【レシート、拝見】標高1180メートル、ここは人生を愛する楽園

ライター 藤沢あかり

レシートには暮らしが詰まっている。

店名や日付、品名と金額が書かれたレシート。そこには暮らしが詰まっていると思う。
どんなものを食べて、どんな店に行き、どんなものを買うか。レシートには自分が大切にしているものや、切っても切れないもの、自分だけの「当たり前の普通」が潜んでいる気がするのだ。

普段は他人に見せることのないレシートを見せてもらったら、その人の飾り立てない生き方が見えてくるだろうか。もしかしたら、チャーミングな一面がのぞけるかもしれない。

それならば、といろいろな方にお願いしてみることにした。

「あなたのレシート、見せてください」

 


ひがしちかさんの
レシート、拝見


 

2020年5月17日(日)16:57

・八ヶ岳高原牛乳1L 4コ×単189 ¥756
・ビーチキッチンタオル ¥159
・お刺身盛り合わせ ¥790
・生銀鮭切り身 ¥150
・生メバチまぐろお刺身 ¥614
・鮮ぶりお刺身 ¥379
・鮮ぶりお刺身 ¥323
・信州サーモンお刺身 ¥454
・ミニトマト ¥302
・ミニトマト ¥369
・無添加せっけん 泡 ¥579
・シャボン玉 浴用 ¥303
・アルカリボタン電池 ¥189
・ 信州白樺サラミ ¥369
・カリフラワー ¥199

(明細の一部抜粋)

 

スーパーまで車で20分、大変で最高な楽園生活

ずいぶん長いレシートだ。家から車で20分のスーパーで買ったのは、キッチンペーパーや石鹸といった日用品から、肉や野菜まで、とにかくたくさん。

無添加石鹸を買うのは、ナチュラルな暮らしの心がけというよりは、必要にせまられて。標高1180メートルのこの地では、生活排水をバクテリアで分解し、きれいな水にしてから放流する合併浄化槽というシステムを使っている。そのために洗剤はもちろん、化粧品や歯磨き粉まで、一切を見直した。

牛乳は4本(しかも、そのその3日後にまた3本買った)。子どもたちの好物でもあるけれど、薪ストーブの着火剤になるという牛乳パックを冬が来る前にせっせと貯めておく必要もあるのだそうだ。

レシートには、住環境も映し出されるらしい。
日傘作家のひがしちかさんが東京を離れ、長野・八ヶ岳のふもとに住まいを移して3年が過ぎた。夫と中学2年生の長女、4歳の長男、1歳半の次女の5人で暮らしている。長野へ会いに行きたい思いをこらえ、今回はリモートで話をうかがった。

「お子さんがいるのにお菓子をあまり買わないんですね」。ふと疑問に思って尋ねてみたら、「お菓子のごみってすごいでしょう」と、意外な答えが返ってきた。

この地域の不燃ごみ回収は月に1度。さらに、ごみ捨て場までは車で5分だという。

「ごみはできるだけ減らしたいから、パッケージがかさばるお菓子は、うちでは優先順位が低いかもしれません。
生ごみはニワトリさんたちが食べてくれるんですよ。今は30羽くらいを放し飼いにしています」

そのニワトリからは、毎日新鮮な卵をいただく。卵をたっぷり使った大きなプリンは、ひがしさんの定番おやつだそうだ。

東京に暮らしていた頃と、生活は一変した。今は、夫婦それぞれに仕事をしながら、家や庭を少しずつ整え、畑やニワトリの世話に明け暮れる。3人の子どもの学校や保育園の送迎には往復2時間を費やすし、犬がニワトリに噛みついたと聞けば、仕事中でも慌てて飛んでいく。

「悠々自適な田舎暮らしとは程遠いですね。毎日やることが多くて、思いがけないことも起こるし、本当に大変。でも、すごく大変だけど、すごく最高なんです。

時間軸も空気も大好きだから、ストレスフリー。わたしにとって、ここは楽園で天国です」

 

よもぎを摘みながら、贈りたい顔を思い浮かべて

贈り物ひとつをとっても、ひがしさんらしさがにじんでいる。
「30円×80個」、店名も商品名もないレシートは、地元のパン屋さんで買ったクッキー。

「友人がやっているパン屋のバタークッキーが大好きなんです。お礼がてら送りたい人がいて、たくさん買ったときのレシートですね」

送り先のひとつは、「コシラエル」東京店のご近所に住むおばあちゃんだった。

「なにかと気にかけてはお店に顔をのぞかせてくださるんですが、少し前にスタッフのみんなにマスクを手作りしてくださったんです。しかも、以前フリマで買ってくれたわたしのテキスタイルの端切れで。その気持ちが本当にありがたくて……。

今はコロナという状況も重なって、さらにお金の使い方を考え直しましたね。応援したいお店もあるし、お店と受け取った側、双方がうれしい方法を選ぶようになりました」

クッキーには、家のまわりに自生しているよもぎを添えた。普段ひがしさんが、まだ柔らかい葉を摘み取っては天ぷらやお茶にして楽しんでいるものだ。東京では知ることのなかった、八ヶ岳の味と香り。贈り物って、こういう事なんだなぁと思う。

 

「わたし、自分の人生を愛せている」

スーパーの長いレシートに紛れて、『鯛焼き/カスタードクリーム1点』という1枚を見つけた。長女と2人で買い物に行った帰りに、食べたいと言われたものだ。

「ちょうど思春期でしょう。最近はもっぱら、スマホを持つか持たないかの議論ばかり。

子どもにとっては、今すぐスマホが欲しいだろうし、うちはテレビもないからつまらないと感じているかもしれない。でも、それ以上に楽しいことを提案してあげたいですね。人生の中で、一緒にいられる時間って限られているから。

子どもたちがどう思ってるか、その答えがでるのは30年後くらいかな。スマホもテレビもダメばっかりで、ママなんて大嫌いって言ってるかもしれないですけど(笑)」

でも、とひがしさんは続ける。
「こうして子どもとスーパーに行ったり、車の中でおしゃべりしたりが大事な時間です。水田に引いた水がキラキラしてるのを見ながら、一緒に見られてよかったね、ってジーンとしちゃう。そんな、なんてことない時間が本当に好きで、しあわせに感じるんです」

スマホもテレビもない。豊かな自然の中に身を置く暮らしは、必然的に家族と真正面から向き合うことになる。

「そうか、今、気がつきました。わたし、自分の人生を愛せてるんですね。ちゃんと好きだと思えています」

何度も自分に言い聞かせるように、ひがしさんが言う。つまりは自分の人生を愛せないときがあったということだろうか。

 

有限の今をめいっぱい楽しむために

「わたしね、日傘をつくりはじめたのは、自分の人生を好きになりたかったからなんです。1人で子どもを育てながら派遣の仕事をして、でもやっぱり絵の仕事をしたくて……そのころは悩んでばかりで、自分の人生を好きだと思えませんでした。

でも今、ちゃんと好きだって思えています。あぁ、うれしいですね」

ひがしさんの目が潤んでいるのが、画面越しにも見て取れた。
「自分の人生を愛している」と清々しく言い切る母を、大嫌いなんて思うだろうか。きっと誇らしく感じるはずだ。それはもしかしたら、かつては子どもで今は母となった、わたしの後悔を秘めた願望なのかもしれないけれど。

スーパーの長いレシートも、いつか子どもがひとり、ふたりと巣立ち、短くなる日が来るのかもしれない。助手席で鯛焼きを頬張る娘とスーパーに行く日を、あとどれだけ重ねられるだろう。

なんでもない日常の一片が重なり、ひがしさんの愛する人生となっていく。使い古された言い回しに思えるけれど、やっぱりこう締めくくりたい。
日常こそ、尊いものなのだと。

【写真】吉森 慎之介

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ひがしちか
日傘作家、Coci la elle代表

1981年長崎県諌早市生まれ。ファッションに憧れて上京し、文化服装学院を卒業。 アパレルの仕事などを経て、2010年7月「日傘屋Coci la elle(コシラエル)」と称して初めての展示会を開催。手描きの絵や刺しゅうをした1点ものの日傘が人気となる。ブランド名は手仕事への敬意を込め、日本語の「こしらえる」に由来する。現在は、東京の清澄白河に『コシラエル本店』を構え、オリジナルプリントの雨傘やスカーフ、小物の制作も手がけ、初のビジュアルブック『かさ』(青幻社刊)を出版。

ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。

 


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