【ドジの哲学】ついつい、飲み込んでしまうアレ
文筆家 大平一枝
ドジのレポート その6
のみこみたい病
ミント味以外のチューインガムを外に出すことができない。小さな頃からずっとそうだ。どうしても味が濃いうちに飲み込みたくなる。
「今回は絶対味がなくなったら外に出すぞ」と決めていても、絶対に欲望に負けて、ずるりと喉の奥に流れていく。そのたび、自分の堪(こら)え性のなさ、忍耐力の弱さを思い知り、自己嫌悪に陥る。どうして私はガムひとつ、味がなくなるまで噛んで外に出すことができないのだろう。なんて心の弱い人間なんだろう。こういうささやかなドジにこそ、人間性が出る気がする。
いつからか、堪え性のない自分を自覚するのが嫌で、ミント味以外のガムは食べなくなった。
そんなわけなので、ガムを呑み込む癖のことを長らく忘れていた。
先週、ファミレスで会計をしていると夫が、網に入ったオレンジ色のボール型のいかにも甘酸っぱくておいしそうな「みかんガム」がレジ脇にあるのを見つけて言った。
「俺、なんでかわからんけど、こういうの絶対飲み込んでまうねん」
え、と思った。
「私も!それ、いつから?」
「子どものときから。味の濃いガムはたいがいそうやねん、我慢できひん。そのたび自己嫌悪になる」
人間としての、だめだめ加減が似ている。二二年一緒にいるが、知らなかった。グルメとか映画好きとか、人は楽しい項目で相性をはかりがちだが、苦手項目ではかるものさしもありそうだ。
目下の目標は、ガムをはき出し、紙に包んで捨てられる人になることだ。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『暮しの手帖別冊 暮らしのヒント集』等。近著に『東京の台所』(平凡社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)などがある。
プライベートでは長男(21歳)と長女(17歳)の、ふたりの子を持つ母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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