【センス・オブ・ワンダーのかけら】中編:森にいると、日陰で小さく生きるのもいいと思えます

ライター 花沢亜衣

森ってなんだろう? なんで森に行きたくなるんだろう? そんな、とりとめのない問いの答えを探るべく森の案内人、三浦豊(みうら・ゆたか)さんとともに国立科学博物館附属 自然教育園を訪れました。

三浦さんの視点で見る森は、とても物語に満ちていました。

中編となる今回は、森に生える木々の個性や物語についてお届けします。

前編から読む

 

適者生存の森にはいろんな生き方がある

森の植物を見ていくとき、三浦さんは「名前は参考程度に」と言います。ついつい「この木の名前はなんだろう?」と頭で考えてしまいますが、名前を覚えることよりも、どんな木なんだろう?どんな歴史があるんだろう?と想像を膨らませることが大事なのだそう。

三浦さん:
「根元に若い木がいっぱい生えている木がありますね。この生えかたは“蘖(ひこばえ)”と言って、これがあると本体の木が枯れてからでも生き続けることができる。保険のような感じです。

蘖を出せる木と出せない木があるのが見えますか? 出さない木は、蘖を出す力があるんだったら、実をいっぱいつけて鳥に食べてもらって、いろんなところに種子を広げていきたい、そういう生き方をするためにエネルギーを割いているわけです。

僕が森ですごくときめきを感じているのは、そういうところなんです。いろんな生き方をしてるやつがいて、それぞれがそれぞれの生き方でいながら、一緒にワイワイ暮らしている。森って弱肉強食って言われがちですけど、実は違っていて、適者生存なんだと思っています。そこからすごくいろんなことを気付かされます」

蘖を出していた木をもっとよく観察してみました。すると片側はたっぷりと葉が茂っているけど、もう片方は折れた枝があったり、葉が少なかったり、様子が違います。

三浦さん:
「これは枯れてるのではなく、自ら枯らせているんです。ここで葉っぱを茂らせていても日当たりが悪くて割に合わないから枯らせたんでしょうね。植物ってすごいんですよ。暗いから枯らせる、明るいから茂らせるということができるんです。

だけど、そうやっているとどんどんバランスが悪くなりますよね。そしたら、今度は枝の生え方を調整して、バランスを取っていく。だから、“枝”という漢字は“木を支える”って書くんでしょうね。

周りの環境も変わっていくなかで、光に当たりながら、バランスをとるためにさまざまな試行錯誤を繰り返してできたのがこの造形なんです。その場で生き続けるってすごいことだと改めて思います」

 

日陰で小さく生きていくのも、いいかもしれない

先ほどの木(スダジイ)から目を下ろすと、下のほうには青々とした葉っぱをつけた低い木がたくさん生えていました。

三浦さん:
「アオキいましたねえ。日陰好きのアオキです。大きく成長し、葉をたくさん茂らせるスダジイと張り合うことはハナからしません。日陰で効率よく光を得るために、枝や茎も緑になっています。全身光合成できるように進化した日陰最強植物なんです。

日陰で生きていくコツは大きくならないこと。ある程度大きくなったら、アオキも自ら枯らせていきます。体が大きいということは、家賃が高いテナントみたいなものですからね。

大きい木こそが強者なんじゃないかと考えちゃいますが、このアオキ、見渡すとめちゃくちゃいるんですよ。結構、アオキ的に生きられたら楽になるときもありますよね。少なくとも僕はそうです」

 

トップにならず、自分の生きる道を探す

森を歩き進めると、歩道の上いっぱいに枝を伸ばしたモミジに出会いました。私たちにも普段なじみのあるモミジにも知らない性格があるようで……。

三浦さん:
「モミジもまた他の木とは張り合わない木です。

モミジのすごいところはこうやって枝を横に伸ばせること。これで大きな木と張り合わずとも、木漏れ日を浴びながら光合成ができる。上ではなく、隙間を狙って横に伸びていく。トップは争わない木なんです。

横に伸びてもバランスが取れるように、体を固めることに全集中しています。それって木としては結構大変なことなんです。

紅葉して落葉するのも適応のひとつで、寒くて、日照時間も短い冬は、一生懸命葉っぱを付けて光合成しようとしても割にあわないからなんです。自分の活躍できるところをわかっている感じがしますよね」

 

選んでもらうのを待つよりも……

途中、むわっと湿気が立ち込めるエリアがありました。高い木はなく、背の高い草が鬱蒼としています。

三浦さん:
「湿地帯ですね。水辺で生きている植物は少ないので、これまで森で見てきた木々とはだいぶメンバーが替わります。沼でも生きていけるヤナギなんかがいますね」

湿地帯で、実のついた木を発見。「なんの実だろう? オリーブみたい……」話していると、「これはハンノキの実です。ハンノキも湿地帯が好きな木です。あるかな……」と言いながら、キョロキョロとなにかを探し出す三浦さん。

三浦さん:
「ありました! 成熟したハンノキの実で、中には種がいっぱい詰まっています。乾燥するとカサが広がり、風がとおって、種を遠くへ飛ばしていきます。水に浮くこともできますから、風と水に運んでもらいながら、生息地を広げられます。

よく木の実って、動物や鳥に食べてもらうと言いますが、それは結構大変なこと。たくさんある中で、美味しそうな見た目、かつ味も甘くないと、また食べたいって思ってもらえません。ハンノキは、そこでは張り合わず、風と水に種を乗せようと思いついた。よく考えられていますよね」

 

老松から感じる400年前の人の想い

「わー、いらっしゃいましたね。また会えてうれしいです!」と三浦さんのテンションが上がり、小走りで駆け寄る木がありました。それが、樹齢400年の老松です。

三浦さん:
「この老松は、いつ倒れてもおかしくないような状態なんです。マツライフをしっかり満喫されて、天寿は全うされているような木です。5年くらい前に近くに生えてた同期のマツが倒れたので、この方もそろそろかもしれないと心配していたんです。今日は会えてよかったです」

マツはもともと、荒れた土地や乾燥しているところでも生きていける木。さらに冬でも葉っぱをつけている常緑針葉樹です。そんな特徴があったことで、ここが大名屋敷だった頃に植えられたのではないか?とのこと。

三浦さん:
「おそらくこのマツは、江戸時代にここが高松藩のお屋敷だった頃、庭師が手入れして育てていた木だったのでしょう。人の目線の高さでは大きく湾曲し、その先は太陽を目指し真っすぐ枝が伸びている。不思議な造形ですが、途中まで庭師に剪定されていた跡だと思います。

私たちは季節の移ろいを愛でますが、昔はサバイブが大変でした。冬は寒いし、夏は暑くて、疫病が流行るし。季節というものは、すごいパワーで人間に迫るものだったんです。

だけど、いくら季節が変わろうとも、マツは変わらない。寒い冬も暑い夏も、変わらない姿で岩の上でもたくましく生きている。そこに生命力を感じていたんでしょうね。医学も暮らしも発達していない時代だったから、生命力あふれるマツからパワーをもらってたんじゃないかな。変わらない姿で、人を勇気づける存在だったんだと思いますよ。

だんだん周りにいろんな植物が生え始めて、豊かな森になってきたから、きっと今はもう育ちにくかったんだろうな。よくぞここまで残ってくれました……」

§

森にいる木々、一つ一つに思いを馳せ、その木の歴史や森の未来を想像する三浦さん。

「自然に生きてる木を見ていくと森の生き物たちの物語が解けていき、植えられた木を見ると、人の想いが見えてくる。この森のよさは、その両方があることですね」と教えてくれました。

南国の木が生えていたり、森には生えない木がポツンといたり、悩ましいかたちに曲がった木があったり。「この木はなんでここにこうしているのだろう?」と想像する楽しみが広がります。普段、自分に関係のないことに想像を膨らませることも、正解のない問いに向き合うことも意外となくなっていたんだなと、気付かされました。

後編では、森を訪れることでの気づきについて考えを巡らせてもらいました。

 

【写真】キッチンミノル


もくじ

 

三浦 豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。日本大学で建築を学んだ後、庭師になるために京都へ帰郷。2年間の修行を経て、日本中を巡る長い旅に出た。2010年より「森の案内人」として活動をはじめる。

https://www.niwatomori.com/


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