【アンテナの育てかた】小説家・原田ひ香さん〈後編〉当たり前の日常を続けていくこと。その中に「興味のタネ」が隠れている

編集スタッフ 岡本

いつも心にアンテナを張って、小さなことも面白がれる人になりたい。

幅広い分野に詳しい同僚や、新しい趣味を見つけた友人の話を聞くたびに、そんな思いがむくむくと湧いてきます。

心のアンテナを育てるためにはどうしたらいいんだろう、と思っていたときにたまたま手に取った『三千円の使いかた』という一冊の本。この出会いをきっかけに、小説家である原田ひ香さんの存在を知りました。

原田さんの著書の多くは「お金・食・住まい」など暮らしにまつわるテーマがほとんどです。日常に軸足を置きながら長年にわたって新しい物語を紡ぎ続けている原田さんの心のアンテナについて、お話をお聞きしていく特集です。

素直さゆえに開かれていった物書きへの道についてお届けした前編につづき、後編では、原田さんの心のアンテナの育てかたについて伺います。

前編から読む

 

当たり前を続けていくことが、何よりも大切

夫の仕事の都合で住み始めた北海道生活も3年目を迎えた頃、初めて書いたシナリオをフジテレビのヤングシナリオ大賞に応募した原田さん。それから約半年後、東京へ戻ってきたタイミングに合わせるように、ドラマの企画を書きませんかと、テレビ局のディレクターから連絡があったのだそう。

それから36歳までシナリオライターとして活躍し、37歳にして『はじまらないティータイム(集英社)』で小説家デビューを果たしました。

原田さん:
「小説のテーマは日常から見つけることがほとんどです。

そのためにもテレビやネット、映画や本を見て『これ面白いな』と思ったものをスマホにストックするのが習慣になりました。

常々思っているのは、当たり前の毎日を繰り返すことが創造的なものを生み出すうえで、一番大切だということ。変化していく環境の中で生活を営んでいく。そこにこそ、工夫や興味の種が隠れているなと思うんです」

原田さん:
「来月から始まる雑誌の連載の第1話にも、日常からヒントを得たエピソードを盛り込みました。若者とお年寄りがひょんなことから雇う側・雇われる側として交流を持ち、お話が進んでいくのですが、2人を繋ぐキーとなるのが『ミント』なんです。

今年の夏に我が家のベランダでミントを育て始めたら、すごい勢いで増えていくことにびっくりして。ミントって面白いなとメモしました。それからしばらくして、連載の話をもらったので、メモを見返しながら記憶を辿ってみると、数年前に訪れたモヒート専門店の存在を思い出したんですね。

『ベランダ栽培のミント』と『モヒート専門店での思い出』を紐づけたら、ストーリーが動き出しました。

こんなふうに毎日の生活やこれまでの暮らしに、面白いと感じるヒントがたくさんある。日常は興味のタネの宝庫だと思います」

 

月8万円貯めてごらん。年100万円の貯金ができるから

新連載のタイトルは『月収』。私が初めて手に取った『三千円の使いかた』もそうですが、原田さんの著書はお金をテーマにしたものが多い印象です。

原田さん:
「大学時代、教育学部の先生から『月8万円貯めなさい。ボーナスの時は2万円ずつ上乗せすれば、年100万円貯金できるから』と言われたことがありました。

その話が『三千円の使いかた』のワンシーンになっています。

主婦としても毎月決まった金額で家計をまわすうちに、お金の使いかたにはその人の価値観や暮らしぶりが現れるものだと実感しました。

誰しも関わるものなのにお金を軸にした小説ってあまり多くないかもと、テーマにすることが増えていったように思います」

原田さん:
「今の時代、SNSをとおしていろんな人の暮らしを知れるのは本当に面白いですよね。

食材をまとめ買いしてすごい勢いで夕飯を作り上げていくお母さんとか、25歳で700万円貯金した女性とか、ミニマリストからお年寄りまで、その価値観は千差万別です。

節約術も次々に新しい話題が出てきたり、FIRE*をした方の今後だったり、お金 × 暮らしを軸に見ていると、生き方の広がりを感じます」

個人的には、お金と暮らしを掛け合わせると、未来への不安が募ってしまうのが正直なところ。でも原田さんは「これからどうなっていくんだろうと楽しみで、それぞれの暮らしを応援したい気持ち」でいるのだそう。

面白いポイントを見つけたり変化をポジティブに捉えたり、原田さんの心のアンテナには、受け取った情報を明るい方へと変換する力が備わっていることを感じました。

*資産運用を前提とした早期リタイヤ

 

興味の幅を広げるために、無理しなくたっていい

原田さん:
「スマホやSNSに助けられる面もありつつ、今の時代は情報過多だなあとも思います。エリザベス朝時代の一生分の情報量が、現代では2週間で得られるという話を聞いたことがあるので、普通に生活しているだけで新しい何かに触れるには十分なんですよね。

なので個人的には、無理して興味の幅を広げようとしなくてもいいんじゃないかなと思います」

小さなことを面白がる心のアンテナを育てるには、今、目の前にある毎日に目をこらしてみるのが大事。原田さんの話を聞いていると、当たり前の日常に焦点を当て続け、心はいつも前向きであることが伝わってきます。

原田さん:
「自分のことをポジティブだと思ったことはないんですけど、結果的に全部良かったなと思えるようになりました。就職氷河期で教員試験に落ちても、突然北海道へ引っ越しになっても、なんとなく流されて生きてきて良かったって。

過去ってね、変えられるんですよ。30代を思い返して『3年も田舎にいてもったいなかったな』と思うか、『いろんな土地での暮らしが知れてラッキーだった』と思うかで、心持ちが全然違う。事実は変えられないけど、自分次第で自由に解釈できますから。

そうやって過去を認めることで、現在を肯定できるようになったら、目の前の暮らしを面白がることに繋がりそうですよね」

原田さんとお話をするまで、心のアンテナを育てるためには、新しい何かに触れる必要があるのだと思い込んでいたようです。

変化の絶えない今の時代、営み続ける生活にこそ面白さが詰まっていること。過去に蒔かれた興味のタネが、もうすでに自分のなかで育ち始めているかもしれないこと。

取材を経て、外へ外へと向いていた目線が自分の足元へと戻ってきたような感覚がありました。

この先、またアンテナの鈍感さを不安に思ったときは、まず自分が辿ってきた道を振り返って「過去は変えられるよ」と唱えてみようと思います。

きっと、ありきたりな毎日を面白がるエンジンになってくれる気がしています。

(おわり)

【写真】メグミ

 

もくじ

 

原田ひ香

1970年、神奈川県生まれ。大学卒業後は秘書として働き、退職したのちに独学でシナリオを学ぶ。2007年『はじまらないティータイム(集英社)』にて小説家デビュー。『三千円の使いかた(中央公論新社)』は、2022年年間ベストセラー文庫総合部門第1位を獲得(トーハン調べ)。2023年11月より『婦人公論(中央公論新社)』にて新連載『月収』が始まる。

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