【レシート、拝見】軽やかに歩く、ご機嫌な旅路
ライター 藤沢あかり
長南芳子さんの
レシート、拝見
玄関から2階のリビング、さらに3階へと続く階段は、家族の本棚になっている。絵本や児童書、小説に実用書。アートや建築にまつわる本もある。ジャンルもテイストも色とりどりに並ぶ様子は、まるで家族そのもの。その横を、毛の長い猫がゆったりとのぼったり降りたり、突然やって来た客人のわたしたちをじっと眺めたりしていた。
「穀雨」の名で、ジュエリーやオブジェを手がける長南芳子さん。学生時代を過ごした下町の良さが忘れられず、東京・谷中に店を構え、一昨年には自宅も近くに移した。いまはこの谷根千と呼ばれる谷中、根津、千駄木界隈が暮らしの中心だ。
「地元のスーパーと、よく行く八百屋さんです」というレシートには、野菜も肉も魚もたっぷり。向こう一週間、家族4人分の食材である。
この週のメニューはというと、こんなふう。シェパーズパイにチキンのトマト煮、エビチリ、蓮根のはさみ焼き、ブロッコリーの明太マヨサラダにチリビーンズ、鶏そぼろと白菜のスープ、洋風炊き込みご飯など、和洋中の13品。
ずいぶんと豪華でバラエティに富んだ料理の数々を、つくっているのは家政婦さんだ。
「月に2度、料理の外注を頼んでいるんです。一週間分をまとめて作ってもらい、夜だけでなく朝にも食べます。だから、その週は買い出しの量が多いんです。いま来てくれている方は山形出身で、郷土料理の芋煮をつくってくれるのですが、豚汁とは全然違うんですね。家族みんながお気に入りで、必ずリクエストしています」
つくってもらう一週間と、自分でつくる一週間。交互にやってくるバランスが、いまはちょうどよい。子どもが進んで食べるものを中心に、大人好みのピリ辛味を交えてもらうこともあり、ときにはケーキやプリンも加わる。次は何がいいかと、家族で顔を突き合わせメニューを選ぶ時間も楽しそうだ。
もともと、料理が特別嫌いだったわけではない。でも、掃除や片付けなら得意な夫が引き受けてくれるが、料理となると代わりがいない。それに買い出しから始まり、下ごしらえに食材の管理、後片付け。「料理」を構成するものは案外多い。
「上の子が小1、下の子が3歳くらいで、まだまだ手のかかる時期だったと思います。夢だった店を持ちましたが、制作一本でやってきたところに慣れない接客や事務仕事が加わり、パンク寸前。いまはすっかり元気ですが、子どもの持病で入退院を繰り返していた時期も重なっていました。
余裕がなくなると、イライラを家に持ち込んでしまいます。そこで、なんとかしようと始めたのが週末の『つくり置き』でした」
しかしつくり置きは、時間がかかる。買い出しと調理を合わせると半日がかり。平日はその苦労に助けられるが、代わりに週末が奪われた。たくさん準備したつもりでも、週の半ばにはストックも尽きる。
「それに子どもは、もうこれは飽きたと食べなくなることもあるでしょう。せっかくつくったのに、がんばったのにと一方的に思ってしまう。そんな自分も嫌でした」
仕事に家事に子育てに。背負いこんだ毎日で一番大切なのは、イライラせずに過ごすことかもしれない。
紆余曲折の末、たどり着いたのが料理を「手放す」ことだった。
「始めてみたら、家にはいつもおかずがたくさんあって、どれもすごくおいしい。わたしもご機嫌でいられるし、家族みんながしあわせです」
帰宅後は、あっという間にいただきますの準備が整う。食後は、みんなでゆっくりお風呂に浸かり、猫と遊ぶ子どもたちを眺めることもできる。
「最近は、子どもたちがハマっているゲームを隣で教えてもらっています。宿題をみるのも、家事の片手間でなく、きちんと向き合えるようになりました。平日に、そういうちょっとした時間ができたのは家政婦さんのおかげです。来てくださる方に感謝ですね」
出費は増えたが、得たものも大きい。時間のゆとりは、心のゆとりに直結する。それが、いまの彼女にとってなによりありがたい。
自分でやれば出費は0円。罪悪感がなかったわけではない。いわゆる「おふくろの味」、そんな言葉が胸をよぎり、自分がラクをしたいだけではないかと考えたこともある。でもあるとき、子育ても同じだったと思い至った。1人目は全部自分でと抱え込んだが、2人目は人の手を借りながら、少し気楽に育てることができた。
「人によっては贅沢に感じるかもしれません。そのお金があれば、家族でおいしいものを食べたいという人もいますよね。でも、わたしはそれよりご機嫌でいたいです。そのために必要な出費が洋服の人もいれば、また別の人もいる。いまのわたしはこれなのだと思っています」
春には下の子も小学生になる。保育園の送迎がなくなり、ゆとりが生まれる一方で、また違った支えが必要になるだろう。子どもの生活スタイルも、仕事の量も、彼女自身もどんどん変化して当然だ。週末のつくり置きが外注に変わったように、この先また変わることもあるだろう。
「『手放す』とか『変える』って難しいです。そのやり方で、いままでやれていたから大丈夫だと思ってしまいます。でも、思い切ってみたらラクになる。どうせならがんばりすぎる前に、もっと早く手放してもよかったと思うんです」
階段の本棚から、長南さんが一冊を手に取った。安野光雄による「旅の絵本」。馬に乗った旅人が、のどかな農村を抜け、さまざまな街を進んでいく。緻密に描かれる風景と人々の暮らしは、何度めくっても新しい発見がある。
「子どもの頃に大好きだったものを買い直しました。絵本ってどこかのタイミングで不要になって手放してしまいがちですが、また読みたくなるんですよね。ぬいぐるみも、ふと思い返すものがたくさんあります。だから子どもたちには、ほんとうに気に入っている本やぬいぐるみは手放さない方がいいよと伝えているんです」
毎日は選択の連続だ。重い荷物を背負ったまま楽しい旅はできない。荷物の中身はどれも大切で、手放すのには勇気がいる。おそるおそる手放したり、また選び取ったり。そうやって、そのときの調子に合わせながら、家族の旅はこれからも続いていく。
長南芳子(ちょうなん・よしこ)
ジュエリー&オブジェ『穀雨』デザイナー。東京藝術大学で鍛金を学んだのち、今の道へ。心の中にある空想の ”どこか遠くにある街” の風景をジュエリーやオブジェで表現している。https://kokuutokyo.com
ライター 藤沢あかり
編集者、ライター。衣食住を中心に、暮らしに根ざした取材やインタビューの編集・執筆を手がける。「わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を伝えること」がモットー。趣味は手紙を書くこと。
写真家 長田朋子
北海道生まれ。多摩美術大学卒業。スタジオ勤務を経て、村田昇氏に師事。2009年に独立。
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