【57577の宝箱】いつか来るちゃんと愛せるその日まで あなたに渡す名を考える

文筆家 土門蘭


うちには動物がいない。

実家では犬、猫、セキセイインコを飼っていたことがあるのだが、家を出てからは一切生き物を飼っていない。

今まではそれで特に何か思うことはなかったのだが、最近「動物と暮らせたら素敵だろうな」と思うようになった。うちにもしも動物が来るとするなら、どんな動物だろう?
犬だろうか、猫だろうか。それとも爬虫類や、魚かもしれない。

ただ、家族に動物アレルギーがあったり、私が打ち合わせや会議などで家を空けることも多いので、なかなか一歩踏み出せないでいる。
今のところは、YouTubeで動物の動画を観ては癒される日々だ。

§

この間友人と近所のお店にご飯を食べに行ったら、そこに居合わせた方と雑談する機会があった。すると、彼は1年ほど前から文鳥を飼い始めたのだと話し始めた。

「文鳥!」
思わず私は声を上げた。最近はもっぱら文鳥の写真や動画ばかり眺めていたからである。
あの丸っこいフォルム、ほんのりと赤いくちばしと両目の縁、白やグレーなどの柔らかな羽色、小首をかしげる動き……見れば見るほど可憐で美しい。
「いいですねぇ」と言うと、彼は食いついてきた私に嬉しそうに「とってもかわいいんですよ」と言った。

「文鳥の体って、いい匂いがするんです」
「えっ、どんな匂いなんですか?」
「日の当たった干し草の匂いって言うのかな。焼きたてのパンの匂いって言う人もいますけどね」

その話を聞いて、私はますますうっとりしてしまう。あんなに可愛い上に、いい匂いがするなんて。

彼は文鳥の生態について詳しく話しながら、スマートフォンに入った大量の写真を次々と見せてくれた。肩に乗っている文鳥、頭に乗っている文鳥、おでこに乗っている文鳥……懐いてくれたのが嬉しいらしく、スキンシップのシーンが多い。

「なんて名前なんですか?」
すると彼は写真をニコニコ眺めながらこう言った。
「大福です」
「大福!」
「ほら、もちっとしているでしょう? 形が」
写真の中の手のひらに乗った文鳥は、確かにふっくらもっちりしていて、真っ白いお餅のようだ。

その後も、彼はいかに文鳥がかわいいかを教えてくれた。
話しかけると返事をしてくれるとか、飼い主の体をツンツンとつつくのは愛情表現なのだとか、本当は眠いのにまだ遊びたいからと無理してウトウトしている姿が愛らしいのだとか。

「文鳥がいると、生活が本当に豊かになります」
彼は自信を持ってそう言った。家に帰って、早く文鳥に会いたいとも。

いいなぁ、と私は呟く。
「私もいつか、文鳥を飼ってみたいです」
すると彼は「飼ってみたらどうですか」と言った。
「最初は僕も不安だったけど、詳しい人や獣医さんに聞いたり本で調べたりすれば、ちゃんと大事にできますよ」

それを聞き、そういうものだろうかと思う。「そういうものですよ」と彼は笑った。
「あなたの家にも文鳥が来たら、教えてくださいね」

§

週末、さっそく子供たちとペットショップへ行った。

彼の話を聞いて、ちょっと本気になったのである。文鳥の育て方を調べたり、動画で勉強したりしながら、「私にも育てられるのでは」と思った。「えいや」と思い切れば文鳥と暮らす日々が始まる。生活は、そこから急に色を変えるだろう。そう思うとなんだかワクワクと楽しい気持ちになった。

「いたよ! 文鳥!」
長男が私に呼びかける。そのコーナーへ行くと、シルバーや真っ白な色をした文鳥が、鳥籠の中でぴょんぴょん跳ねていた。子供たちが文鳥を怖がらせないくらいの声量で「かわいい!」と歓声を上げる。初めて動物と暮らせるかもしれないということで、期待で胸がいっぱいのようだ。

ただ私は、本当に文鳥が動いているところを目の当たりにすると、急に怖気付いてしまった。
みんなまだ幼いのだろう、「大福」のようにふっくらとはしていなくて、小さくて華奢な体つきをしている。ほんのりと赤い脚は、驚くほど細い。このうちの一羽が私の家に来て家族の一員になるのだと思うと、突然自信がなくなった。

「ねえ、どの子にする?」
と、次男が目をキラキラさせながら言う。
もちろん、その気になれば、必要な一式を全て揃えて今日連れて帰ることもできる。だけど……。

「ごめん、もう少し考えてもいい?」
子供たちにそう言うと、次男は悲しそうに「ええー!」と言った。
でも、長男は意外にも「そうやな」と同意してくれた。「そうやな、もうちょっと考えようか」と。

「こうしてリアルで見てみると、『かわいい』だけじゃなくて、『大切にしなあかんな』って思うもんな。俺もすごく文鳥欲しいけど、なんか、ちょっとこわい」

見事に私の気持ちを言葉にしてくれたので、私は驚きつつも、ほっとした。「ごめんね」と次男に謝りながら、次男の手を握る。
とても連れて帰りたいけれど、まだ心の準備ができていないのだということが、本物の文鳥を前にして浮き彫りになった。

その時ふと、子供たちが初めてうちに来た日のことを思い出した。
座布団におさまるほどの、小さな赤ちゃんだった息子たち。私はそれを眺めながら「かわいい」という気持ちとともに、「こわい」という気持ちを感じていた。家という閉じられた環境の中、私がちゃんと育てないとこの子は生きられないのだというこわさ。それはまさに、「大切にしなあかんな」という責任感だった。

いつの間にか、それを感じる側になっていたんだなぁ。
長男の後頭部を眺めながら、そんなことを思う。

「いつか、ちゃんと育てられるぞって自信がついたらまた来よう」
そう言うと「そうやな」と長男が言った。
「まあ、うちはまだ小さい子どもが二人いるし、お母さんも大変やろうしな」と。

私は笑って「確かに」と答える。
そして、みんなで文鳥の名前を考えながら帰った。

 

“ いつか来るちゃんと愛せるその日まであなたに渡す名を考える ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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