【力を抜きたい日の食卓へ】第八回:自慢の唐揚げ。

麻生 要一郎

アトリエなんて言うと大袈裟だけど、新しく設けた仕事部屋に、大きな台所を作った。

僕から設計者への要望は、作業スペースが広く欲しいと言う事だけ。料理を撮影してもらう時にも皆が仕事をしやすいように、お弁当もスペースがあれば楽に詰める事が出来るし、そして何より台所に人が集まりやすいようにと思って。

4月は始まりの季節。僕が新しい台所を作ったように、新生活が始まったと言う方も多いのではないかと思う。自分の事や身近な家族の事だけじゃなくても、友人の子供が小学校へ入学なんていうニュースだけでも、ちょっと嬉しい。街中で見かける、初々しい新社会人の姿に、そっとエールを送る。

始まりと言えば、僕が料理を日常的にするようになったのは、建築の専門学校へ入学した頃。一人暮らしを始めた時かと思われるかも知れないけれど、建設会社を営む父が亡くなって、それまで仕事にはほとんどタッチしていなかった母が会社へ行くようになり、慣れない環境で日々疲れて帰ってくる母の為に、何かしたいと僕は料理を始めたのだった。

忙しくても、食卓の花は常に綺麗に生け替えられて、暮らしのしつらい、掃除に洗濯は行き届いていて、僕も料理だったら役に立てるかもと思ったのだ。

それまでも、カレーや炒飯のような自分が食べるには困らない位の事は、一通り出来ていた。しかしそれは、時々の話であって、毎日献立を考えるのは、こんなに大変なのかと思いながら、買い物をした。でも、スーパーに並ぶ食材を自分で選ぶのは楽しかったし、継続する事で、値段が安いとか高いとかもしっかり分かるようになった。

一人息子が、母親の為にごはんを作って待っていると言うと、何でも美味しいと食べてもらえそうな淡い期待を抱くのだけれど、現実はなかなかそう上手くいかない。母は、食わず嫌いも多く、同じ食材でも、揚げたら食べるけれど、別な調理方法だと全く食べない、そんな独自の基準があって難しかった。

ある日も、支度をして待っていると、魚を一口食べたあたりで、箸を置いて「今日はお昼が遅かったから、まだお腹いっぱいなのよ、ごめんね」と言い、席を立つ。食べながら、ああ、きっとここが好みじゃなかったのかなと考える。

今のように、携帯電話を片手にレシピを調べられる便利な時代ではなかった。本を開いたり、誰かに聞いたり、料理に工夫を重ねる。自分が美味しくても、一緒に食卓を囲む人が満足出来ないと、ちょっと寂しい。もちろん、全てが完璧にはいかないものだから、気負わず、だけど明日はもっと美味しく出来るかなと願う事は、今も変わらない。

子供の頃、僕が好きだったメニューは、母が作ってくれる、唐揚げとグラタンだった。母は、鶏肉が好きという訳ではなかったけれど、僕が好きだからいつも作ってくれていたのだと思う。誰かが自分の作った料理を美味しいと食べてくれるのは、料理を作る上での何よりの原動力だと思う。母にとっても、慣れ親しんだ味だから、唐揚げを作るとよく食べてくれた。僕はその事が、嬉しかった。それから、僕の得意料理は唐揚げになった。

ある時、友人から梅酢をもらった。映画やドラマの料理監修をする彼女に、どうやって使うのが良いか尋ねたら、唐揚げに使うのが簡単で美味しいと言う。早速試してみると、簡単な上に梅酢の風味があとひき。醤油味の唐揚げは、色々な調味料を入れて、ニンニク、生姜、漬け置く時間、随分と手間に工夫を重ねたけれど、梅酢はちょっとの時間でしっかりと味が染み込むので使い勝手が良い。それ以来、我が家には梅酢が常備してある。

ケータリングで届けるお弁当でも、梅酢を使った唐揚げは人気のメニュー。冷めても、美味しい。

料理をはじめて、もう20年以上は経って、料理を作る事が僕の仕事になっても、得意料理、人気の料理は変わらない。

唐揚げというのは、家庭の数だけレシピがあるだろう、とてもありふれた料理。しかし、揚げ続けているうち歌にもなった。友人である坂本美雨さんが、作詞作曲した「タベタイ」と言う歌、世界中のタベタイものを集めていく歌詞の中、「要一郎さんの唐揚げ」と言う一節がある。僕にとっての応援歌、誰かを迎えて食事をする支度の時や、ちょっとうまくいかないことがあった時にも聴いている。きっと天国の母も、喜んでいるだろう。

我が家の味は、何よりの自慢の一品。きっと家庭での唐揚げのレシピは既にあると思うけれど、たまには気分を変えて梅酢風味、ぜひお試しを。

冷蔵庫には鶏肉がある、今夜も唐揚げにしようかな。

唐揚げ(梅酢風味)
材料
・鶏モモ肉 2枚
・梅酢と酒(2対1の割合で)
・卵 1個
・片栗粉 適宜

作り方
1. 鶏肉を下処理して(余分な筋や皮をとる)、食べやすい大きさに切る。

2. ボウルに梅酢と酒を合わせたら鶏肉を30分浸す。表面が白くなってきたところで、漬けている液を捨てて、水分をよくきる。卵を溶いたら、ボールへ注ぎ鶏肉とよく馴染ませる。

▲僕は、ポリ袋に片栗粉と鶏肉を入れて粉をつけるやり方をしています

3. 鶏肉に片栗粉をつけたら、余分な粉を落としてから、180℃の油で色良く揚げる。

 

家庭的な味わいのお弁当が評判となり口コミで広がる。雑誌への料理・レシピ提供、食や暮らしについてのエッセイなどの執筆を経て、初の単行本『僕の献立 本日もお疲れ様でした』(光文社刊)を発行。2022年1月には第2弾『僕のいたわり飯』(光文社刊)も。

Instagram:@yoichiro_aso

 

フォトグラファー。1974年3月東京生まれ。雑誌、単行本で主に暮らしまわりを撮影。 好きな被写体は人物と料理。著書に、17組の人とその人の作った料理を撮り、文章を綴った『人と料理』(アノニマスタジオ刊)がある。他に『まよいながら、ゆれながら』(文・中川ちえ)など。

Instagram:@wakanababa

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