【育ち合うために】第2話:心がワクワクする方へ。設立して41年、ずっと大事にしていること。

編集スタッフ 岡本

朝、保育園に送って迎えに行くまでの数時間のあいだにも、ぐんと成長している子どもたち。それに比べていつまで経っても親としての振る舞いに自信を持てない自分がいます。

母になって5年。子どもが笑顔でいるからきっと大丈夫。そう思いつつも、これからもっと複雑になっていく心との付き合い方や健やかな親子関係の築き方に、明るい方へ導いてくれる道標があったならと思わずにはいられません。

そんなときに手に取った本に書いてあった「私が知りたいのは、子どもをどう育てるかではなくて、子ども自身がどう育とうとしているか」という言葉。もしかしたら子どものことを自分軸で考えすぎていたのかも、とハッとしました。

その本の著者である保育者歴50年の柴田愛子さんに、子どもがすくすく育つこと、そしてその周りにいる大人たちについてお話を伺う特集です。
第1話を読む

 

もうひとつの家が作りたくて

柴田さんが自主幼稚園「りんごの木」を設立したのは41年前、昭和58年のときのこと。当時は専業主婦の家庭が多かったため、週3回の4時間保育を行っていました。

柴田さん:
「始めた当初は、幼児教育の研究会で出会った仲間3人と、2人の子どもが通う小さな集まり。常にお金はないし、こぢんまりしたスタートではあったけれど、子どもが自分のままでいられる場所を作りたかったんです。

安心して自分のやりたいことの芽を見つけられる、止まり木のような場所にしたい。共働きが増えたり園の規模が大きくなったり、時代の流れで変わったこともあるけれど、その思いはずっと変わっていませんね」

現在の保育時間は、9〜14時。年齢に合わせて登園日数が分かれていて、取材に訪れたこの日は1歳児の親子クラスの日でした。週に一度ここにくる時間が大きな楽しみになっていると、話してくれたあるお母さんの柔らかな笑顔が印象に残っています。

柴田さん:
「何よりも、子どもが生まれてきてよかったって思える人生を送ってほしい。でも私たちにできるのは、あくまで親子の間で育まれるもののお手伝いです。だってお母さんお父さんの代わりはどこを探したっていないでしょう。

だからといって家族だけで子どもを育てるのは大変よ。子どもにとっても親にとっても拠り所になる、もうひとつの家のようになれていたら嬉しいですね」

 

傷ついて治って。数知れず繰り返して人は育つ

柴田さんとお会いする数日前、5歳の息子の保育参観に行ってきました。

普段の様子を見られるのは嬉しいけれど、友達と口げんかをしていると手を出しやしないかとハラハラしたり、先生に叱られてシュンとしている姿を見ると声をかけたくなったり、上下する感情が忙しいのなんの。

干渉しすぎは良くないと思いつつ、園での生活が気になって仕方がありません。

柴田さん:
「園によって子どもとの関わり方も親御さんとの関わり方も違うから、気になるわよね。

でも『預ける』ということは、覚悟のいることだよとりんごの木に通うことになった親御さんには一番初めに伝えています」

柴田さん:
「子どもが健やかに育つには、群れが必要です。群れのなかで育っていくと、擦り傷や切り傷、時にはいじわるをしたりされたりする。だから無傷で豊かな時間だけを過ごして帰すことはできないの。効率よくおしゃべりや文字を書けるようになる、それが目的の場所ではないからね。

友達とのけんかやいけないことをして叱られる、そういうことから子どもが自分で感じとるものが積み重なっていってその子が育っていくのだと思いますよ」

傷ついて、その傷が治るという過程を数知れず繰り返していくことで人は育っていく。いつかこの言葉を思い出して、子どもも私自身も励まされる日が来るような気がしています。

 

大人とは違う感覚で生きている?

りんごの木のモットーは「子どもの心に添う」。設立以来ずっと変わらないこの思いをもとに、子どものやりたい!という気持ちにできるかぎり寄り添う保育を行なっています。

我が家でもそうしたいと思うものの、しつけとの線引きに悩んでしまうのが正直なところ。

柴田さん:
「どの親御さんも迷うポイントよね。『しつけと子どもの自由』って、年齢が低ければ低いほど相反するものです。それでいて子どもにとって納得できないしつけは押し付けでしかないですから。

でもそう思うと、押し付けてでも身につけさせたいことってそんなにないんじゃないかしら。

子どもは放っておけば、ちゃんと自分の発達段階にあった遊びを見つけてきます。ハイハイから歩き始めるとき、どう歩くかなんて教えなかったでしょう。それと同じで歩けるようになると今度は登りたくなるものなんです。

『このテーブルに登ってみたいな』と思い続けて、ある時やってみたら『できた!嬉しい!』となる。でも歩き始めたときと違って、今度は大人に怒られちゃって、きっと子どもはどうして?と思いますよね」

柴田さん:
「怒りたくなる気持ちも分かるけれど、まずは子どもが次のステップに上がったら『登れるようになったね』って認めてあげたい。やってみたいと思っていたことが叶ったその顔は、きっときらきらしているはずです。

やりたい!とできた!が積み重なっていくと、自然といろいろなことをやってみようって気持ちが芽生えるような気がします」

お話を聞いた部屋にあった大きな本棚。これは登ったり座ったりしてもいい本棚なのだそうです。テーブルがダメなのであれば、やりたい気持ちを満たせる代わりのものを用意してみる。

子ども自身が持つ成長していく力を、サポートするのが保育者の役割だと話します。

▲右側に映っているのが、登ってOKな本棚。4~5人が登り、肩を寄せ合って座っていることもあるそうです。

柴田さん:
「お母さんや保育士からよく相談されるのは、食事のことね。少食だったり好き嫌いが多かったり、毎日のことだから難しさを感じる場面が多いみたい。

でも子どもって大人よりずっと敏感で、匂いも食感も感じ方が違うから、苦手なものはどうしたって食べられないのよね。ぺっと口から出されるとなんでそんなことをと思うけれど、反射的に跳ね除けちゃうんだと思います。

栄養のバランスとかかけた手間ひまを考えると、食べてほしい気持ちも分かる。でも目の前にいるその子を見て『これは苦手なんだねえ』と声をかけてあげたい。

大人とは異なる感覚で生きていることを知ってあげるだけでも、捉え方が変わるんじゃないかしら」

 

自分で決める。その体験が自信をうむ

柴田さん:
「私ね、子ども時代はもっと『楽しむ』ってことに力を注いでもいいんじゃないかなと思うの。

日本の風土には、遊んでばっかりとか、苦手なことにもチャレンジとか、どこか楽しむことに後ろ向きなところがありますよね。そういうのは子どもが育っていく過程において必要ないんじゃないかなって。

今日を楽しい1日にしよう。そのために私は何をする?って考えられたら、子どもはワクワクして園に来られるし、毎日をのびのび過ごせそうですよね」

柴田さん:
「りんごの木の遠足はね、雨でもとりあえず一度集合するの。雨でも行きたいか晴れた日に行きたいか、子どもたちに聞くんです。雨でも行きたい組はそのままカッパを着て遠足へ、晴れの日組は後日に改めます。

手間も時間もかかるけど、子どもが自分でワクワクしそうな方を選んで、実際はどうだったかを体で感じることができる。

自分で選んだ、その結果こんなに楽しかったとか嬉しかったっていう積み重ねで、自分を好きになったり自信を持てたりすると思うんです。そういう体験をたくさんしてもらいたいなあ」

そういえば私の幼少期にも思い当たる節があります。お馴染みの公園の少し奥まったところにある林の中を、探検ごっこと称してずんずん分け入っていくのが大好きでした。大人たちは顔をしかめていたけれど、抱いているワクワクには勝てなかったあの頃。興奮気味な友達の顔や土や木の匂いもなんとなく覚えています。

やってみたいな、ができた瞬間の嬉しさを私自身のなかにもちゃんと見つけることができた今、好奇心の塊のような我が子に対しても柔らかな目線を向けていたいと、素直に思えるようになりました。

続く第3話では、兄妹げんかのことや子どもの世界の広げ方など、日々の育児を通して感じている悩みを聞いていただきます。

(つづく)

【写真】馬場わかな

 

もくじ

 

柴田愛子

1948年東京都生まれ。自主幼稚園「りんごの木」代表の保育者。保育者歴50年。21歳から保育の世界に入り、12もの子どもにまつわる研究会に属するも、多種多様な教育方針に戸惑いを覚えて一度は退職する。1982年「子どもの心に添う」を基本姿勢としたりんごの木を設立する。

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