【しなやかな人】第1話:みんなとはちょっと違う、を自覚して。徳島で育ち、上京するまで
編集スタッフ 岡本
朝起きて子どもたちを見送り、働いて家事をして、夜眠りにつく。どこにでもある当たり前で、愛おしいこの日々がきっとずっと続いていく。そんなふうに思っていると、人生には時々、思いもよらない壁が立ちはだかることがあります。
そんな荒波とも言える出来事を前にするたびに願うのは、もっとしなやかでいられたら、ということ。変化を恐れてどうしたら巻き込まれずにいられるだろうと構えてしまうけれど、ひとまず目の前の出来事を受け止めて、波にあらがうだけじゃない方法を見出せたらと思うのです。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、ある人生の先輩の顔が浮かんできました。
半年ほど前にお会いした田中ナオミさんは、個人住宅の住宅設計者。たった数時間の取材だったけれど、太陽のような笑顔で迎えてくれたその瞬間から心惹かれていました。
田中さんのしなやかな姿勢のわけを知りたくて、ふたたび会いに行くことに。これまでの人生に訪れた波を通して、人生を紐解いていきます。
目立つのがいやだった。徳島で過ごした幼少期
イギリス人の母と、日本人の父の間に生まれた田中さん。三人きょうだいの末っ子で、幼少期を徳島県で過ごしました。当時は外国人が珍しかったこともあり、街を歩くだけで振り返られることがたびたびあったそうです。
田中さん:
「スーパーに行くとお店の人が野菜をくれたり道端で挨拶されたり、優しい人が多かったけれど、なかには外国人であることを理由にからかう人もいて。幼心に我が家は普通とは少し違うのだ、ということを感じていたから、小さい頃はできるだけ周りのみんなと同じでいることを心がけていました。
学校の授業参観に母が来ると、友人に『お母さん来てるね』なんて声をかけられて、すごく恥ずかしかったですね」
支えていたのは、愛されているという自覚
自分ではどうにもできない理由で好奇の目を向けられて、へそを曲げてしまいたくはならなかったのでしょうか。
田中さん:
「家に帰れば自分を愛してくれる家族がいる。その自覚があったから、不安や悩みを抱えることはそれほどなかったように思います。
特に母は、まっすぐに思いを伝える愛情深い人でした。小学校の家庭訪問の時、家での私の様子を聞く先生に対して母が『天使さんです』って答えてくれて。テーブルの上にはカルピスが置いてあって、思い出すとあったかくなる幸福な光景として目に焼きついています。『そうか、私は天使なのか……』と、しみじみ嬉しかったですね」
田中さん:
「たとえば先生のことも、『いろいろなことを教えてくれる素敵な人よ』って言うんです。今思うと、自分に関わる多くの人に対して、ポジティブな印象を持てるような言葉をもらっていたんだなと、思いますね」
このお話を聞いた時、初めて田中さんに会った日に感じた、太陽のようなあたたかさを思い出していました。初対面の私に対しても、ここにいることをどこか肯定してくれる、そんな空気。
ただ「明るい」と表現するだけでは足りない、一緒にいるとぽっと心に明かりが灯るような人柄の理由はここにあるのかも、と感じた瞬間でした。
家族と暮らす。「生活そのもの」が好きだった
もともと図工と音楽が得意だった田中さんは、高校で美術部に所属。そこで、今に繋がる出会いが待っていました。
田中さん:
「東京の美大にすすんだ先輩が長期休みのたびに遊びに来てくれたんだけれど、その人がすごくおしゃれでね、憧れでした。
その先輩を通して美術にまつわる仕事って色々あるのだと知って、同じ大学に進学しようと決めたんです。道標となってくれた先輩とは今もお付き合いがあるほど、長年お世話になっています」
大学進学となればある程度将来の見通しを立てる頃。学科選びで迷った時にヒントになったのは、心の拠り所であった家族の存在でした。
田中さん:
「おしゃれな家だったかと言われるとそういうわけではなくて、ただ家族がいて、朗らかに暮らしているっていう『生活そのもの』が好きだったんですね。
だから油絵や彫刻などのアート系よりも生活に寄り添うようなものを学びたいと思って、造形科でインテリアについて学ぶことにしました。
美大時代の2年間は、学業のかたわらでめいいっぱい遊ぶ日々。デザイナーやクリエイターたちが集うディスコに通ってね、たくさん刺激をもらいました」
20歳で卒業したのち、インテリア事務所に就職。描いたとおりの道を歩んでいるように見えますが、人生で初めての壁にぶつかります。
田中さん:
「その事務所では所長アシスタントとして働いていたんだけど、二十歳そこそこの女性が現場に来ても全く相手にされないんです。私が書いた図面を前にしているのに、みんなが話しかけるのは所長だけ。
遊びに来たの?というような扱いを受ける中で、ちゃんと仕事人として見られるためには何かないとダメだなと気付きました」
オーケストラの指揮者のように。
住まいを丸っと作りたい
田中さん:
「インテリアをきっかけに住まいに興味を持ったけれど、いくつも現場を見ているうちに、もっと総合的に住まいに関わる仕事がしたいと思っていた頃でした。
オーケストラで言えば、何か一つの楽器を突き詰めるのではなくて、指揮者のように家を丸ごと考えたい。それで建築士の資格を取ろうと決めてね」
田中さん:
「当時は建築家って、工学系の大学の建築学科を出ている人が多かったんです。高校生くらいからたくさんの有名建築を見てきて、あの先生に学びたいって明確なビジョンがある場合が多い。その点私は美大卒で社会人になってからのたたき上げなので、周りと比べると遅いスタートでしたね」
***
住まいを丸ごと作ってみたいという気持ちを原動力に、働きながら学校へ通う道へと歩み始めた田中さん。
周りと比べて一歩出遅れていると感じた時、もし私だったらチャレンジすることすら諦めてしまうかもしれません。訪れた波をきっかけに進む方向を見出す姿に、当時の田中さんのしなやかな姿勢を感じました。
続く第2話では、ライフワークとなった個人住宅の面白さ、30代での独立などについてお届けします。
(つづく)
【写真】木村文平
もくじ
田中ナオミ
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