【次の扉をひらくには】いがらしろみさん(前編):お菓子は好きだけど、毎日作る仕事は向いていなかった
編集スタッフ 津田
鎌倉にあるジャムと焼き菓子のお店、romi-unie Confiture(ロミ・ユニ コンフィチュール)。
菓子研究家のいがらしろみさんが作ったそのお店は、まるでパリのお菓子屋さんのよう。焼きたての甘い香りとかわいいお菓子が並んでいて、行くたびに大人の私でもキラキラした気持ちになれます。
もうすぐ40代になる私。人生の進路や仕事で迷ったとき、先輩のお話を聞いてみたいと思うことが増えました。あの人だったらどうするだろう?と。
そこで今回は働き方をテーマに、いがらしろみさんにインタビュー。お菓子は大好きだけどパティシエには向いていなかった……と、意外なところからお話は始まりました。前後編でお届けします。
「向いている仕事」って何だろう?
菓子研究家であり、株式会社romi-unie(ロミ・ユニ)の代表を務めるいがらしろみさん。鎌倉と東京にある3つの店舗とオンラインショップを運営するほか、ジャム教室などのイベントも企画・主宰しています。
けれども短大を卒業したばかりの頃は進路に迷っていたと振り返ります。
ろみさん:
「お菓子屋さんでパティシエの見習いをしていましたが、作るのは自分に向いていないと早々に気づきました。そのときは苦しかったです。お菓子にまつわる仕事がしたいけど『作ること以外』に何があるんだろうって、色々と考えました。
それで仕事を辞めてフランスに留学することにしたんです。きちんとフランス菓子を勉強しよう。フランスで生活をして、そのなかにある“本物のフランス菓子”を見てみたい。果たして1年でなにが身につくのかは分からないけれど」
けれども「『とりあえず行ってみよう』だけではダメだ」と思ったろみさんは、このとき10年計画を作ったそう。ノートに1年後から10年後まで、あんなことやこんなことがしたいと思いつくままに書いた、夢や希望がいっぱいのものでした。
ろみさん:
「そこまでやっても、正直、これだっていうのはまだ見つからなかったんです。作る仕事は違うし、販売の仕事はあまりなさそうだし、企画の方向はどうかな、帰国後はフランス菓子の商品開発とかができたらいいなぁ、と思いながら出発しました」
「考えて、やってみて、結果が出る」という初めての成功体験
留学から帰ってきたあと、まずは知人の紹介でフランス料理学校を運営する会社の事務局に勤めることになります。
ろみさん:
「最初はあまりに仕事ができなくて落ち込みましたが、しばらくすると多少は慣れてくるので『この作業って何のためにやってるのかな?』とかが気になり始めたんです。
それで上司にダメ元で『こうしてみるともっと目的に合うと思うんですけど、どうですか?』と持ちかけたら、『面白いね、やってみていいよ』と快くOKしてくれて。それが最初の成功体験でしたね。うれしかったです。
どうしたら生徒さんがもっと来てくれるかな、どうしたら講義がもっといいものになるかなと、自分で考えて、やらせてもらえて、結果が出るのがすごく楽しかった。
本屋さんで企画書の書き方の本を探して、こんな感じかなと見よう見まねで作ってみたり、ちょっとずつ勉強して、やりがいも感じられて、しかもそれが受け入れてもらえる職場の環境にも恵まれていましたね」
どこかに面白がってくれる人がいるはず!と信じて
仕事にやりがいを感じ始めたものの、これだという道はまだ見つからず。その後は再びフランスへ留学したり、友人とフードユニットを結成したり、さまざまなイベントでお菓子を販売したりと、活動を広げてきました。そんなある日、知人から声がかかります。
ろみさん:
「WECK(ウェック)というドイツの保存瓶の輸入代理店で働いている友人から、展示会で使うので瓶の中身を作ってほしいと声をかけてもらったんです。『やるやる〜!』って二つ返事で引き受けました。
それがきっかけで自分でもWECKにジャムを詰めてイベントなどに出すようになって、ちょっと紐をかけておしゃれして並べていたら、これが可愛いと評判になったんです。
しばらくすると、私の部屋という雑貨屋さんから、六本木ヒルズに新規出店するのでジャムを定期的に卸してほしいとお話をいただいて。『やったー!』と思う反面、その頃は全部を一人でやっていたので結構大変でしたね」
全部とは、ジャムを作る工程のことだけではありません。納期管理も、お金の計算も、受注や出荷の対応も、とにかくすべてが一人。さらには今後どうしていくかの計画も考えねばなりません。
自分のお店を作りたい、チーム体制でやりたい、と動き出したのも、この頃でした。
ろみさん:
「どこかの会社の1事業部として立ち上げたいと考えました。なぜならお店を作るのはお金がかかるから。個人で1000万円を借りるのは大変だけど、会社の予算なら意外とできるんじゃないかと思ったんです。
ジャムはもう製造が追いつかないほど売れていて、小さな実績はあるし、どこかに面白いと思ってくれる人が絶対いるはずと信じていました(笑)
社長と名のつく人に会っては『ジャム屋、どうですか?』『結構売れてるんですよ』と雑談を交えて持ちかけてみると、すぐに決まることはないけれど、興味を持ってくれる人も案外いたんです。突飛なことでも話してみるもんだなと思いましたね」
最終的には長野にあるセルフィユという会社と出会い、その1事業所としてロミ・ユニ コンフィチュールを立ち上げることになりました。
ひらりと一枚の紙を見たときに…
けれども話がまとまったあとの物件探しが難航。半年ほど経ち、このままではお店が出せなくなると不安を抱えていた時、鎌倉の不動産屋で紹介された物件がろみさんの目に止まりました。ひらりと渡された一枚の紙を見た瞬間「ピカーンと光って見えた」そう。
ろみさん:
「あれは私の第六感だったと思います(笑)
でも、よくよく見たら飲食不可と書いてある……。相談するしかないとその足で不動産屋さんと一緒に物件へ行きました。オーナーさんに紹介してもらい、ジャム屋をやりたいと伝えたら『あら、素敵ね〜!』ってすごく喜んでくださって。
どうやら事情を聞くと、オーナーさんの住居を兼ねている場所だから、匂いが気にならないといいなと思っていたそう。なんでも相談してみるもんだ、聞いてみないとわからないなって、このときも思いましたね」
約1年の準備期間を経て、ついにお店をオープン。セルフィユの社長さんとも話し合いを重ねて、数年後には従業員の働き方を整備するために「株式会社romi-unie」として独立し、ろみさんが経営を担うことになりました。
ろみさん:
「社長からは『ろみさんはもう一人で大丈夫だよ』と言われましたけど、自分だけで本当にできるかなと不安もありました。
商品のジャムを開発して、日々チームで作って売ってお客さまにもっと楽しんでいただく、という事業のことはわかるけど、財務は全然わからなくて。
経営っていろんな側面がありますよね。銀行でお金を借りるとか、資金がショートしないようにするとか。もちろん経営者として税理士さんから説明してもらってたんですけど、まあとにかく数字は苦手」
ろみさん:
「だから初めて会社のお金が足りなくなったときは相当慌てました。税理士さんに相談して、当たって砕けろで銀行にお金を借りに行って、それもうまくいかなくて。
最終的には金融公庫で借りたお金でなんとかなりましたが、あの頃は財務的にガタガタで、いま思い返しても、まあまあなピンチでしたね。
でもそういう時って絶対に動けばなにかが見つかるんです。とにかくいろんな人に相談して、助けてもらって、なんとかなってきました」
行動するって、とてもシンプルで大切なこと
お話を聞いていて、なんだか胸がいっぱいになりました。
パティシエは向いてないと気づいた時。物件が決まらなくてお店が出せないと不安だった時。経営者になりたてで知識や経験がない時。大好きなお菓子に囲まれてキラキラと楽しそうなろみさんにも紆余曲折があった……。
「ピンチもあったと思うんですけど」と笑いながら前置きしつつ、「行動することでなんとか乗り越えてきました」と話してくださった言葉はシンプルですが、大切なことが詰まっていると思います。
続く後編はチームが大きくなってからのお話。ろみさんが一緒に働く人たちとどんなコミュニケーションをしているかをお聞きします。
(つづく)
【写真】井手勇貴
もくじ
いがらし ろみ
小さな頃からお菓子づくりが好きで、短大卒業後、フランス菓子店製造部に就職。その後パリに留学。ル・コルドン・ブルーでフランス菓子を学ぶ。帰国後、ル・コルドン・ブルー東京校事務局に勤務。2002年より菓子研究家・romi-unieとして活動をスタート。2004年に鎌倉にジャムの専門店「Romi-Unie Confiture」を開店。以降、焼菓子やチョコレート菓子のお店もオープン。その他、商品開発やアドバイザーなども務める。
romi-unieホームページ https://romi-unie.jp/
Instagram:@romi_unie
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