【選びとる人、そのカタチ】ココロのこもったおやつに文章をのせて伝えていく。(おやつ記者・多田千香子さん)
編集スタッフ 二本柳
聞き手:スタッフ二本柳、写真:多田千香子さん
おやつ記者・多田千香子さんの「伝えるおやつ」えらび。
さまざまな場面や立場で選びとっている人の、選ぶカタチをお届けしていくシリーズ「選びとる人、そのカタチ」。
vol.03では、朝日新聞社での記者・編集者を経て、現在 “おやつ記者” という肩書きで世界中のおやつにまつわるエッセイやレシピを発行されている、多田千香子(ただ ちかこ)さんにご登場いただきます!
大学卒業後、新聞記者として12年余り勤めていた多田さん。
父親が亡くなった年齢まであと3年となった34歳のときに、「自分の持ち時間は有限だ」と切実に感じたのだと言います。
「いましかない。一番好きなこと、自分にしかできないことをしよう」
そう決意した多田さんは、思い切って新聞社を辞めることに。そこから新聞記者としての経験も生かしつつ “おやつ記者” としての新たなライフワークがはじまります。
なぜそこで “おやつ” を選び取ったのか?
34歳のときに「自分にしかできないことをしよう」と決意したのち、パリへ渡り製菓学校へ通いはじめたという多田さん。
新聞記者からおやつの道に進むとは、なかなか勇気のいる転身だったはず。なぜそこで “おやつ” を選びとったのでしょうか?
多田さん(以下敬称略):
「おやつを食べたあとって、ワケなく幸せになりますよね。
わたしは新聞記者で培った “言葉” の力で、いわば『読むおやつ』となるものを書きたいと思ったんです。
それを読んだあと、おやつを食べた後と同じように『人生いろいろあるけれど、また頑張ろう』と前向きな気持ちになってもらえたら、と。
そもそも “おやつ” という言葉は、おやつどき、という表現があるようにもともと時間を表す単語です。だからおやつというと甘いものだけでなく、たこ焼きだったりお煎餅のような塩気あるものも含まれる。そんな守備範囲が広く、包容力があって、おおらかな存在っていいなあ…と思っていました。
とはいえお菓子を上手に作れる人はいくらでもいます。おやつ、というだけならばお母さんの味がイチバンかもしれません。
でも『読むおやつ』を書くのは、新聞記者・編集者としての12年があるからこそできる、わたしならではの仕事になると思ったんです」
ここからは、そんな多田さんの書く “読むおやつ” を2つお届けします。
米シアトルで友人のローリーからチョコチップクッキーの作り方を教わりました。彼女が通っていた夜間大学の同級生ハルミさんの誕生日祝いにと、10年以上前に作ったというレシピです。
車のないハルミさんが、入学当初「だれか送ってくれませんか」と教室で言うと「近くだから一緒に帰りましょう」と手を挙げてくれたのがローリーだったそうです。
当時、市職員として働いていた彼女が誕生日祝いに焼いてくれたのが「おっきくてリッチで、ザ・アメリカーン」なチョコチップクッキー。
「仕事が忙しいのに、お菓子作りが得意でもないのに、私のために」。
ハルミさんはいまでも、クッキーが入っていた緑色の箱をとってあるのだと言っていました。
そんな思い出のつまったチョコチップクッキーを、ローリーが私たちのために自宅のキッチンで再現してくれることに。「私は手が遅いのよ」。首をすくめながら、楽しそうに粉を混ぜ、オーブンに入れます。
そんな様子を見守っていたハルミさんが、焼きたてクッキーの端っこをかじりました。パァッと笑顔になりました。「そうそう、この味」。ヒビが入って、ほんわり。「ほんっとにおいしい」。
そんな美味しいクッキーを焼くローリー。仕事を突然辞めてフランスまでお菓子を学びにいくという破天荒な人生を送る私のことを「She has a free spirit(彼女は自由な心を持っている)」と評してくれたことがありました。
でもそのセリフ、そのままローリーに返したい。おおらかな彼女らしい、言葉の花束です。
手のひらサイズのクッキーを焼くたびに、そんな温かい言葉とともにローリーのことを思い出します。
インド暮らし3年目にして家庭用ジェラート・マシンを買いました。インドではおいしいアイスがなかなか見つけられないので…。
おいしいアイスがないなら作ればいいじゃない、とマリー・アントワネット目線の私です。
そこでさっそく、インドの自宅に来てくれた友人 ナツコさんに手作りのチョコ・アイスを出しました。
カカオ分が30%ほどのあっさりミルク味と、ちょっとほろ苦いカカオ分64%の2種を出したら、彼女は後者の濃厚なアイスの方が好きとのこと。
後日、彼女から送られてきたお礼のメールにじんとしました。
「インド菓子はひたすら甘く、日本の洋菓子もときに軽過ぎたり甘さ控えめだったりで物足りない…。そんなときに、チカコさんお手製の、ビターだけどしっかり濃厚なアイスクリームを思い出し、うん、やっぱり人生も砂糖やカカオがたっぷりと混ざった濃厚なフランス菓子のようなもののほうが、(ときに複雑かもしれないけど)満足度も幸福感もきっと高いよね、と感じ入った日曜日の朝でした」。
このメールをくれたナツコさんは、現在デリー南東500キロの街・ラクナウに住んでいます。自分の人生を自分で選びとり、インドに住むことを決めた彼女。
そんな、まさに『(ときに複雑かもしれないけど)満足度も幸福感もきっと高い』濃厚な人生を送るナツコさんの強さを感じました。
そう。人生もチョコレート・アイスも出し惜しみなし、なのですよね。
わたしの、選ぶカタチ。
「ココロが伝わるおやつは人を笑顔にします」
みなさんは普段、どんな風におやつを選び取っていますか?わたしたちも何気なく日々手に取っているおやつですが、それを多田さんはどのように選び取っているのでしょうか?
おやつ記者として「読むおやつ」を書き続けている多田さんの、おやつを選び取る基準についてお聞きしました。
多田:
「わたしがおやつを選び取るときは、ココロが伝わるおやつを基準にしています。
ココロが伝わるってどういうこと?と思うかもしれませんが、たとえばラッピング、もっと言えばリボンの結び方ひとつにだって、そこに愛着がこもっているかどうか?おざなりでないかどうか?ココロがこもっているかどうか?はしっかりと感じられるんですよね。
あるいは自分の思い出とリンクするおやつであれば、それもココロが伝わるおやつです。大好きな人からもらったことがある、とか、小さい頃からコレ一筋だったとか。
ただ美味しいとか、評判がいいとかだけじゃない。ストーリーが感じられるおやつには、ふくよかな味わいがあるのではないでしょうか。
そんなおやつなら、ちょっと大袈裟かもしれませんが、言葉という魔法をかけることで人をちょっと元気づけたり、勇気を与えたりすることだってできるのではないかと思います。
わたしも、そんなおやつを選び取って『読むおやつ』に変えることで、皆さんにワケなく幸せな余韻をたのしんでいただけたら嬉しいなあと、そう思っています」
・多田千香子さんの著書の一部を以下のリンクからご覧いただけます。
パリの晴れごはん (パリ レシピシリーズ) 多田千香子 風鳴舎 2015-06-22
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パリのおやつ旅のおやつ 多田千香子 朝日新聞出版 2011-12-07
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世界のおやつ旅 多田 千香子 翔泳社 2013-01-31
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