【人生の波もよう】1話目:上京、失恋、ひとり旅。柿崎こうこさんが「まずは小さく動いてみる!」理由
ライター 藤沢あかり
「なにか少しでも動いてみたら、新しい道が開けるかもしれない。経験上、いままでもずっとそうでした。だから、迷わず飛び込んでみたいんです」
こう話してくれたのは、イラストレーターの柿崎こうこさん。
わたしは少し、うらやましくなりました。40代、「もっと、たくさん」と手を伸ばすのに疲れてきたけれど、「いまのままで、じゅうぶん」と心から思えるほど、自分自身のことを深く理解も納得もできていません。
できることなら、いまの自分をちゃんと受け入れながら、未来が楽しみになるような希望も持ち合わせていたいものです。
わたしより少し先を歩く柿崎さんは、ライフワークであるイラストの仕事を大切にしながらも、新しいことにチャレンジを続けています。でも、柿崎さんの言う「経験上」って、つまりはたくさんの迷いや選択を経て、いまがあるということでしょうか。
だったら、これまではどんな道のりだったんだろう?
そして迷わず飛び込んで見えた新しい道って、どんな景色?
イラストレーターとしてのこれまで、そして50歳を区切りに見えてきたこれからのこと。さらには、その間にある現在地について、一緒におしゃべりしてきました。
「こんないけてない自分はいやだ、なんとかしたい!」
都心から少し離れた、静かな住宅街。駅ビルが立ち並ぶ便利さと、自然豊かなのどかさの、ちょうど真ん中。ご本人いわく「ちょっと郊外」というエリアに柿崎さんは暮らしています。
日がたっぷりと注ぐ南向きのキッチンダイニングは、のびのびとグリーンが育ち、とても気持ちのいい空間です。
柿崎さんは、この秋、53歳になったばかり。20代のころからイラストレーターとして、数々の女性誌や書籍を通じて活動してきました。アルバイトをしながら絵を描く暮らしに区切りをつけ、イラストレーターとしてやっていくぞ!と決めたのは27歳のときです。
▲DIYコーナーに売っている真鍮製の丸棒を、植物の支柱に。「これならさりげないし、見た目もかわいい。こういうのを考える時間が楽しいんです」
柿崎さん:
「青森で育ち、卒業後はデパートで働いていました。いわゆる『デパガ』です。絵を描くのは子どものころから好きだったけれど、当時は絵を描いてご飯を食べていくだなんて、ぼんやりとした憧れの話。でも、不満を口にしてばかりだったんでしょうね。ある日、母親に『そんなに絵が好きなら、東京に出て勉強すればいいのに』と言われたのをきっかけに、上京を決めました」
柿崎さん、21歳。憧れの東京でアルバイトをしながら、絵を描く日々が始まりました。
柿崎さん:
「そうはいっても、最初から絵の仕事があるわけでもなく、いわゆるフリーターでした。24歳からの2年間は、セツ・モードセミナーという美術学校にも通い、『イラストレーター』という仕事があることも、そこで知ったんです。まさにそれが、わたしがやりたい仕事だ!と、出版社に売り込みに行きましたが、単発の仕事では食べていけません。少し絵を描いて、またアルバイト中心の生活に戻って……という日が続きました」
そんな毎日に転機がありました。きっかけは、失恋です。
柿崎さん:
「バイト先で片思いしていた相手に、失恋しちゃったんです。当時26歳、世の中は青春真っ盛りでキラキラしているような年齢でしょう。それなのにわたしは、絵の仕事をすると決めて東京まで来たのにうまくいかない。営業も手応えがないし、結局はイラストレーターになれないフリーター。そのうえ失恋までして……。
あぁ、なんて自分はいけてないんだろう、こんな自分は嫌だ、なんとかしたい、って強く思いました」
「深夜特急」に背を押され、26歳、ニューヨークひとり旅へ
くすぶり続けた気持ちを爆発させるように、柿崎さんは旅に出ました。行き先はアメリカ・ニューヨーク。はじめての海外ひとり旅です。
柿崎さん:
「もうなにもかも壊して、まっさらにリセットしたかったんです。当時、好きだった旅人の必読書といわれた『深夜特急』(沢木耕太郎著・新潮社)に、こんなくだりがあります。
『26歳は、社会人としての経験も少し積みながらも、あふれるほどの若さもある。だから海外を旅するのにちょうどいい』と。あぁ、いまわたし、26歳だ!って」
ニューヨークでは、無謀なほどのチャレンジ精神で、飛び込みで作品を見てもらったというから相当の行動力です。でも、その思い切って飛び込んだ10日間が、柿崎さんに大きな変化をくれました。
柿崎さん:
「帰国後、ニューヨークで見てきたこと、感じたことをイラストにして出版社へ売り込みに行きました。そうしたら、以前とまったく手応えが違ったんです。そこから少しずつ仕事をいただけるようになり、27歳でアルバイトを辞め、イラスト一本でやっていく決意をしました」
イラストの仕事は途切れることなく、ひっきりなしに続きました。雑誌も書籍も活気があった時代です。好きだった美容関連のイラストエッセイを何冊も出版し、勢いに流されるような30代。当時は、「このままいけるんじゃないかと思っていた時期もあった」と話します。
しかし、40代の入口あたりで少しずつ変化が出てきたのです。
調子のでない40代、テーマカラーは「グレー」
柿崎さん:
「35歳で結婚し、41歳で離婚を経験。そのあたりから、なんとなく30代のころとは違う気持ちを抱えるようになりました。
離婚したからといって、ここで下り調子になるのはもったいないし、自分の人生、自分でなんとかする! という気持ちでいたつもりです。でも、完全にそう思い切れていなかったんだと思います。『ほんとうに、ひとりで大丈夫かな?』『再婚した方がしあわせになれるのかも』って、心のどこかで思っていたんでしょうね。
プライベートがもやもやしていると、仕事もなんだかしんどくなっていきました。イラストの仕事は、依頼をいただいて成り立つものです。ありがたいことにそれで回っていたけれど、どこか受け身で、心から楽しむ元気がだんだんなくなっていきました」
40代といえば、そろそろ中堅といわれるころ。ベテランと言えるほどの経験はまだないけれど、どんどん若い人たちの活躍も目に入ってきて、ゆらゆらと気持ちが揺れ動く年齢かもしれません。
柿崎さん:
「わたし、こういう仕事をしたいです! こういうことが好きです! って周囲に伝えたり、個展を開いたり、そういう『したい』の気持ちが起きなかったんです。
でも、じっとしているうちにどんどん若いイラストレーターさんが出てくるし、SNSが生まれたことで、昔よりずっとそれを肌で感じるようになりました。そんな感じで、40代半ばあたりまでは何年も悶々としていましたね。
もちろん、長い人生にはバイオリズムもあれば、生活や体調の変化もあります。だから、いいときもあれば、こんな時期があるのも当然なのかもしれない。そんなふうに考えもしましたし、ずっと悩んでいたわけではないんです。でも振り返って40代にテーマカラーをつけるとしたら、『グレー』かなあ(笑)」
気になるものは気軽に試して、小さく動いてみる
いまの柿崎さんの明るい表情からは、想像もつきません。さてこのもやもやから、どうやって抜け出したのでしょうか。
柿崎さん:
「自分のこころが、ハッとするもの、好きになれるものを見つけたくて、気になるものはいろいろ試しました。金継ぎ、アロマテラピー、それから骨董のお皿について調べてみたりも。ちょっとやってみて『やっぱり違う』ということもあったし、一回で満足することもたくさんありました。
でも、そうやって小さく動いているうちに、周囲に『柿崎さんってこういうものが好きなのね』ということが伝わり、それが仕事や新しいご縁につながっていったんです」
▲骨董のうつわは、いまも変わらぬ趣味として日常づかいをしながら楽しんでいます。
海外ひとり旅や、個展を開く!というような大きな目標でなくていい。目の前にある、ちょっとした興味やアンテナに素直に従い、動いてみる。
そんなことを繰り返すうち、遠くに見えていた小さな光はだんだんと明るさを増していきました。光の向こうは50代。どうやら、トンネルの出口が見えてきたようです。
2話目では、その様子をお届けします。
【写真】吉田周平
もくじ
柿崎こうこ
イラストレーター。日々の食、美容、健康、快適な暮らし方をテーマに、雑誌や書籍、広告媒体で活躍中。近著に「50歳からの私らしい暮らし方」(エクスナレッジ)、2024年春、大人の健康と美容をテーマにしたイラストエッセイを刊行予定。
instagram:@kakizaki_koko https://www.kakizakikoko.com/
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