【ことばの海で泳ぐ】前編:難しいと思えるのは一歩進んでいる証拠。歌人・伊藤紺さんと、言葉にすることについて考えました

編集スタッフ 藤波

自分の気持ちを言葉にすること。日々当たり前にできているつもりでしたが、最近難しく感じています。

心が動いた瞬間を残したくて始めたSNSで、文面を考えているうちに何を言いたいのか分からなくなって投稿を諦めたり。編集の仕事では、発した言葉で何かを決めつけていないか考えると怖くて筆が止まったり。

詩やエッセイを読んで鮮やかな言葉に出合うたびこんなに嬉しくなるのに、自分の気持ちをぴたりと言い当てる言葉はどうしてこうも見つからないのか。そんなもどかしさを感じていたとき、歌人・伊藤紺(いとう こん)さんの歌集『肌に流れる透明な気持ち』を手に取りました。

早上がりの夜にからだすこやか茶ゴトンと買った さらさらなみだ 

『肌に流れる透明な気持ち』

たった31文字の中で展開される、みずみずしい言葉と感情。同じシーンを経験したわけではないけど、この気持ち確かに知ってる……そのことが心底不思議で、嬉しくて、すぐに短歌に興味を持ちました。

その勢いのまま参加した伊藤さんのワークショップでは、「うれしいってどんな気持ち?」をテーマに短歌を制作。拙いながらも自分自身の “うれしい” を短歌という型に落とし込んだ時間は、とても素直に言葉と向き合うことができたのです。

十人十色の “うれしい” を受け止め、そして肯定してくれた伊藤さんから言葉にすることのヒントをもらえる気がして、今回インタビューさせていただきました。

 

年末に出合って、元旦には短歌を書いていました

伊藤さんが短歌に出合ったのは、大学4年生の終わり。ふとしたきっかけで俵万智さんの『サラダ記念日』(河出書房新社)を思い出し、書店で手に取ったのだそうです。

伊藤さん:
「高校まであんまり本を読んでこなかったのですが、言葉への興味は元々あったと思います。教科書に載っている文章や好きな音楽の歌詞に、強く惹かれたりとか。

『サラダ記念日』を開いてみて、『すごくいい』と思える歌がいくつもあって。あんまり明確には覚えていないですが、音と意味の絡み合いの気持ちよさが完璧で、そこに惹かれたのだと思います。

ほかにも穂村弘さんの『ラインマーカーズ』(小学館)や佐藤真由美さんの『プライベート』(集英社文庫)を年末に一気に読んで、その数日後の元旦には自分で短歌を書いていました」

実際に短歌を書き始めてみて、31文字という限られた型に言葉を凝縮することに難しさは感じなかったのでしょうか。

伊藤さん:
「それが、最初はただただ楽しかったんですよね。もっと色んな短歌を読み込んでからだとまた違ったかもしれませんが、わたしの場合は早く書き始めたので、良くも悪くも自分の短歌を客観的に読む目が育っていなくて。

むしろ、ああ自分はこんなことを考えていたんだ、こういうことが言いたかったんだと分かって気持ちが楽になるというか、救われたような感覚がありました」

 

人は心を分かりやすい言葉に変えてしまうから

伊藤さん:
「というのも、大学生になったくらいからずっと話すことに苦手意識を感じていました。考えていることはたくさんあるんだけれど、場に適した話題や自分が話したいことがよく分からなくて黙ってしまうんですよね。

飲み会とか就活の面接とかって、上手に喋れる人が強い世界じゃないですか。そこに対してずっと葛藤がありました。

じゃあなんで喋れなくなったかを考えてみると、人って、心を言葉に変換して、話したり自己分析したりすると思うんですけど、自分の複雑な心を、身近な言葉、わかりやすい言葉、ノリの言葉に変えてしまっていたのが原因じゃないかって」

伊藤さん:
「たとえば振られて悲しいとき、自分としてはそんなに怒っていなかったのに周りの友達がものすごく怒ってくれていて、そのノリで『本当にありえないよね』とか口から出る。また別のところで話すときも、そのニュアンスで話してしまう。

その怒りが隠れた本心ならいいんですが、そんなに怒ってないのに、怒ってるほうが話しやすいから、と心とちがう話し方をしているうちに、だんだん心と言葉がずれていくと思うんです。

人は心を言葉に変換するけど、言葉も心に変換されるので、いつのまに心が言葉にのっとられちゃう。心に本心じゃない感情が増えていくと、心と言葉の結びつきの機能がうまくいかなくなる。スピードが落ちる。そうやって言葉の海でぷかぷか浮いていたような気がします」

言葉の海で浮いている、それはまさに今の私の状態なのかもしれません。伊藤さんは短歌と出合い、どんなことを言葉にしていったのでしょうか。

 

57577という制限で見つける、
ほんとうに言いたかったこと

楽しいだけとかってたぶんもうなくて楽しいたびにすこしせつない 

『肌に流れる透明な気持ち』

伊藤さん:
「これは短歌をはじめて2年目くらいのときに書いた歌だと思います。

すごくショックなことがあったとして、その時は悲しいし落ち込みますよね。思春期とかだとそれが悲しすぎてもう一生この十字架を背負って生きていくんだみたいな気持ちになるけど、大人になると必ずまた上がることを知っていて。

上がっていくんだけれど、とてつもない悲しみを一度覚えた人はもう前のようなただの楽しいには戻っていけません。楽しいたびにどこかでそのすごい悲しかった自分の声が聞こえる感覚について、書きたかったのかなと」

伊藤さん:
「この短歌を書いてから、『喜びの中にいつも少し悲しみが混じっている』というような内容の詩や短歌を多く見かけて、『あ、自分が書いたことは全然新しくないな』と思いました。

だけど、自分の体で体験したことを、未熟であっても自分に流れるリズムで歌い上げているので、今見ても陳腐ではない。当時どんな気持ちだったかは詳細には覚えていないですが、心を作品にすることで、ただ楽しいとか、救われる、必要ってだけでもない、なにか人生の大きな手応えを感じていた気がします」

伊藤さん:
言葉の海で浮いていたところから57577っていうものすごい制限に当てはめようと何度も何度も書き直すうちに、考えが洗練されていきます。

一つの短歌に100案以上書き連ねることもあるし、数時間〜数日、長いときは数週間かかることもあるけれど、枠組みがあるからこそ余計な言葉が削られて、本当に言いたかったことだけが残るというか。

自分の中でかたちが定まっていなかった感情が短歌になると、安堵感のようなものがあります。瞬時に話すのは苦手だけど、たった31字にじっくり時間をかけていい短歌は向いているんだと思います」

 

難しいから、進んでいけるんだと思うんです

こうやってお話していても、ワークショップのときも、むしろ話すことが上手な印象だったので苦手というのはとても意外です。

短歌を8年続けた今の伊藤さんにとっても、言葉にすることは難しいですか?

伊藤さん:
「それはもう。言葉にすることはたぶん一生難しいと思いますよ。話すことはもちろん、書くこともずっと難しいです。

だけど、難しいっていうのは適性があるってことでもあると思うんです。世の中の大抵のことは本当は難しいはずじゃないですか。

わたしの場合、スポーツはできなさすぎて、難しいと思うところにそもそも立てていないので、個人的には単純明快に『できないもの』です。料理なんかも生活には困らない程度にできるけど、できる範囲でしか知ろうとしないので、やっぱり難しさの実感はありません」

伊藤さん:
「言葉にするのを『難しい』と感じているということは、できそうでできない、どこかに理想があるのに、今の自分では届かないという状況があるからだと思うんです。

理想があるっていうのが、そもそもすごいことです。『前』が決まっているから一歩を踏み出せるわけで。だからきっと適性のようなものはあるんだと信じながら、短歌を続けています」

***

難しいと思えているのは、もう一歩進んでいるということ。そう視点を変えるだけで、自分のもどかしさともっと素直に向き合えそうです。

続く後編では、言葉のプロである伊藤さんが自分の気持ちとどのように向き合っているのか、そして言葉にするために私たちにどんなことができそうか、さらに詳しくお話を伺います。

 

【写真】土田凌


もくじ

伊藤紺

歌人。1993年東京都生まれ。著書に歌集『気がする朝』(ナナロク社)、『肌に流れる透明な気持ち』、『満ちる腕』(ともに短歌研究社)など。デザイナー・脇田あすかとの展示作品『Relay』ほか、NEWoMan新宿での特別展示、俳優・上白石萌歌の写真展『かぜとわたしはうつろう』への短歌提供など活躍の場を広げる。


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