【84歳の庭じかん】 後編:草花のように、夫婦も周囲もゆっくりと調和する
ガーデナーの長塚のり子さんは、富士山麓の朝霧高原で暮らしています。
9年間かけて手を入れた庭では、季節ごとにさまざまな植物が混じり合い、心地よい空気に包まれます。
前編では、のり子さんの半生と、ここでの暮らしを教えていただきました。
「好きな草花をぽんぽんぽんと植えていくと、花同士が仲良くしてくれるんです」
前編でも紹介したこの言葉は、庭を作るちょっとしたヒントなのですが、なんだか心に残りました。草花だけでなく、のり子さんと周りの人との付き合い方にも重なるような気がして。
後編では、この言葉の根をさらに伸ばしてみたいと思います。
前編をよむ無理しなくても、花が居場所を見つけてくれる
シックな色の野性的な草花がたっぷりと、のり子さんの庭を彩っています。庭の奥には日本蜜蜂が巣をつくっていて、次から次へと開く花の間をめぐっては、せっせと蜜を集めています。その健やかな様子に、思わず深呼吸してしまいます。
9年前、この森の家へ越してくる際、のり子さんは、前の家の庭で育てていた草花をすべて掘り上げて持ってきたのだそう。それらが自然と根づき、こぼれ種が芽吹いて、いまのような庭になったそうです。
「無理に育てようとするのは難しいわね。いまここにいるのは、ここが好きというものだけがいるのかな」
花に任せておけば、あとは自然に根づいてくれるのよ、と笑顔で言うのり子さんですが、それだけではない気がしました。
任せるのと放置するのは違います(私は、ついつい放置してしまうのです。反省)。じっさい、のり子さんは庭を歩きながらも花がらをとったりツルを整理したりと、植物をよく観察し、よく手を動かしています。かといって、徹底して作業に励むという感じでもありません。できることだけ手を貸すという感じで、あとは植物に「任せて」います。
のり子さん:
「うまく育たないと思っていたら、思いがけない場所で根づいたり。かと思うと、やっと根づいて喜んでいても、台風で倒れちゃったり、うっかりして誠志が草刈り機で刈ってしまうこともある。以前はそのたびに嘆いていましたが、今は『根は残るから、きっとまた咲くわよね』と思って、騒がないの」
うまくいかないことを嘆く間に、今やることがたくさんある。それは、朝に咲いた花をつくづくと眺めて眼差しを和ませたり、熟したグミの甘酸っぱさを楽しんだりといったことです。
よりかかりすぎず、愛情をもって関わりつづけていく。それは人との関係性にも通じるような気がします。
自分を大事にしないと、人を愛せない
のり子さんは、夫の誠志さんと二人暮らし。それぞれが自分の楽しみをもっています。
誠志さんはパソコンの前で写真作業、養蜂に詳しい知人に教わりながらニホンミツバチの世話をし、野菜畑を耕し、スモークベーコンをつくり、家のDIYに甲斐犬のもみじさんと散歩。
「作品づくりって集中するでしょう。それでも養蜂や家のことがあるから、一旦作業を中断して、家のことに没頭する。一区切りついて戻って作品を見返すと、写真を見る精度が上がっているんだ。終わりがない、それがクリエイティブということだよね」
一方で、のり子さんは家事を終えると夕方まで庭仕事。雨が降ればリースを作ったり、古代文字の書道を練習したり。
こんな調子で、二人とも、それぞれが好きなことをしています。 その時間は、互いに干渉しません。
のり子さん:
「だって、自分を大事にしないと、人を愛せないでしょう。好きなことを見つけてそれに時間を使うことは、自分を守ること。娘たちにも『幸せに生きてて。それが一番の親孝行よ』と伝えています。心のなかで『だから私も、幸せになるの』と思いながら」
最近、小さな変化がありました。もみじさんとの散歩の帰り、誠志さんの手には野の草花が。
「彼、以前はリースなんて目もくれなかったのに、『これもいいんじゃない?』と摘んできてくれるようになりました。それを採用するかどうかはともかく、その気持ちがありがたいじゃない?」とささやいて、のり子さんが笑いました。
「コーヒー飲む?」が円満の秘訣
それぞれの時間をもつ二人ですが、食卓を囲めば楽しげにずっとお喋り。喧嘩したことなんてあるのかな…気になって伺ってみたら、「どんなに気が合う同士でも、24時間一緒にいてごらんよ、無理だよ、人間って」と誠志さんが大きな目をくるくるしてみせたので、吹き出してしまいました。
「もちろん、言い合いすることもありますよ。でもうちのとりえは、なにかあってもすぐ、ケロッとしちゃうのね」とのり子さん。
のり子さん:
「もちろんくすぶることもありますよ。でもいつまでも変な空気を淀ませているのが嫌なのよね。彼も必ず、そのあとで『コーヒー飲む?』って聞くんです。私は『ありがとう』と言って、絶対に断らないようにしていますね。彼もそのことは気づいているみたい」
庭の植物が自然と仲良くなる、とのり子さんは教えてくれました。それはきっと、のり子さんが日々さりげなく目をかけているからこそ。きっと人間関係も同じ。放っておくのではなく、ちいさく思い合う積み重ねがあってこそ、やわらかく育っていくのでしょう。
コーヒーのやりとりを聴きながら、いつだったか、風で倒れた草のなかから小さな芽吹きを見つけたときのことを思い出しました。枯れたように見えても、傷ついていても、植物は伸びていきます。そのことに驚き、私も力をもらったのでした。
一人でも、大勢でも、いまが一番
年に数回、森の中にあるこの家が、たいそう賑やかになる日があります。それはホームコンサートの日。
ホームコンサートは、娘さんが結婚して、ガーデンパーティーを開いたのがきっかけです。それがとても楽しかったものだから、毎年プロの音楽家を呼んで演奏していただくようになったのだそう。
ホームパーティーの日は、自宅をすべて開放します。庭から室内まで、あちこちに人の輪が生まれ、会話の花が咲きます。初めて参加する人がちょっと緊張しながら庭にやってきます。しばらくすると輪の中に溶け込んで、くつろぎながら笑顔を浮かべている。楽器の音色が森に響き、人々が笑顔で語らい、花は静かに風に揺れています。
「ここで出会った人たちが、自然と仲良くなっていく。それも嬉しいんです」とのり子さんが言うのをきいて、まるで庭のようだ、と思いました。
このホームコンサートを支えているのが、「森の家の助っ人チーム」。10人前後の有志が寝袋持参でやってきては、交通整理に受付、飲み物のサーブ、料理と、自主的に手伝っているのです。
メンバーは、古くからの知り合いもいれば、たまたま知り合ったという人もいます。そのなかの一人は、移住先を探してこのあたりをさまよっていたら道に迷ってこの家にたどりついて夫妻と意気投合、「ホームコンサートはとても楽しいから、どうぞいらっしゃい」と誘われて、毎年参加するようになったそうです。
きっとのり子さんは、好きな花をぽんと植えるように、初対面の彼に声をかけたのでしょう。
その方はそれから長塚家に足繁く通うようになり、結婚してからは夫妻で通い、音楽会の取り仕切り、薪割り、草刈り、誠志さんのサポート、料理担当など、なくてはならない存在となっているそうです。
ここにも、植物のように調和していく人たちがいる。
「今が一番って、こちらの暮らしになってからずっと言ってるんですよ。夫婦二人でここにずっといても、人に支えられている。幸せはそれにつきるかも」とのり子さんが微笑みます。
草花のつぼみ、音楽と鳥の声、おいしそうな料理、薪を割る音、涼しい木陰、のんびり寝そべる犬の姿、蜜蜂の羽音、静かに親しくかわす会話……。
植物のように、さまざまな人達がくつろぎながら根を伸ばす。こぼれ種は、これから先の楽しみになる。森に囲まれた静かな庭で、そんな生き方があることを教えてもらったのでした。
photo:長田朋子

長塚のり子
1941年生まれ。神奈川県出身。アートや食、アパレルにプレスなどさまざまな仕事を経て、30年前に青山から静岡県へ移住。いまは庭の草花をいかしたリース作りのワークショップを開催するほか、自宅を開放した音楽会やイベントも主催している
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