【古いものが好き】第3話:72歳。今育てているのは、自分です
ライター 片田理恵
主婦として家庭を切り盛りし、子育てをしてきたぬ衣(ぬい)さん。夫の定年退職に伴って始めた田舎暮らしは10年を超え、現在、70代を迎えました。
これまで少しずつ集めてきた大切な「古いもの」「さびたもの」が並ぶご自宅兼アトリエにお邪魔して、ものとつきあうことについてのお話を伺っています。
第1話では古いものを好きになったきっかけを、第2話では自分自身との向き合い方をお聞きしました。最終回となる第3話のテーマは、ぬ衣さんの今の暮らしのこと、そして少しずつ変化し始めたものとのつきあい方です。
ものはさびさせても、自分はさびさせない
ぬ衣さんは今、アトリエを予約制のギャラリー&ショップとして不定期で開放しています。
3年ほど前に始めたこの新しい挑戦の背中を押したのは、近所に暮らす若い友人たち。彼らの仕事を間近に見守りながら、ともに食事をしたり、おしゃべりをしたりと、同じ時間を過ごしてきました。そのうち自然と私もやってみようという気持ちが芽生えたのだそう。
ぬ衣さん:
「私の好きな古いものやさびたものに、今活躍する若い人たちが興味を持ってくれる。喜んでくれる。それはとてもうれしいことでした。最近は自分で新たにものを買ったりすることはほとんどなくて、これまで集めたものを表に出してきては、眺めて、飾って、見たいといってくださる方にお見せしてという毎日。
ものに対して改めて思うのは『よくがんばったね』という気持ちです。長い時間を生きて、古ぼけたり壊れたりさびたりしながら、それでもすてきに見えるってすごいこと。私もそうありたいと、力をもらっています。ものはさびさせても自分はさびさせないって大事なことね」
誰かのゆっくり、のんびり過ごせる場所を
ギャラリーを開けると決めてまず取りかかったのは、ショップカードを作ること。
写真を撮るのが好きな夫に頼んでアンティークのスプーンを撮影してもらい、そのデータを取り込んで自宅のプリンターで印刷しました。
できあがったカードはお気に入りのレストランやお店に少しだけ置いてもらい、あとは友達に「興味がありそうな人にお渡ししてね」と託してのスタート。季節は新緑が心地いい春を選びました。
ぬ衣さん:
「せっかくの機会だから、外のデッキでお茶を飲んでいただきたいと思ったんです。部屋の中のものを眺めて、いいと思ったら手に取って、自然の中でお茶を飲んで、ゆっくりのんびりしてもらえる場所にしたい。私はそんなみなさんとおしゃべりができたらうれしいなって」
前回のオープンは3日間。普段からつきあいのある友達やその家族が、知り合いや仕事仲間とともに訪れました。久しぶりに会う顔、はじめましての顔、そしていつものなじみの顔。誰もが思い思いに好きなものを手にとっては、ぬ衣さんにその物語を聞き、笑顔で過ごしていったそう。
夫婦で積み重ねてきた時間にも、ありがとう
ぬ衣さん:
「あっという間の3日間。帰りがけに『楽しかったです』『また来たいです』といってくださる方もいて、思いきってやってみて本当によかったと思いました。何より、私がとっても楽しかった! 70歳を過ぎてさすがに体力は落ちてきているけど、気持ちはますます元気。続けられる限りは続けたいですね」
夫婦ふたりの静かな暮らしに訪れた思いもかけない出来事をそばで見守ってくれる夫にも、今まで以上に感謝の気持ちが生まれました。
お互いが自分らしくいられること、それをサポートしあえること。重ねてきた時間の重みが穏やかな今につながっている。そんなふうに感じています。
夫が畑で育てた野菜を使って毎日の食卓を整えるのも、今の暮らしに欠かせない大切なひととき。
ぬ衣さん:
「こんな70代が待っているなんて、若い頃は思ってもみませんでした。ずっと好きだった古いものやさびたものが、出会いをたくさん運んできてくれた。長い時間をともに過ごしてきた夫が、新しい挑戦を応援してくれた。大きなごほうびをもらったような気持ちです」
大切なものが次の誰かの手に渡っていくことがうれしい
集める。育てる。手渡す。ぬ衣さんとものとのつきあい方は、少しずつ形を変えてきているのかもしれません。
好きなものを探し集めることで生きるエネルギーをもらっていた時代を経て、ともに暮らしながら変化を楽しみ育てる時代へ。そして今、喜んでくれる次の誰かにそれを手渡すことに喜びを感じている。
やさしいまなざしでアトリエを見渡しながら、ぬ衣さんはそんなふうにも話してくれました。
ぬ衣さん:
「自分らしくあるがまま、好きなものを好きでいる。そうすれば多少いやなことや痛いことがあっても乗り越えていけるはず。そう信じているんです。だってこれまでの私がそうだったから。今、育てているのは自分自身ですね。いつか古いものみたいに味わい深くすてきになれたらいいなと思って」
「もの」って不思議です。それを見るだけで元気になるし、なつかしい場面を思い出したりする。誰かが自分のことを思ってくれた証だったり、その逆だったりもする。
今手元にあるものだけでなく、もうここにはないものも、私の大切な「もの」。手を離れたものたちがどんなふうに暮らしていくのか。それを想像するのも、最近のぬ衣さんのひそかな楽しみだそうですよ。
(おわり)
【写真】馬場わかな
もくじ
ぬ衣
主婦。2人の子どもを育て、現在は夫とふたり暮らし。予約制のギャラリー&ショップを不定期で開催している。
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