【力を抜きたい日の食卓へ】第九回:今夜は豚汁をつくりましょう
麻生 要一郎
豚汁を作る日には、棚の奥から我が家の大きな鍋を引っ張り出す。
もうちょい小さくたって構わないのだが、具材と汁がアンバランスに仕上がる事が多いので、面倒でも大きな鍋で作ることにしている。それに大きな鍋の方が、断然美味しそうに感じる。
忙しい日が続くとき、友人が大勢集まるようなタイミングで、作る事が多い。バタバタとした日に帰宅して、豚汁があれば心強い。普通のお味噌汁とは違って、具沢山だからおかず的な要素もある。炊き立てのごはんと豚汁にお漬物でもあれば上等である。老若男女、大概好まれる豚汁は、食卓を囲む人数が一人二人増えたところで全く問題はない。あたたかなもてなし料理としても、うってつけ。この春から、一人暮らしを初めて、そろそろ料理でもしてみようかなという方へも、オススメ。鍋さえあれば、簡単に出来上がる。
具材は、豚肉、大根、にんじん、ごぼう、さつまいも、きのこ、豆腐、こんにゃく…材料を揃えて、切っているだけでも、気持ちが弾んでくる。
母が作ってくれた豚汁には、さつまいもが必ず入っていた。故郷の茨城は、芋類はなんでもとれたけれど、特にさつまいもが名産。大人になって誰かに料理を振る舞い、豚汁を作ると、さつまいもだけではなくて、里芋、ジャガイモという地域や家庭もあって、どれも試してみると、それぞれの風味や味わいがあり美味しい。中でもさつまいもは、お汁の中で甘みが引き出される感じが、僕は好きだ。芋類は、苦手な方は別として、何かしら入っている方が美味しく感じるが、わざわざ買い揃えなくたって、冷蔵庫の隅っこにさつまいもがあったから、煮物で使った残りの半端な里芋、美味しそうな新じゃが、そんな感じで良いと思う。
毎回、我が家の豚汁も、これが正解という事はなくて、冬ならばネギをたくさん入れたり、白菜を加えたり。大根の葉っぱや、蕪の葉、半端な青物も入れてしまう。夏ならば、ゴーヤを入れたりもする。体調が冴えない時には、酒粕を加える。冷蔵庫に余っていた油揚げとか、きのこ類、合いそうなものは、深く考えずにとにかく何でも入れてしまえば良い。
出汁を使えば、風味は増すけれど、これだけ具材が入っていれば、お水だけでも十分に風味が出るので、どちらでも大丈夫。2日目の豚汁というのもまた良い、少し具材がくたくたになった中にうどんを入れて、卵を落として半熟くらいの火の通りで食べると、幸せな味がする。
子供の頃に習っていた剣道で、全国大会を前に道場の合宿が、少し田舎にある農業学校で毎年開催された。多分、3泊4日位だったけど、食わず嫌いが多かった僕には、もっと長く感じた。白いごはんと納豆は食べられたけれど、毎日母が僕向けに作るごはんではないから、食べられないものが多く、付き添い当番のお母さん達に手間をかけてしまった。3日目の晩に、大きな鍋で豚汁が出てきた。その時にはお腹もぺこぺこ、たくさん食べた。付き添いのお母さんが、安心した様子の笑顔で、おかわりをたくさんよそってくれた事を、今でも覚えている。
料理家と言っているけれど、僕が作るのは名も無いような日常の料理。我が家には、友人達がよく食事をしに訪れる。
毎日、買い出しをしては、メニューを考え、食卓に並べる。あの方はお肉が好きで、あちらは魚が好き、それから初めましてのあの子はペスカタリアン。うちの食卓は、よくお刺身とグラタンが並んでいると言われるから、せっかくなのでと豆乳と豆腐を使ったチーズでグラタンを作ってみたりする。
食べるのは、ほんの一瞬だけど、そこまでに辿り着く時間の長いこと。美味しいと言ってくれた時の、喜びは何とも言えないものがある。仕事が忙しくて外食疲れの人たちも多いから、気取らず、我が家の味を提供。味がないのも、ご馳走の一つ。生野菜に酢味噌をつけて、或いはほんの少し塩を振って、好みの加減で召し上がれ。
毎日の食卓を整えるのは、とても大変だと誰より理解しているつもりです。仕事から帰って、短い時間でお腹を空かせた家族にごはんを作る。そうでなくたって、毎日拵えるのは大変です。楽してオーブン料理のはずが、思いがけず火を入れ過ぎちゃったとか、さっき覗いて、あとちょっとかなとうっかり焦がしてしまった魚の干物。その時は、5分前に戻れたらと、人生に絶望するかの如く落ち込みを感じるけれど、それもまた暮らしの1ページだと、すぐに気持ちを手放しています。
今日も家族や、誰かを「お帰りなさい」と台所で迎える事が、僕にとっては何よりの喜びです。さて、今夜は冷蔵庫のあまり野菜も使って豚汁を作ろうかな?
豚汁
材料
・豚バラ肉 400g(小間切れでも)
・大根 半本
・にんじん 1本
・ごぼう 1本
・さつまいも 1本(里芋なら3〜4個、じゃがいもなら2個)
・油揚げ 1枚
・豆腐 1丁
・こんにゃく 1枚
・きのこ 適宜
・長ねぎ 1本
・味噌 適宜
・だし かぶる位に
・油 大さじ2
(※我が家で使用しているのは、直径30センチ5リットルの大鍋です)
作り方
1. 豚バラ肉と油揚げは2センチ幅に切って、大根とにんじんは短冊切り、長ねぎは食べやすい大きさに切る。ごぼうはささがき、さつまいもは一口大に切ってから、水にさらす。きのこ類、豆腐は食べやすく切っておく。こんにゃくは、アク抜き不要のものは、そのまま味が沁みやすいようにちぎっておく。(アク抜きが必要なものはアク抜きをしてからちぎりましょう)
2. 鍋に油を入れて、野菜(大根、にんじん、ごぼう、さつまいも、きのこ、長ねぎ)を軽く炒めて、豚肉、油揚げ、こんにゃくを加え3分程よく炒め合わせる。だし(又は水)をひたひたになる位に加え、沸いてきて灰汁が出たらすくい、野菜がやわらかくなるまで煮込む。(水量が減ったら、水を加える)
3. 豆腐を加えて、風味付けに味噌を溶いたら完成。お好みで小口切りにしたねぎや、三つ葉をあしらって頂きます。
家庭的な味わいのお弁当が評判となり口コミで広がる。雑誌への料理・レシピ提供、食や暮らしについてのエッセイなどの執筆を経て、初の単行本『僕の献立 本日もお疲れ様でした』(光文社刊)を発行。2022年1月には第2弾『僕のいたわり飯』(光文社刊)も。
Instagram:@yoichiro_aso
フォトグラファー。1974年3月東京生まれ。雑誌、単行本で主に暮らしまわりを撮影。 好きな被写体は人物と料理。著書に、17組の人とその人の作った料理を撮り、文章を綴った『人と料理』(アノニマスタジオ刊)がある。他に『まよいながら、ゆれながら』(文・中川ちえ)など。
Instagram:@wakanababa
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