【週末エッセイ】母になる旅に、”終着駅”はないのかもしれない。
文筆家 大平一枝
文 大平一枝
第四話:お弁当9年物語
直球のひと言
「おかん、俺、弁当だけが塾の楽しみだから、もうちょっとくふうして」。
9年前、当時小学校5年だった長男にまじめな顔で直訴された。中学受験のため、夕方から21時過ぎまで塾に通う彼にとって、夕食の弁当が唯一の楽しみ。手抜きせずもっとちゃんと作ってくれという訴えなのである。
私は、軽く脳天を打たれた気がした。たしかに、本来夕食とは1日でいちばんのごちそうが出て家族と語り合いながら楽しく食べるべきもの。それを塾の机上で迎えるのだから、昼の弁当作りとはわけが違う。もっと楽しくて、おいしいものでなければ。
弁当のおかずのレパートリーが数種しかなかった私は、それから一念発起。小さなおかずを研究し、その後、弁当ママ友達と図々しくも『母弁』(主婦と生活社)という本まで出してしまった。小さなおかずが150種載っている。
その息子はいまや大学2年生。経費節減とうそぶき、いまだ弁当をキャンバスに持って行っている。友達の学生の多くが、弁当持参らしい。自炊の男子も作るとか。時節柄、昨今の若者は堅実だ。
そんな情けないエピソードから始まった私の弁当作り生活は今年で9年目。もう慣れたものと高をくくれそうだが、じつはそう簡単にはいかない。高校1年の娘がなかなか手厳しいのである。
直球、第二弾
女の子は見栄えや色合いを気にする。だが私は、キャラ弁を作るような器用さも気力も持ち合わせていない。いきおい、いろどりのためにプチトマトとブロッコリーと卵焼きが欠かせなくなる。プチトマトは、マリネ、だし漬け、はちみつ煮、シソ巻きなどいろいろやった。ところが娘がある日、こう宣言したのである。
「トマトとブロッコリーと卵焼きときゅうりとウインナーはやめて。小5から食べ続けてもう飽きたから」
このショックをどう書いたらいいだろう。この5つを抜きにどうやって、てっとりばやく色合いの良い弁当をつくれば良いというのか。
そこで私は再び気づいた。弁当本まで出したのに、いつしか弁当はこんな感じでいいかなとあぐらをかき、娘の本当に食べたいものを考えたり、おもんばかる気持ちが薄れていたのだ。
もちろん、その場では咄嗟に思いきり眉間にしわを寄せ、文句を言うなら自分で作りなさいと言った。作ってもらうことがどれだけありがたいか考えてみてと。そう言いながら心の中で、無意識のうちの慣れや手抜きを省みた。同時にこうも思った。家事というのは終わりがないんだな──。
「この程度で良いだろう」と流し仕事にすると、家族に伝わる。一緒に暮らす家族だからこそ、自分にまなざしが向いていないことや、想いがはぐれそうになる瞬間を感じ取ってしまうのだ。
──ママ、もっと私のことを見て。
5色のおかずNG宣言には、そんな娘の心の声が投影されている気がした。
新米お母さんは各駅停車で、本物のお母さんになっていく、と本欄第一話に書いた。歳月を経て、多少本物に近づいたとしても、“終着駅”はない。途中で停まったり、バックしたり、特急や快速になったりしながら、ゴールのない旅を、私は今も続けている。
息子の高校最後のお弁当の記念写真。数年愛用のわっぱもボロボロに……(撮影:大平一枝)
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