【古いものが好き】第2話:あるがままがいいのは、人も、ものも、同じです

ライター 片田理恵

主婦として家庭を切り盛りし、子育てをしてきたぬ衣(ぬい)さん。夫の定年退職に伴って始めた田舎暮らしは10年を超え、現在、70代を迎えました。

これまで少しずつ集めてきた大切な「古いもの」「さびたもの」が並ぶご自宅兼アトリエで、ものとつきあうことについてのお話を伺っています。

第1話では古いものを好きになったきっかけをお聞きしました。その後話題は、自分自身との向き合い方へ。40代~50代で経験した出来事が、暮らしにも気持ちにも変化をもたらしたといいます。

第1話から読む

 

私らしいやり方で「ものを育てる」日々

「ものを育てる」という言葉には聞きなじみがある方も多いのではないでしょうか。

たとえば新しく買った革製品。少しずつ使い込んで、オイルで手入れをして、自分だけの色合いや手触りに育てていく過程には、ものと人が互いに影響し合うコミュニケーションの喜びを感じます。

でもぬ衣さんのものの育て方は、それとは少し趣向が異なる様子。第1話で教えてくださったのも、板や金属を庭に置いてわざと雨ざらしにし、「雨と風に育ててもらう」やり方でした。

自分が手をかけて理想の形に近づけるよりも、予想のつかない変化を見て楽しみたいから、というのがその理由。

ぬ衣さん:
「一生懸命やればやるほど、思い通りにいかなかった時にがっくりするでしょう。それがいやだから、私にはその方法は向いてないと思ってやめたんです。それで古いものに教わったことを生かして、自然と時間に育ててもらうことにしました。

たとえばリビング横の坪庭も、森に面した庭の木を適当に挿し木したら、あとは雨と風と太陽におまかせ。私は伸びすぎた枝を時々切るくらいで、ほとんど何もしていないんです。

家を建てたばかりの頃はあれこれやってみたけど、大きくなってほしいものほどうまく育たないのよね。水やりもつい忘れちゃうし。下手に逆らうのをやめてからの方が、庭がいい表情になってきた気がします」

 

そのままのおもしろさを、暮らしに生かしたい

そんな坪庭を望む窓のそばのテーブルには、ぬ衣さんがこれまでに集めた金属片が並んでいました。

こうしてみるとまるで芸術的なオブジェのよう。このユニークな形状が魅力的に思えてくるから不思議です。ねじれ、結び目、ドーナツ型など、どれひとつとして同じものはありません。さて、これらをどのように楽しむのかというと……?

ぬ衣さん:
「ふふふ、これはブローチです。シャツにつけてもいいし、冬の厚手のセーターやコートにも似合う。マフラーやショールを巻いて留めたり、ひもを通したらペンダントヘッドにもなりますね。

おそらくほとんどはかつて何かの部品だったものだと思います。だから形も壊れたまま、ちぎれたままで朽ちている。これを暮らしに取り入れたいなと考えて、アクセサリーにすることを思いつきました。存在感があっておもしろいでしょ?」

何気なく白シャツの襟元に合わせて見せてくれたその姿がなんともおしゃれ。決まった形がなく、つける向きを自由に変えられるところにも遊び心をくすぐられます。

裏側は接着剤で安全ピンをつけてプチDIY。大きくて重さもしっかりあるので、つけた時にグラグラしないよう、2か所で留められるよう工夫されていました。

 

もう名前も忘れてしまった本が教えてくれたこと

植物が自由に育つにまかせる。拾った金属片をアクセサリーにする。一見まったく異なって見えるふたつの考えですが、実は根っこは同じ。そう、なんとなくわかってきました。それはいいかえれば「自然のままの形を受け入れて楽しむ」ということ。

ぬ衣さん:
「そうありたいなと思っています。でも、昔からそんなふうに考えられていたわけじゃないの。特に40代は悩んでいました。まわりに合わせなくちゃと焦って、無理に背伸びをして、それでもうまくできずに悶々として、全然自分らしくいられなかった。

ある時、本屋さんで目についた本を立ち読みしていたんです。タイトルも忘れてしまったけれど、パラパラとページをめくっていたら『誰にも平等に終わりがくる』みたいな言葉が書いてあって。それがなんだか妙に腑に落ちたんですね。自分と合わない人のことで悩むのなんてもういいやと思った。ふっと視界が開けた気がしました。

それがきっかけになって、50代はいい意味で開き直れたと思います。もちろんすぐにそうできたわけじゃなく、今も少しずつ、少しずつですけどね。あるがままがいいのはものも人も同じだってわかってきたのかな」

 

だんだん出来上がっていくんです。指輪も、私も

「ほら、これもおもしろいのよ」と、ぬ衣さんがブローチの次に見せてくれたのは、針金のかたまりでした。

ぐにゃりとねじれたそれを手に取ると、指で曲げながら小さな輪を作り、右手の中指へ。シンプルなのに個性的、チャーミングな指輪の完成です。

ぬ衣さん:
「人から見たらただの不用品でしかないものでも、磨いて、ねじって、指にはめると、私にとってはすごく価値のあるものになる。それがすごく楽しいんです。

次はこうしたらどうかな?と試行錯誤を繰り返すうちにだんだん指輪という形が出来上がっていくし、そこにしかない美しさが表れてくる。『ものを育てる』って、そういうことなのかもしれませんね」

今あるがままを楽しむことができるのは、かつて自分自身を受け入れることができた、あの本屋での経験があるから。ぬ衣さんのものとのつきあい方の秘密が、少しだけわかったような気がしました。

次回第3話では、現在のご自身の暮らしのこと、そして大切なものを次の人に手渡していく喜びについて伺います。

(つづく)

【写真】馬場わかな

 


もくじ

 

ぬ衣

主婦。2人の子どもを育て、現在は夫とふたり暮らし。予約制のギャラリー&ショップを不定期で開催している。

 


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