【これからの生きかた】前編:もしもこの先、100歳まで生きるとしたら。「人生の幸せ」ってなんだろう?

編集スタッフ 津田

幸せってなんだろう?、と思います。

あれこれ欲張りたくなるけれど、とりあえずは日々おいしく食べて、楽しく笑って、自分の足で行きたいところに行けること。ただそれだけのことが尊いと気づいたのは、ここ数年で、そのためにも健康でいたいものです。

ある日、産業医の杉山葉子(すぎやまようこ)先生にお会いしたときに「自分は幸せだと、主観的に感じていることが、寿命を9年延ばす」という話を聞きました。

色んなことを幸せに感じる人のほうがいいだろう。なんとなく思っていたことが、なんとまあ、科学的にも証明されていたのか!と、新鮮な驚きを覚えました。

日々の暮らしから縁遠そうな科学的なことにも、自分らしく生きるヒントがあるのかも。そこで今回、杉山先生と一緒に「よりよく生きるとは?」というテーマでお話をすることにしました。前編ではWell-being(ウェルビーイング)を取り上げます。

 

私たちは100歳まで生きるかもしれない

まずはじめに考えてみたいのが「すこやかさ」についてです。

私は今38歳ですが、代謝が落ちてきたり、ちょっと頑張るだけで疲れてしまったり、ちゃんと休むことの大切さが身にしみてわかってきた年頃です。

人生100年時代。このまま100歳までずーっと元気でいられるのかな、そもそも私が目指したい「すこやかさ」ってどういうことなんだろうと、素朴に疑問に感じていました。

杉山先生:
「面白いテーマですね。どんなお話になるか楽しみです。

健康ってなんだろうとか、人生を幸せにすこやかに生きるってどういうことなんだろうとか、本来は、定義するのがすごく難しいことだと思います。

人によって、時代によって、社会や価値観によって、結構変わるものじゃないでしょうか。

だからこそ、考え甲斐もあると感じますね」

杉山先生:
「Well-being(ウェルビーイング)という言葉を、耳にしたことはありますか?

世界保健機構(WHO)の憲章前文に『健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることを言う』とあり、それがウェルビーイングだと言われています。

病気や怪我をしたら、その後の人生がずっと満たされずに不幸かというと、必ずしもそうではなくて、病気を抱えながらも、生き生きと満ち足りている方はたくさんいらっしゃるし、一方、はっきりした病名はなくとも、なにかずっとしんどいとか、孤独とかを抱えている方もいらっしゃる。

そうなると、身体的・精神的・社会的にすべてが満たされた状態ってどんなものでしょうか?

『幸せ』とも重なる部分が多いけれど、ちょっとニュアンスが違いますし、もっと一人ひとりが自分軸で考えられるといいなと、つねづね感じていたことです」

 

そもそも、人生の幸せってなんだろう

自分の人生の幸せとはなにか。

やはり、おいしいごはんを食べている時のことがパッと浮かんだけれど……、それだけが答えではないというか、根本的な問いで、どう考えればいいのか迷ってしまいます。

なにかヒントはありますか?

杉山先生:
「ハーバード大学で、75年以上にわたって、約700人の心と体の健康を追跡した研究があります*。

被験者はボストンに生まれた貧困層の男性のグループと、ハーバード大学卒の男性のグループ。血液を分析したり、脳スキャンをしたり、アンケートの回答をじっくり読み込んで、実際に被験者とコミュニケーションをとったり、色々したそうです。

これだけ大きな規模で調べた結果、人生の豊かさや幸福について、あるひとつのことが、ほかのすべてに勝(まさ)っているとわかったんです。それは何だと思いますか?」

うーん。よく「いい大学を出て、いい会社に入りなさい」とも言われますが……。それは違うような気もします。

杉山先生:
「そう、そうなんです。学歴、仕事、役職、収入、老後の蓄え、人種。そういったものはあまり関係がありませんでした。

人生において大事なのは『つながり』、つまり、私たちは人間関係の質によって、人生の豊かさや幸福を感じる、ということがわかったのです。

心から信頼できる人がいるかどうかで、人生が変わる。大切なのは、1人でもそういう人がいるかどうかです。

交友関係が広ければいい、とか、今で言うとSNSのフォロワーが多ければいい、ということではなかったんですね」

*https://www.adultdevelopmentstudy.org/grantandglueckstudy

 

「強いつながり」と「弱いつながり」

たしかに、何かあったとき、ただ話を聞いてもらうだけでホッとしたなあと思えることって多いです。でもやっぱり、人には話せないような悩み事もあって……。

杉山先生:
「ええ、それでいいんだと思いますよ。

言いたいのは、無理してつながろうということではありません。自分らしくいられたら、それで十分です。

科学的に証明されたことが、どんな人にも当てはまる幸せの定義だということではありませんし、参考にするスタンスでいいんだと思います」

杉山先生:
「こんなふうに考えてみるのはどうでしょう。

人生は、いいこともあれば、そうじゃないこともある。うまくいかないとき、自分が友達だったらどうしてあげたいかなって。何かあったのかなと気づくかもしれないし、話してくれるのを待とうと思うかもしれませんよね。

客観的な視点をもつのはたいせつです。やっぱり話せないと思うことなら、心にしまっておいて構わないですし、聞いてほしい人の顔が浮かんできたら、行動してみるのもいいと思います。

何でもさらけ出せるような深くて濃いつながりがあるのもいいことだし、ちょっと天気やテレビの雑談をするくらいの浅くて弱いつながりも、どちらもあったほうがいい。

人生には縦のつながりや横のつながりだけでなく、いろいろな軸があることが大事です」

 

もしも、人生がいいことばかりだったら?

「軸」や「つながり」というのは、「視点」とも言い換えられそうです。

正解があるのではなく、いろんな選択肢があったほうがよくて、その中から自分で選べることの喜びは、たしかに私も知っています。

杉山先生:
「ウェルビーイングの研究では、まさに『どう生きるかの選択肢がたくさんあり、その中から自己決定できる』ことが重要だと言われています。

話はすこし戻りますが、『幸せ』というのは『気づくこと』なのかなと思うんです。

どこからともなくポーンと降ってくるんじゃなくて、ここにあったと気づくもの。

もしも、人生いいことばかりだったら、果たしてそれがいいことだと気づけるでしょうか……。私は、気づかないんじゃないかなと思うんですね。だからこそ、つらい経験も生きてくる。

自分で選ぶことは、うまくいくことばかりじゃない人生を引き受けることになります。その積み重ねが、すこやかな人生になるのではないでしょうか」

 

いいことも、悪いことも、丸ごと受け入れられたら

杉山先生:
「ウェルビーイング(Well-being)は、『ウェル=良い』と『ビーイング=〜である・存在する』なので、ざっくり訳すと『自分が良いと思える状態でいること』になります。

『ドゥーイング(doing)=何をするか』より、『フィーリング(feeling)=どう感じるか』が近いのかもしれませんね。

仕事のように『doing=する』場面では、合理性や論理性が優先されますし、なにごとも原因と結果があると考えがちですが、生きることにおいては必ずしもそうではなく、感情もたいせつなのです。

どんなことでもポジティブに受け取りなさい、ということではなくて、ネガティブな感情もあるのがふつうだし、それでいいのです。ポイントは、いろんな感情を味わうこと」

杉山先生:
「話はまた変わりますが……、昨日は月がきれいな夜でした。

ぼんやり眺めていると、風が強くなってきて、たちまち黒い雲に覆われてしまい、どんどんどんどん雲が流れていき、しばらくすると雲の隙間に、もういっぺん月があらわれたんですね。

その月は、最初に見たときよりも印象的だったし、すばらしく美しいものでした。

そのとき、ふと『人生も同じじゃないか』と思ったんです。

人生にも、いいときと悪いときがあります。自分の意思とはまったく関係なく、暗雲がやってきて、振り子が揺れるようにプラスとマイナスを行き来することになる……。

うまく乗り越えて成長できたと感じる瞬間もあれば、がんばれないときもあるでしょう。それらを総合して、プラスとマイナスがうまくバランスするように整えていくのが『すこやかでいる』ということなのかもしれないと思ったんです。

今回、私なりにウェルビーイングとは何かをずっと考えていまして(笑)。今の時点ではこんなふうに考えているのですが、どうでしょう」

§

人生にはいいことばかりじゃない。トラブルやつらい経験があったからこそ得られるものがある。

お守りのような言葉に、励まされる気持ちになりました。

過去は変えられないけれど、それがあったからこそ持ちえた視点や乗り越えていけることも、たしかにあるのかもしれません。

もしもこの先、100歳まで生きるとしたら、その土壌を豊かにしていけたらいいのかなと思えました。

後編では、いいときも悪いときもある人生を、すこしでもプラスに整えるための「ストレスとの付き合い方」について。引きつづき、杉山先生にお聞きしていきます。

(つづく)

 

【写真】鍵岡 龍門


もくじ

 

杉山 葉子

精神科医、産業医、労働衛生コンサルタント、ヘルスシード合同会社代表。保健師として働いたのちに大学で教育心理学を学び、その後、学士編入学制度で医学部(3年次)に進学。産業医としては「健康経営」さらに「Well-being経営」につながるようにサポートすることをモットーとしている。健康安全管理指導にくわえて、メンタルヘルス、セルフケアに関する健康相談など、Well-beingを目指した「健康を通して人と組織を活性化していく活動」に取り組んでいる。

 


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