【眠るまえのショートストーリー】vol.4_アヤさんとふたつぶの豆
あわただしい一週間をかけ抜けている皆さまへ。眠るまえの、ちょっとした時間でも読める、童話のようなショートストーリーをお届けします。本を手にとる元気がない日、心に余裕がない日でも、ひととき現実を忘れて、物語の世界へもぐり込んで。今日という日が心地よく幕をとじ、よい眠りにつけますように……
ヒツジ雲
アヤさんがポストをあけると、郵便が一通入っていました。
封筒の裏を返すと、菫色のインクで書かれた懐かしい筆跡。
「あら、ヒトミさんからだわ」
ヒトミさんは、もう50年来の友人です。
いそいそと部屋に戻って封を切ると、手紙と一緒に小さな豆が転がり出てきました。
めずらしい豆が なりました
まいてみてくださいね。
手紙を読み終えた、アヤさんは豆をつまみあげると、しげしげと眺めました。
黒々としたちいさな豆は、かたく縮こまっていて、眠っているようでした。
手紙の最後には、豆の名前が書かれていました。
「蝶豆というのねえ」と、アヤさんはひとりごとを言いました。
去年夫を亡くしたアヤさんはいま、生まれてはじめての一人暮らし。
あんなに好きだった料理も、家のなかを整えることも、なんだか張り合いがなくなったように感じていました。
そんなときに届いた、ふたつぶの豆。
「まずはあなたの居場所をつくらないとね」
アヤさんは、小さな植木鉢を探してくると、スコップで土を入れて、ふかふかのベッドをこしらえました。そこに豆を寝かせ、そっと土をかけ、たっぷりと水をあげました。
「さて、これでどうかしらね」
アヤさんは満足そうに言いました。
翌朝起きて見てみると、なんとまあ。鉢から黄緑色の芽が出ています!
「あらまあ、気が早いことね!」
アヤさんは笑いながら豆に話しかけました。
それからは、毎日起きるのが楽しみになりました。
双葉から薄緑色のツルが出て、ぐんぐん伸びていきます。
アヤさんはせっせと水やりをし、いそいそとお日様にあててやります。
ツルの先がさまようので支柱を立ててやると、クルンとした渦巻きがしっかりと絡まって、さらに上へと伸びていきます。
「まあ、まあ。なんて元気なんでしょう」
アヤさんはベランダで一緒に日光浴をしながら、ほれぼれと眺めます。
やがてツルは伸びて伸びて、その先につぼみをつけました。
アヤさんはそわそわして、1日に何度もそのふっくらとしたつぼみを確かめます。
「もう咲くかしら。まだかしら。あらあら、わたしもずいぶんと気が早いこと」
そうやって、何日かそわそわとすごした朝のこと。
アヤさんはぱちっと目がさめると、すぐに鉢のところへ駆け寄りました。
「あら、まあ!」
そこには目の覚めるような青い美しい花が、咲いていました。
「けなげに、よく咲いたわねえ」
アヤさんはしみじみと話しかけました。
豆の花は日を透かし、風にそよいで、気持ちよさそうに見えました。
さっそくヒトミさんに電話をしました。
「うちも咲いているわよ。きれいな花よねえ」とヒトミさんがおだやかに笑い、
「お茶にすると、きれいなピンク色になるんですって」と教えてくれました。
それをきいたアヤさんは、
「よし、今度はおいしいお茶を入れてみましょ」
と言いましたが、
「それとも種をとってたくさん増やして、娘たちに送ろうかしら。さあ、忙しくなるわね」
と思いました。
文/ヒツジ雲
おやすみ前の皆さまに、いい夢をお届けできるようなショートストーリーをつくっているユニット
イラスト/杉本さなえ
鳥取出身。2018年から福岡を拠点に活動。少女や花、動物などをモチーフにした物語性のあるイラストレーションを制作。近年は墨汁の黒と朱の2色のみで描く作品に力を入れている。イラストレーターとしても活動中。2018年に作品集「Close Your Ears」発行。
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