【57577の宝箱】ひんやりとした洗濯機に 手を置いてけなげな震えを感じてみる朝
文筆家 土門蘭
私の朝は、毎日慌ただしい。
まずは、6時半に起床。
その際、5歳の次男も必ず起こす。本当は自分一人でさっさとリビングへ行き、家事なり身支度をした方がスムーズなのだけど、そうすると「一緒に起きたかった」と言って泣いて怒るのだ。
ふらふらと眠気まなこの次男が転ばないように手を握り、2階の寝室から1階へとゆっくり降りる。
さて、そこからはフル稼働だ。
まずは米を洗って炊飯器に設置。スピード炊飯で20分で炊ける。お弁当に入れるほうれん草をゆでるためのお湯を沸かしつつ、駆け足でお風呂場へ。
浴槽に給水ホースを突っ込んで、洗濯物をバサバサと洗濯機に投げ込んでいく。ポケットにティッシュが入っていないかの確認も怠らない。洗剤を入れて、ピッとボタンを押せば、1時間後には洗い終わっているはず。キッチンに戻ったら、ばっちりお湯が沸いている。お弁当のおかず作りに専念。
他の家族も起きてきて、寝室が空っぽになったら、床に落ちているタオルケットや絵本やらを全部片付けてお掃除ロボットを起動。ピコンパコーンという音を出して、ブイーンと動き出す。戻ったら、そろそろご飯が炊けるころ。急いでお弁当箱に詰め、出かける夫へ渡す。
子供たちと朝食を食べたあとは、すぐにお皿を食洗機へ。スイッチを押して洗っている間に、自分の身支度を整える。
ぶんぶんと唸る食洗機と洗濯機の音、2階から聴こえるゴツンゴツンと壁にお掃除ロボットがぶつかる音。それらを聞きながら、化粧道具をテーブルに並べる。ここでやっと一息つける。
気忙しい朝だけれど、私はこの時間が嫌いじゃない。
私が何かをしている間に、家電たちが自分の持ち場で働いてくれている。仕事を進めてくれている。
その「ここは任せたぞ」という感じ、物言わぬ家電とのチーム感、信頼感が、毎朝私に小さな充足感と安心感を与えてくれる。
§
だけどあるとき、そのチーム感がうまく機能しなくなったことがあった。
洗濯機が、時間通りに洗濯を終わらせてくれなくなったのだ。スイッチを押したときには「53分(で終わります)」と約束したのに、1時間経っても、2時間経っても洗濯が終わらない。
時々、「ピピピピピ」と大きな音をして呼び出される。エラーが起こっているので、一度蓋を開けて閉めろというのだ。それで言う通りにしてやると、なんとかもう一度動き出す。その瞬間、残り時間「15分」と表示されていたのが「25分」になっていたりする。私は思わず「ええ?」と声をあげる。
この洗濯機はまだ新しく、購入してから1年ほどしか経っていない。故障だろうか、と思ったのだけど、倍の時間はかかっても一応洗濯はしてくれるし、普段私もほぼ家にいるのでそんなに問題はなく、ちょっと調子が悪いのかなと思ってそのままにしておいた。
だけどある日、私はついに怒ってしまった。その日は朝早く家を出て、夜遅く帰ってくる予定だったので、早起きして洗濯機を回していたのだ。倍の時間がかかっても良いように、できるだけ余裕を持って。
でもその日の洗濯は、いつまで経っても終わらなかった。出かける時間になってもまだぐずぐずしている。早く干さないと、湿った衣類を夜まで洗濯機に溜め込んでしまうことになる。「早く早く〜」と苛立っていると、「ピピピピピ」とまた言い出した。蓋を開けて閉めると、「15分」が「25分」に……
私は怒って、つい洗濯機の横っ面を強めに叩いてしまった。洗濯機が一瞬ブルンと震えたような気がしたが、脱水をやり直し始めたからかもしれない。当然、洗濯機は文句も言わず、ブルンブルンと脱水し続ける。なんだか罪悪感を覚えたけれど、もう出かけなくちゃいけない。
私は電源スイッチをぶちっと切り、ぐっしょりと濡れたままの洋服を干すことにした。濡れたまま放っておくよりは、干した方がまだマシだろう。
急に電源を切られた洗濯機は、蓋を開けたまま、途方に暮れたような顔をしていた。
§
「あの洗濯機には、本当に迷惑している。壊れてるから修理した方がいいと思う」
帰ってきてから夫にぐちぐちとそう言うと、彼は「わかった、明日様子を見てみる」と言った。
そして翌日、洗濯機のそばで何か作業をした後に、「ちょっとこの洗濯機、使ってみて」と言う。それでいつも通り洗濯をしてみると、なんと、時間通りに洗濯を終えることができたのだ。「ピピピピピ」と呼ばれることもなかった。こんなのは久しぶりで驚いた。
「どうやって直したの?」
と聞いたら、排水溝を洗っただけだと言う。
「多分汚れが溜まっていたんだと思う。だから不調だったんじゃない?」と。
それを聞いて、もう一度洗濯機の方を見た。真っ白で真四角の洗濯機は、物言わずじっとそこに立っている。なんだかすごく申し訳なくなって、「悪いことしたなぁ」と思った。
手入れも満足にしていないのに、調子が悪くなると家電のせいにして怒る。そんなの、家電側から見ればとんでもない話だろう。彼らは無言でいつも働いてくれていたのに。
こういうことを、私は他の場面でもしてしまっているかもしれない、と思った。
人間関係でも、仕事でも、自分で手入れもしないのに、うまくいかないことには文句を言って、何かを失っているシーンがあるのかもしれない。考えてみると、心当たりがいくつかあった。
私は、洗濯機の糸くずキャッチャーを取り外して、糸くずのゴミを掻き捨てた。そんな自分の怠慢をこそぎ落とすように、じゃぶじゃぶと両指でキャッチャーを洗う。「ごめんね」といろいろな人や物に思いながら。
今では洗濯機は、毎朝約束通りに動いてくれている。私はその音を、身支度しながらしみじみと聞いている。
“ ひんやりとした洗濯機に手を置いてけなげな震えを感じてみる朝 ”
1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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