【歳を重ねて始めたこと】後編:60歳を迎えて。好きなことを無理なく続けるために
ライター渡辺尚子
大きなライフシフトがなくても、今いる場所をもっと楽しめたら。
たとえば習い事を始めたり、新しい習慣を身につけたりといった小さな変化こそが、生きていく力になるのではないでしょうか。
今回そんな希望を感じさせてくれたのは、昨年60歳を迎えた、プランツスタイリストの井出綾さん。この特集では、井出さんが歳を重ねて始めた、人生を豊かにする小さな一歩についてお話を伺っています。
前編では、60歳になるまで子育てに仕事に奔走した40代からの紆余曲折のエピソードを。後編の今回は、60代の新しい日課と習い事についてお伺いします。
隔週のオンラインレッスンで、無理なく楽しく体を動かす
井出さんが最近はじめたのは、気功。
隔週日曜、滋賀在住の先生に、オンラインのレッスンを受けています。
時間になるとパソコンをパタンとあけて、リビングルームでポーズをとります。
両足を地にしっかりつけ、呼吸は深く。それからひとつずつポーズをとっていきます。
井出さん:
「以前から、体を動かしたいと思っていたんです。
フラをやっていたこともあるのですが、重心を低くするので、足腰に負担がかかるんですね。ヨガも、股関節が悪いのであぐらのポーズができないし。
気功ならゆっくりした動きだし、私にはちょうどいいみたい。深い呼吸をしながら動くので、終わるとすっきりするんですよ」
楽しく生きるには、体が健康でないと。楽しく無理なく体を動かす習慣って、大事だなと思います。
忘れ物が増えても、慌てずに過ごすための工夫
歳を重ねれば、体力と一緒に、記憶力もだんだんと落ちてきます。
そこで始めたのが、今の自分を置いてきぼりにしないためのTO DO リスト。
井出さん:
「自分の記憶力に頼るのはやめて、とにかく用事は書き出すことにしました。
毎週日曜の夜になると、月別カレンダーを眺めながら、これから1週間の予定を書き出すんです。欄外には、余裕があったらやりたいことを書いておきます。
さらに毎朝、その紙を見ながら、メモ用紙に、その日やることを書く。これをダイニングの机の上に置いておきます。
書くことで復習するから、うっかり忘れることが少なくなるんですよね」
念には念を入れて、月ごと、週ごと、日ごと。この3段構えのリストが、井出さんにはちょうど良いそう。
井出さん:
「ひとつ用事を済ませると、チェックを入れる。またひとつ終わったらチェック。夜になっても終わらなかった用事には、丸をつけておきます。
でもね、終わらなかった用事があっても、あせらないの。これが大切です。
終わらなかった用事は、次の朝、新しいメモを書くときに付け足せばいいんです」
メモに使うのは、コピー用紙の裏紙。リサイクルすることで、気持ちもすっきりさせています。
「もうやめてもいいこと」を、続けてみるのも楽しい
井出さんが花の仕事だけでなく、もうひとつの職業を兼ねてきたのは、前編でご紹介したとおり。
保育園の保育補助をして、息子さんたちの学費や生活費に充てていたのです。
その息子さんたちも、もう社会人。
井出さん:
「保育園の仕事はもうやめても暮らしていけるかな?と思うのですが、体が動く間は続けてみようと思って。
知らない世界を見るのは楽しいことだし、自分にもプラスになるんですね。
保育園は、ふだん私が関わっている花の世界とはまったく違う組織で、勉強になることも多くて。
それに、長く勤めるうちに、任せていただける仕事も増えてきました。
たとえば、卒園式のときに花を生けたり、運動会のメダルを作ったり。仕事柄、手仕事も得意だし」
こうしていただいたお金を、井出さんは自分のために使うようになったそうです。ちょっと旅行したり、勉強のために使ったり。
井出さん:
「勉強といっても、若い時のように『これで何かをなしとげなければ』なんて自分を追い込まなくていい。
この歳になると、自分なりのこだわりがあるので、無理なことは続かないですから。
興味があればやってみて、しばらく続ける、無理ならやめる。これが基本。
そのなかで、私なりの答えが見つかればいいと思っているんです」
体力が減ってきても続けられる、好きな仕事って?
こうして出会った勉強が、植物療法です。
井出さん:
「これからも植物に関わる仕事をしていきたいけれど、体力はどんどん落ちていく。朝早く花市場に行ったり、重い荷物を運んだりすることは、だんだんできなくなっていきますよね。
だから、体力をかけずに何か別のアプローチで植物に関わりたいと思って、フィトテラピーという植物療法を勉強してみることにしました」
たとえば…と、井出さんは「いま、お悩みのことはありますか?」と私に尋ねました。
わたしは、最近眠りが浅くて、しっかり眠った気がしません。そう言うと、「なるほど、では…」と、台所に向かい、冷蔵庫の中からいくつかのハーブを出してきました。カモミール、メリッサにアンジェリカ…熱いお湯を注ぐと、「どうぞ」。
井出さん:
「気持ちをゆるめるお茶を作ってみました。口の中でまったりと回すような感じで飲んでみてください。舌下には毛細血管が通っているので、そこにあてながら回す感じ。
あとは、朝の光を浴びるのを忘れずに。朝の光を浴びた15時間前後に、質の良い眠りが訪れると言われているんです。
体をゆるめるマッサージオイルも作っておきますね」
ハーブの甘い苦い香りに包まれて、ほっと息をつきながら、泣きたいような気持ちになりました。お茶が効いたからかもしれないけれど、それよりもまず、井出さんのやさしさが伝わってきて、気持ちがゆるんだのです。
井出さん:
「私がしたいことは、フィトテラピーを職業にすることではなくて、おばあちゃんの知恵袋みたいな感じ。家族や友達とおしゃべりをしながら、お茶をあげたりオイルマッサージをしたりしてあげることなんです。
そうしていつか、畑でハーブを育てて蒸留したりできたら…これは夢のまた夢で、けれどもそれでもいいと思いつつ、憧れています」
「まずは自分に注いであげて」という言葉
フィトテラピーで最初に感銘を受けたのは、『誰かを癒したいという前に、まずは自分に注いでください』と言われたことなのだそうです。
井出さん:
「自分が満ち足りていないと、人にも気持ちを注ぐことはできないんですね。
元気がほしいときは、ローズマリーやユーカリの爽やかな香り。落ち着きたいときは、シダーウッドの樹木のような香りに触れたり、パチュリやベチバーの土に根ざした香りに力をもらったり。自分なりの取り入れ方で、植物と付き合っています」
まずは自分に注いであげて。その言葉が、胸の奥深くに落ちてきました。
そんなお喋りをしてからの、最近のわたし。ささやかな日課が加わりました。
それは、眠る前にマッサージオイルで体をゆるめること。香りに包まれて、すっきりした気持ちで目覚めます。
まわりからみたら、とってもささやかな変化でしょう。けれど、これがわたしのシフトチェンジ。今日のわたしにやさしさを注ぐ。明日を楽しみに眠りにつく。ちょっと嬉しい毎日です。
【写真】井手勇貴
もくじ
井出綾
花手・プランツスタイリスト。輸入雑貨店、デザイン事務所を経て、アレンジメント教室勤務。フリースタイルのフラワーアレンジメント、ランドスケープデザインを学び1994年よりフリーランス。雑誌、広告、イベント、商業施設でのアレンジやスタイリングと、「花あわせレッスン」「野山の花の会」やワークショップなどのスクーリングを主に、自然と暮らしをつなぐ花を提案している。ブケ ド ソレイユ http://soleil-net.com/
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