【大人のじゆう】後編:「自分でいられる場所」を見失わないために

編集スタッフ 寿山

大人になって時間に追われることは増えたけれど、時間の使い方や、お金の使い道を自分で決められるって自由だよなあと、ふと思ったことがありました。

ところが同じような状況でも、ときに身動きがとれないように感じたり、決めなければいけないことが重荷になることも。いったい、大人の自由ってなんだろう?

そんなことを思いながら、全2話にわたり庭師の栗田信三(くりた しんぞう)さんにお話を伺っています。前編では、若い頃の自分探しのエピソードや大人の自由を感じるまでのお話を。後編では、70代を迎えたこれまでと、これからの話をお聞きしました。
前編をよむ

 

会社のパンフレットが、絵本に?

はじめて栗田さんにお会いしたとき、いただいた1冊の絵本があります。そこには、おおきなカバンをもった小人が描かれていて、こんなコピーが添えられていました。

 

庭師のおじさんと

魔法のカバンと

その仲間たちのおはなし

 

栗田さん:
「もともとは会社の20周年がきっかけで、パンフレットを作ろう、庭づくりのカタログみたいなものにしようと思っていたんです。でもまあ、それだとつまんなくなってきて、結局こういう形になったわけだけれど。

資料としては、あまり役に立たないですね(笑)」

小さな絵本をめくっていくと、栗田さんの庭づくりへの思いが短く綴られているページが出てきます。

 

植えた 草木たちが

やがて しげって

まるで もとから

ここにあった林のようになったら

その中で 静かに

安らいだ空気に

ひとの暮らしも 家も

包まれたら

どんなにいいだろう

 

言葉のひとつひとつが心に沁み込んでくるようで、伝え方ってほんとうにいろいろあるんだなあと感じた出来事でした。

お庭の写真をたくさん見ることができるパンフレットも素敵だけれど、庭をつくっている人の心のなかを覗けるような、小さな絵本も楽しいなあと思うのです。

 

あこがれは、魔法使いのメリー・ポピンズ

制作時のエピソードで、印象的なお話がひとつ。なんでも幼い頃から映画『メリー・ポピンズ』へのあこがれを募らせていたのだとか。

栗田さん:
「劇中で、魔法使いのメリー・ポピンズが空から舞い降りてきて、まず自分の帽子と外套がいとうをかけるためのコート掛けを、カバンからスルスルスル〜って出すんです。幼心に、いつかそれを真似してみたくてね。

僕も魔法のカバンに、庭づくりのための植物やら道具やら、子分たちをいっぱい詰め込んで出かけているようなイメージでこの絵を描いてみたんですよ。

メリー・ポピンズのような魔法のカバンを持って、家々の庭を飛びまわっているわけです」

どんなに暑い日でも、寒い日でも、一日中、日差しや風にさらされながら。境界線がないくらい地面にくっついて、体をつかって、別の場所からもってきた緑の命を、その土地の土へと還していく。

庭づくりされている様子から、どこか神秘的で、たいへんなお仕事だなあと勝手に思っていたので、頭のなかでそんなファンタジーが繰り広げられているなんて、思いもしませんでした。

 

大人ならではの特権

そういえば先日、歳上の知り合いの方がこんなことをおっしゃっていました。

たとえば悲しいことがあったとき、その出来事のつづきの物語を自分で想像してみると。電車に揺られながらとか、台所仕事をしながらとか、何年もかけてゆっくりと。小さな作り話を空想していると、いつの間にか楽しくなってくるのと。

そのお話を伺って、胸のうちの悲しみを昇華するような、大人ならではの空想だな。子どものそれとはまた違って、素敵なことだなあと思ったのです。

栗田さんのカバンの話も、その方の空想話も、大人が現実を生きていく道すがら、寄り添ってくれている杖のような、はたまた魔法のステッキのような……そんな空想が、私の胸にも広がっていくのを感じました。

いま掌にあるものを、自由と感じるか、不自由と感じるか。それを自分で決められるのも、大人の特権かもという気すらしてくるから不思議です。

 

70代のいまも迷いながら、揺れながら

ここまで半世紀にわたるあれこれを一緒に振り返ったあと、ふいに栗田さんが「ああ、今日はなんだか自分のことがよくわかった気がするなあ」と、つぶやきました。

70歳をすぎてもわからないことがあるっていいなと思いながら、未来の話も伺ってみました。

栗田さん:
「会社をどう仕舞うかも考えてはいるけれど、なかなかエンディングが決まりませんね。

70歳になったとき、もう十分かなと思ったりもしたけれど、だんだん辞めるのが惜しくもなってきた、というのが正直なところです。やめちゃうと、つまんないだろうなと思って。

たとえば曲ならイントロがあって、サビで盛り上がって、間奏やコーラスがあってエンディングを迎えるけれど。フェードアウトする曲みたいな終わりもいいなあと、最近は思っています。

いつ『辞めます』て言うかわからないし、体が動く限りしつこくやっているかもしれませんが(笑)」

 

下手でも、自分らしい方がいい

若い頃から、どこかで「自分でいられる場所」を見失わないようにしてきたのかもしれません。そう、栗田さんはつぶやいたあとに「自由とか、そんなたいそうなものじゃないけれど。下手でも自分らしい方がいいなと思うんです」とおっしゃいました。

思わずコクリと深くうなずいてしまいました。

どんな暮らしが、生き方が、働き方が、自分にピタリとはまるのか。言葉にできたり、できなかったり。霧が晴れたと思えば、雲の中に隠れたように感じる日もあるけれど。これでいい、と思いながら進んでいけたなら。

心地よさそうに枝葉をのばす草木を見ながら、そんなことを思いました。

 

【写真】井手勇貴

 

もくじ

 

栗田信三

1951生まれ。有限会社「彩苑」(https://saien.net/)を主宰。庭づくりを続行中

 


 


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