【アンテナの育てかた】小説家・原田ひ香さん〈前編〉積極的じゃなくても、過去の種まきが日々の面白さにつながって

編集スタッフ 岡本

いつも心にアンテナを張って、小さなことも面白がれる人になりたい。

幅広い分野に詳しい同僚や、新しい趣味を見つけた友人の話を聞くたびに、そんな思いがむくむくと湧いてきます。

心のアンテナを育てるためにはどうしたらいいんだろう、と思っていたときにたまたま手に取った『三千円の使いかた』という一冊の本。この出会いをきっかけに、小説家である原田ひ香さんの存在を知りました。

原田さんの著書は「お金・食・住まい」と暮らしにまつわるものが多くテーマになっています。そしてその物語の主人公の多くはごく普通の女性たち。

日常に軸足を置きながらもあらゆる事柄を面白く捉えて、いくつものストーリーを生み出し続ける原田さんに、心のアンテナの張り方についてお話を伺っていきます。

 

本が共通言語だった、子ども時代

横浜で育った原田さんは、三姉妹の長女として生まれました。幼い頃から本に囲まれて育ったのかと思いきや、家には子どもが読める本が数えるほどしかなかったのだそう。

原田さん:
「父は大学で建築を教えていて、母は家政科だったので、両親ともに理系なんです。なので専門書はあったけれど、子どもが読める小説は少なくて。

でもなぜかパール・バックの『大地(新潮文庫)』があったのは覚えていますね。それを繰り返し読む姿を見て、両親はきっと『どうしてこんなに本を読むんだろう?』と思っていたんじゃないかな」

数は多くはなくとも同じ作品を何度も読み直すことで、自分なりに本との付き合い方を見つけていった幼少期。小学校に上がると、その世界がますます広がっていきます。

原田さん:
「教室の後ろの小さな本棚に『ファーブル昆虫記』があって、それがすごく面白かったのを覚えています。クラスの中でも読んでいる子が多かったから、男女関係なく『あれ面白いよな』なんて、本を中心にして話ができました。

当時はインターネットもスマホもない時代だから、興味をふかぼる手段が本しかなかったという感じですね。面白い、気になる、という気持ちを本が満たしてくれました」

 

お小遣いを貯めて買った、初めてのエッセイ

原田さん:
「小学校高学年のときに子ども用のポプリの本が出版されて、自分でお金を貯めてその本を買ったこともありました。読みながらハーブを育てたり花びらを干したり、いろいろ試していましたね。

著者である熊井明子さんが書かれた『私の部屋のポプリ(河出文庫)』は、人生で初めて読んだエッセイでした。

ポプリのことだけでなく、料理や好きな映画など日常のささやかなワンシーンが綴られていて、今まで知らなかった世界に触れた感覚に。暮らしにまつわることって面白いんだなと興味を持つきっかけになりました」

今はポプリを作ることはないけれど、食にまつわる物語を書くときは、当時触れたスパイスやハーブの知識が役立っているのだそう。過去に蒔いた興味の種が、今に繋がっていることを感じます。

 

希望した進路ではなかったけれど

地元の中学高校に進み、大学は文学部へと進学。教員免許を取得していたこともあり、卒業後は教師の道を志しますが、就職氷河期の波を受けて思うようにはいきませんでした。

また来年教員試験を受けるか迷っていたとき、たまたま紹介された企業に就職したことで、また新たな扉が開くことに。

原田さん:
「残業もないみたいだから、教員試験の勉強をしながら働けるよと言われて、ひとまず勤めてみたんです。

20〜30代の女性5人が集まる秘書課だったのですが、素晴らしい方たちばかりでした」

原田さん:
「映画に歌舞伎、宝塚に海外旅行と、それぞれの趣味も幅広くて。『一緒にどう?』と誘ってもらうことも多かったから、行くたびにこんな世界があるんだなあと発見が多かったです」

ふらりと舞い込んだ就職先に身を任せてみたり、人からの勧めに気軽に乗ってみたり。一見すると落ち込んでしまいそうな状況でも、原田さんの素直さが新たな道へと歩み出すきっかけとなっていることを感じます。

 

何かひとつでも続けられることを見つけたい

出会いに恵まれた職場でしたが、7年ほど勤めて結婚を機に退社。その半年後に夫の仕事の都合で北海道へ移り住むことになります。

原田さん:
「馴染みのない土地ですし、中心地から離れた田舎への引っ越しだったので、初めは戸惑いましたね。でも自分では選びようのないことだったから、行ってみようと切り替えました。

すぐに働けないこともなかったけど、OL時代に一区切りしたいという気持ちと、経験したことのない寒さにも慣れなかったから家にいることが多かったですね」

原田さん:
「夫からは『なにかひとつ長く続けられることが見つかるといいね』と言われていたので、それってなんだろうとずっと考えていました。

でも心のどこかで、物語を書いてみたいっていう思いを持ち続けていたことを思い出して。

インターネットが普及してきた2000年当時、自分なりに調べてシナリオを書いたのが、今の道に繋がる初めの1歩でした」

§

「私、けっこう流されて生きてるんですよ」という原田さんですが、これまでの話を聞いて印象に残ったのは、置かれている現状を肯定する柔軟さでした。

ポジティブ思考ともまた少し違う、今自分がいる地点を「そういうこともあるよね」と認めてあげる力。

心のアンテナを育てるためには、積極的にならなくちゃいけないと思っていたれど、案外それだけでもなさそうです。

続く後編では、原田さんが創作するために大切にしていること、興味を寄せていることについてお届けします。

(つづく)

【写真】メグミ

 

もくじ

 

原田ひ香

1970年、神奈川県生まれ。大学卒業後は秘書として働き、退職したのちに独学でシナリオを学ぶ。2007年『はじまらないティータイム(集英社)』にて小説家デビュー。『三千円の使いかた(中央公論新社)』は、2022年年間ベストセラー文庫総合部門第1位を獲得(トーハン調べ)。2023年11月より『婦人公論(中央公論新社)』にて新連載『月収』が始まる。

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