【あの人の本棚】前編:本がなかったら、全く違う人生を歩んでいたはず(料理家・藤原奈緒さん)
ライター 嶌陽子
本棚は、持ち主を映し出す鏡のような存在だなあと思います。
人の家を訪ねるとついじっくり眺めてしまうのは、面白そうな本を見つけたいという気持ちと同時に、その人のことをもっと知りたいという思いがあるからでしょう。
今回本棚を見せてもらったのは、「あたらしい日常料理 ふじわら」を主宰している料理家の藤原奈緒(ふじわら なお)さん。当店のメルマガでエッセイを書いてくださっていたこともあり、おなじみの人も多いかもしれません。
「本を読んでいなかったら、全く違う人生を送っていたはず」。そう話す藤原さんが見せてくれたのは、子どもの頃から今まで読んできた本、今の仕事をする決心を後押ししてくれた本など。そこから藤原さんのこれまでの道のりや、その時の思いなども見えてきました。
一つ一つの言葉をじっくり選びながら、丁寧に質問に答えてくれた藤原さん。端々に本への愛がにじんでいたお話を、前後編に渡ってお届けします。
小学生の時、赤毛のアンで徹夜して
東京郊外に立つ古い団地に暮らす藤原さん。ダイニングから続く居間の一角に、本棚がしっくりとなじんでいました。
藤原さん:
「ここに置いているのは、これからも繰り返し読みたい本。読んだ時に何かが深く自分の中に残った本が入っています」
▲古い本棚は、東京・小金井の「アンティークス・エデュコ」で購入。「5年ほど前にここに引っ越した時、ぴったりのサイズのものを見つけたんです」
▲台湾の離島を旅した際に買った置物をブックスタンド代わりに。
並んでいる本をじっくり見てみると、小説や随筆、料理に関する本など、新旧さまざまな本が並んでいました。本は昔からよく読んでいたのでしょうか?
藤原さん:
「小さい時からとにかく活字好き。そこに活字があれば読む、という子どもでした。
ある時、母親が絵本と大人のための料理本のセットを買ってくれたんですが、その料理本もずいぶん読み込んでいたので、小学校に上がる前には肉じゃがの作り方を知っていたほどです」
▲「この本とこの本は気が合いそう」「ここはうまくいってないな」などと考えながら時々本を並べ替えている。
藤原さん:
「小学生の時は、学校の図書館などで片っ端から本を借りてきては読んでいました。ただ、その頃読んでいた本は、いわゆる “〜年生はこれと読むといい” みたいな本で、読んでもふーんという感じでした。
それが6年生の時に『赤毛のアン』を読んだら、あまりに面白くて徹夜してしまって。それがきっかけで本格的に読書の面白さに目覚めた気がします」
本がそこにあれば。自分だけの安らげる世界
▲「中高生の頃は吉本ばなな、村上春樹なんかを読んでいました。これはその頃から持っている1冊。人が生きることの不思議について書かれた、美しい本です」
藤原さん:
「子どもの頃はわりと苦しかったです。納得しないとできない性格は昔からで、だから集団行動も苦手。家では大人に囲まれて育っていて、しかもけっこうみんなキャラが濃かったので、気を遣って過ごしていた気がします。
そんな中、ひとたび本の中に入ればそこは自分だけの世界で、家族も『本に入り込むと帰ってこないよね』っていう感じ。今思うと、それを意図してやっていたところもあったのかもしれません」
読むたびにポロポロ泣いてしまう本に出合って
大学進学を機に地元の札幌から東京に出てきて、一人暮らしを始めた藤原さん。教育学部で、中高生の国語の教員になるための勉強をしていました。この頃も、たくさん本を読んだといいます。
藤原さん:
「授業でも扱っていたので、日本文学は一通り読みました。今でも文体を見たら誰が書いたか分かると思います。カポーティー、サリンジャー、カーヴァーなど、海外文学もよく読みました。
授業にはあまり熱心ではなかったのですが、図書館にはいつもいましたね」
その頃に読んで、今も大切にしているのが幸田文の『きもの』です。
藤原さん:
「なぜだか読むたびに泣いてしまう。私にとって、そんな小説です。
主人公の女の子が、着物の着心地にすごく敏感で、『これが嫌だ』『あれがいい』とはっきり言う。姉たちは全くそうではないので、主人公は『わがまま』と言われて育つんですが、おばあさんだけが彼女の性質を見抜いて、自分に合った着物の着方や付き合い方を教えてくれる、という話です。
自分のことを知って、うまく生きられるようにする。そういうことが書いてある本だと思います」
理解できなくても、 “特別な本” かどうかは分かる
藤原さん:
「なぜこの本を読んで泣いてしまうのかがずっと分からなかったんですが、最近になって気づいたんです。
私も子どもの頃、言葉にできないけれど、うまく生きられない感じがすごくあった。だからこの本が私にとって特別だったんだなって」
▲「武田百合子さんも好きな作家。『犬が星見た』が大好きです」
藤原さん:
「若い頃に読んだ本って、その時は内容を完全に理解できていないのかもしれない。それでも、その本が自分にとって特別かどうかは絶対に分かると思うんです。
その後、何回も読み返して理解できるようになったり、それでもやっぱり分からなかったり。でも、たとえ分からなくても『自分にとって大切』と言っていいし、何度でも発見して、受け取っていける。それが本の力でもあるんじゃないかなと思っています」
大人になってから再開。漫画はやっぱり面白い
▲経年変化が感じられる棚は「いつ買ったのか覚えていないくらい」前から持っている。
続いて見せてもらったのは、寝室にある本棚。前の住まいから持ってきた小さめの棚に、さまざまな本が並んでいました。
藤原さん:
「リビングの本棚に入れる本は厳選しているんですが、ここはわりと気軽に何でも入れています。読みかけの本とか、寝る前に読む本や漫画とか」
藤原さん:
「子どもの頃は漫画を読むのが大好きで。でも中学生になる時にふと『本棚が美しくないな』と思って全部処分したんです。
大人になってから再び読み始めたら、やっぱり面白いな、総合芸術だなって思って。
漫画は電子書籍で読むことが多いんですが、一部は単行本で買っています。友達に勧められたものや、電子書籍で読んで気に入ったものを買うことが多いですね」
▲「どれもすごく面白い!」という漫画3作品。「同じ時代に生きて、リアルタイムで追っていけることが幸せ」
藤原さん:
「以前は寝る前にベッドで本を読んでいたんですが、寝落ちしてしまうことが多くて。最近はもっぱら漫画を読んでいます」
大切な本を、人生であと何回読み返せる?
藤原さん:
「本って著者の人生をつぎ込んで書かれているものだし、どんな本もちゃんと読むと何かしら人生が変わるものだと思うんです。本が高価だという声も聞きますが、そう考えるとすごく安いものだと私は思っています。
だから本はよく買います。本屋で見つけて買うこともあるし、気になっている本をネットで注文することも。ピンと来たら、ためらいなく買いますね。そうすると時々本棚があふれてくるので、古書店に売ったり人にあげたりしています」
藤原さん:
「本を整理する時は、すごく悩みます。一度読んだ本でもまたいつか必要になるんじゃないかと思うと、簡単には手放せないんですよね。
そんな時はこう考えます。残りの人生、ものすごく潤沢に時間や体力があるわけではない中、読み返したい本はどれかって。一番大事だと思っている本を今までに何回読んだかなと思うと、じゃあこれは手放そうって潔く決心できるんです」
▲寝室の床には絵本や写真集などが。「しまいこんでしまうと存在を忘れてしまうので、気になったものを床に立てておいて、時々めくっています」
自分にとって大切な本を、人生の中であと何回読めるか。藤原さんのその言葉を聞いてはっとしました。最近は新しい本やSNSの情報などに気を取られがちで、大切にしているはずの本をもう何年も手に取っていないなあと思ったのです。
自分にとって特別な本は、読み返すたびに新しい何かをくれるはず。久しぶりに、本棚にひっそりと佇んでいる本を紐解きたくなりました。
続く後編では、藤原さんが料理の仕事を始める際に背中を押してくれた本や、ずっと大切にしている本について伺います。どうぞお楽しみに。
【写真】井手勇貴
藤原奈緒
料理家、エッセイスト。“料理は自分の手で自分を幸せにできるツール“という考えのもと、オリジナル商品の開発や、レシピ提案、教室などを手がける。「あたらしい日常料理 ふじわら」主宰。共著に「機嫌よくいられる台所」(家の光協会)。http://nichijyoryori.com インスタグラムは@nichijyoryori_fujiwara
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