【57577の宝箱】「似合うね」と言われるものは もともとはこの世に散らばる私の一部

文筆家 土門蘭


最近、5年ぶりにめがねを変えた。

以前はべっこう柄の縁の、大きなスクエア調のものをかけていたのだけど、新しいのは銀色の細い縁で、丸っこい形をしている。だいぶイメージが変わったのか、人に会うたび「雰囲気が変わったね」と言われるようになった。「あ、めがねが変わったのか」と。

「めがねは顔の一部です」
鏡を見るたび、昔よく耳にしたキャッチコピーを思い出す。かつて「東京メガネ」というめがね屋さんのCMで、メロディに乗ったこの一節がテレビで流れていたものだけど、確かにその通りだと、鏡を見るたび改めて思う。

§

もともとは、めがねを買い換えるつもりはなかった。今のめがねで満足していたし、なんなら今のが壊れたらまた同じのを買おうと思っていたくらいだ。わたしは変化があまり得意じゃない。ましてや「顔の一部」なら尚更。

だけどある日、今のめがねを購入したお店の前を通ることがあった。そうしたら、ショーウィンドウに飾られているあるめがねが目に留まった。わたしの憧れのモデルさんがかけているのと、同じものだった。
特徴的なめがねだったのですぐにわかり、思わず立ち止まる。それで、時間もあるしちょっとかけてみようかなと、ふと好奇心が湧いた。店内に入り、何気ないふうにそのめがねを手に取り、自分の顔にかけてみる。
でも、贔屓目に見ても似合っているとは言えなかった。モデルさんはあんなに素敵にかけこなして(?)いたのに、わたしがかけるとどこかちぐはぐして見える。

がっかりしてすぐ立ち去ろうとしたら、店員さんに「何かお探しですか」と声をかけられた。まるでいたずらがバレたみたいな気持ちで、「いや、ちょっと、ここのブランドのめがねが気になってて」と小さくなりながら答える。「でも、ちょっと違うかなと思ったので大丈夫です」

すると彼はわたしの顔を見て、
「もしよかったら、同じブランドのものでおすすめがあるのですが」
と言い、ガラスケースの上にめがねを出してくれた。丸いレンズを囲む細い縁は、アンティークゴールドとアンティークシルバーの2色があるのだという。このブランドが初期に出していたシリーズの復刻版なのだそうだ。シックで品のあるデザインに「素敵」と声が出た。

「お客様にお似合いだと思うので、よかったらかけてみてください」
そう言われ、お言葉に甘えてシルバーの方をかけてみる。鏡に近づきマスクを外し、右を向いたり、左を向いたり。その様子を見ながら、店員さんはうんうんと頷いた。何か確かめているような顔で。

「いかがですか」
と聞かれたものの、正直よくわからなかった。似合っていないことはないような気がするが、似合っているかはよくわからない。
「素敵なめがねですけど、似合ってるかどうかはよくわかりません」
困りながら正直に言うと、彼は即答で、
「似合っていらっしゃいます。理論的にも」
と言った。

§

「理論的?」
「はい。めがねと顔には、『似合うためのバランス』があるんです」

顔におけるめがねの位置、レンズにおける目の位置、顔の幅とめがねの幅……理論的に似合うめがねとは、それら条件を満たしたものなのだという。このめがねはわたしにとって、それらの条件を全てクリアしているのだそうだ。
「だからきっとお似合いだろうとおすすめしたんですが、実際にかけられたらその通りでしたね」
と満足そうに言う。そんなふうにめがねを選んだことがなかったので、わたしは少しびっくりする。

前回はどういうふうに選んだかというと、自分のコンプレックスを隠すように、大きめで縁がしっかりしたものを探した。丸い顔が小さく見えるように、うす味の顔がくっきり見えるようにと。だからかけていると守られているようで安心するし、二本目も同じものがいいと思っていた。

でも今回は、自分の顔に合ったものを選んでもらっている。鏡を見たとき、似合っているかどうかよくわからなかったのは、自分の顔がそのまま表れていたからかもしれない。めがねをかけているのに、なんだかむき出しみたいな。
それがなんとなく、心地よかった。こういうめがねがあるんだなぁ、と思う。

なんだか感動して、「買っちゃおうかな」と呟いた。
すると彼が「ええ、それがいいと思います」と当然のように言ったので、つい笑ってしまった。

§

そのように手に入れためがねは、あらゆる人に「似合うね」と言われるめがねになった。
長年付き合いのある人には、「これまでのめがねの中で一番似合っている」とまで言われたほどだ。

鏡に映る自分の顔は、前のめがねをかけていたときよりも、ずいぶん素朴に見える。新しいめがねはしっくりとわたしの顔になじみ、もともとの自分の顔がフィルターなしでよく見えるような、そんな感じ。

わたしはこれまで、めがねをフィルターにしていたのかもしれない。自分の顔を本当よりもっと良く見せるように、コンプレックスを隠すように。だから今は、肩の力が抜けたような顔をしているように感じる。いいとか悪いとかではなく、無理をしていないのでただ心地がいい。

「理論的にも、雰囲気的にも馴染んでいますよ」
レジでお金を払うとき、店員さんはそう言った。自分に馴染むから、自分そのものでいられる。だからこんなに楽なのだろう。

そういうものがこの世にはまだ他にあるのだろうか。そう考えると、まだ見ぬ自分の一部がこの世に散らばっている気がして、なんだか心強いのだ。

 

“ 「似合うね」と言われるものはもともとはこの世に散らばる私の一部 ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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