらいました。みんなそれぞれの場所で踏んばっているものですね。
行き詰まったときの処方箋
行き詰まったときに支えになるものはありますか?と訪ねたら、趣味としてつづけているダーニングですと教えてくれました。
水野さん:
「エストニアの民族博物館で、ダーニング(直し)した洋服を見たのがきっかけで知りました。とくにエストニアはウール製品の生産が盛んなのですが、ウールは磨耗して薄くなると穴があいてしまうんです。そういう穴やほころびを繕うようにお直しするのがダーニングです。
写真のナイティは、古い修道院で使われていたもの。蚤の市で見かけて、丁寧にお直しされた跡を見つけて、こんなに直してまで着つづけていたんだあと、感動したんです。
それで私も繕いながら大事に着ようと思って、今ダーニングしている最中です」
▲ペールグレーの靴下にあいた穴は、淡いピンクの毛糸でダーニングした
水野さん:
「それに、編み物って瞑想に近いんですよ。
雑念があると編み目がきたなくなるし、気持ちが安定していると編み目もきれい。だから余計なことは考えずに、無心でやるからか、私にとっては瞑想のような時間になっています」
いつか、アクセサリーとダーニングしたものも合わせて「水野久美子」という名義で展示会ができたらと、50代の新しい目標も教えてくれました。
やっと見つけた。「苦手」と向き合う方法
そもそも作家の道を選んだのは、人と交わって仕事をすることが苦手だったことも影響しているそう。一人で出来る仕事を選んだものの、自分の力だけでは出来ることが限られてしまうと悩んでいました。
水野さん:
「よく『あの人と一緒にやってみたら』とか『量産できる仕組みを考えてみたら』とアドバイスをもらうことがあって、とりあえず試してはみたのですが、なんとなく合わない感じがしてしまって……やっぱり一人が好きなんですね。
交じりたい気持ちはすごくあるけれど、交じれなくて、ジレンマを感じることも多いです。
それでも人と関わること、世の中と繋がる方法はないかなあとずっと考えてきて、最近やっと答えが出そうな気がしています」
なんでも滋賀で染め織物をしている作家さんと会って話したときに、どうしても織物をする時に少し残ってしまう残糸があると聞き、それを分けてもらいアクセサリーにしてみたのだそう。
草木染めした糸で織物をつくるのは、季節を通して体力も気力も使う大変な仕事。出来れば糸を余す事なく使いたいという作家さんの思いに共感し、水野さん自ら申し出たことだったそう。
▲草木染めの糸を編んで、パールをあしらったネックレス
隣で一緒に仕事をするという形でなくても、人と関わっていく方法はあるのかもしれないと、長年の霧がようやく晴れたような出来事でした。
同じ場所で「つづける」ことは、難しい
「37歳までぜんぜん世間を知らずに生きてきました」と笑う水野さんにとって、50歳までの歳月は、目まぐるしいほど学びの連続でした。まさに、すいも甘いもたくさんの経験を積んで、今は「つづけること」の難しさと対峙しています。
水野さん:
「会社員のときは、6年以上同じところに勤めたことがありませんでした。今はじめて10年ほど同じ仕事をつづけてきて、同じ場所で働きつづけることの大変さをしみじみと感じています。
やりたいことと出来ることの葛藤も、新しいものを発表しつづけることの辛さも痛感してはいるけれど、これまで味わった感情も体験も、いつかは作品にいかせたらいいなと思ってつづけています」
歳を重ねながら働きつづけること。仕事であれ家事であれ育児であれ、同じ場所で同じことに毎日向き合いつづけていれば、悩みも葛藤もつきません。
それでも、日々の小さな試みや、くぐり抜けた壁の数を体は覚えていて、いざというときに歩を進めてくれることだってある。
迷いは消えないけれど、そうやって暮らしを積み重ねていくしかないのかもしれないと、水野さんのお話を聞いていて感じました。
たとえ目には見えなくても、歳を重ねた分だけ自分だけのレイヤーが折り重なって、ゆかしい人生になっていく……そんな希望が静かに湧いています。
【写真】本多康司
もくじ
水野久美子
会社員などを経て2012年よりアクセサリー作家としての活動をスタート。糸でつくる装身具を制作。趣味で古い服のお直しや漆継ぎなども手がける。http://vali9.com/。Instagram_@chikuchiku9
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