【週末エッセイ|つまずきデイズ】ものを減らしてシンプルに暮らしたい、とは思うけれど
文筆家 大平一枝
第五話:シンプルへの近道とは!?
食卓用洗剤に想う
人からいただいて以来、食卓用洗剤というのが手放せなくなった。誤って口に入っても大丈夫な原材料で作られていて、ガス台の油汚れや食卓を拭くと除菌もできるというスプレー式のものだ。
台所用洗剤はありとあらゆる種類が出ている。それまで、食卓は水拭きでなんの不満も感じていなかったので、あまり必要性を感じていなかった。もらったので試しに使ってみよう、という程度だ。ところがどうだろう。ガスの五徳周りなどひと拭きでピカピカになるし、一見きれいなオールドパインの食卓も、白いふきんがうっすらグレーになる。汚れがこれだけ視覚化されると気持ちもいいし、なにやら達成感もある。それからリピーターになった。
切らしたら買う。一日の水仕事の終わりにその洗剤で拭く。家族が食卓を普通のふきんで水拭きしようとしたら「シューッして」と言う。
これを使わないと食卓を拭いた気にならない。シューッが、いつしか当たり前の所作として一日のリズムに組み込まれ、私はもう使っていないころを思い出せないくらいだ。
引き算の美学とは言うけれど
最近、ふと思った。何かを生活に足すことで、後戻りできなくなることがある。足すことで、二度と引くことができなくなるといえばいいだろうか。便利さに慣れて、ないと不安に陥る。食卓用洗剤に限らずそんなものはいくらでもある。スマホもパソコンもロボット掃除機もみんなそうだ。あえてIT機器から一時期離れるデジタルデトックスという言葉もあるほどに、ない生活に戻るのは強く意識しないと難しいものだ。
たかが食卓拭きだが、私は簡単にそれがないと拭いた気がしないと感じるようになってしまった。知らなければ、ない生活でよかったのに、今は戻れない。
手早くて便利なものはあっというまに生活に溶け込む。
しかし、冷静に考えてみれば、あってもいいけれど、なくても生きていけるものはたくさんある。断捨離は、手に入れたものを処分する行為だ。入れる前に、もう少しだけ慎重に考えたら捨てなくてもすむ。
日本はひとりあたりのゴミ排出量が世界随一(焼却場数も世界一)というデータをニュースで見て、つらつらとそんなことを思った。ゴミ問題を耳にするとき、どこかよそごとのように私などはとらえてしまいがちなのだが、ひと家庭から出るゴミが年間1〜2トンと聞いてさすがに青ざめた。整理したり手放すことも大事だが、なにかを買い足すその瞬間に、よく考えることも必要ではあるまいか。
アウトプットよりインプット、引く前に、まず足す行為を見直すほうが、よほどシンプルライフへの近道かもしれない。我が家の台所や洗面所を見て、そろそろ襟を正さねばと自らを戒める昨今なのである。
【今週の1枚】
地味だけど、我が家の隠れた人気メニュー。だしで炊いたふろふき大根にチーズと自家製梅干しをトッピング。料理はだいぶシンプルです。
作家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『暮しの手帖別冊 暮らしのヒント集』等。近著に『東京の台所』(平凡社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)などがある。
プライベートでは長男(21歳)と長女(16歳)の、ふたりの子を持つ母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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