【あなたのホーム】後編:“今の私にちょうどいい” は、移り変わるものだから。
商品プランナー 斉木
自分の帰る家や故郷以外にも、自分が自分らしくいられる場所があるのなら、そこを「ホーム」と呼んでもいいんじゃないか。そんな気持ちから、さまざまな人に「ホーム」について伺っている本特集。
今回は、東京からノルウェー、そして松本へと2度の移住を経験してきた、当店の元お客さま係の桑原(くわばら)さやかさんに話を聞いています。
前編では、桑原さんが過去の移住をどんなふうに決意してきたのかを伺いました。つづく後編では、桑原さんがいま考える「ホーム」について話してもらいます。
今いる場所は、「なりたい私」にフィットしてる?と問い続けて
前編で「松本は最高の場所だけど、半年後には別の場所に住んでいるかもしれない」とおっしゃっていたのにびっくりしました。それはどうしてですか?
桑原さん:
「松本は、“今のわたし” にとって最高で、大好きな街です。
わたし、その時の自分に何か違和感を感じると、それをそのままにしておけない性格で。自分がより心地よく、楽しいと感じながら生活するにはどうしたらいいんだろうと考え始めてしまうんです。松本への移住もそんなふうに決めました。
その時々の自分に、何に興味があって、どんな人間になりたいのか。いま進んでいる道はそれにフィットしているのか? フィットしていないなら何を変えるべきなのか?と問いかけ続けているのかもしれません」
桑原さん:
「最初の就職でIKEAに勤めたんですが、当時IKEAは日本進出前で、わたし店舗に行ったこともなかったんですよ(笑) そこにオープニングスタッフとして入ることになったんですが、長野の大学だったので、仕事内容も土地勘もない状況での上京でした。でも、新しいところなら何か楽しいことが起こりそう!とワクワクしたのを覚えています。
そのあとクラシコムに転職したり、ノルウェーに移住したりするんですが、自分のしてきた選択を振り返ると、じっくり考えて動くというよりは、『面白そう』という感覚で選んできたことの方が多い気がします」
▲冷蔵庫にはもらってきたという松本の市街地の地図を。
桑原さん:
「とはいえ根が心配性なので、勢いで決めて、あとで『大丈夫かな?』と怖くなることも多いです。でも、『面白い』と思う感覚が、わたしにとってはすごく大きな動機なんですよね。
今は松本に住むのがベストだと考えているけど、これから先状況が変わるかもしれないし、新しく面白いと思うものに出会うかもしれない。そのときの自分の感覚を大切にしたいので、別の場所に移る可能性も消したくはないんです」
正解かはわからない。でも、自分で選んだ道を信じたくて
桑原さん:
「ホームだと思う場所はどこですか? という質問をもらったとき、一番最初に思い浮かんだ景色があるんです。それは、家からスーパーに行くまでの坂道。
そこからは、松本の街が一望できて、向こうの方には山脈が連なっていて。毎回通るたびにその自然の大きさに圧倒されるんですよね。日々の小さな悩みが吹き飛んでしまうような気さえする、大好きな場所です。
そんな景色を見ていると、ここに住むことを選んだ自分を肯定できるのかもしれません。住めてよかった! きっといまの自分にはここが一番あってる!と実感できるんです」
桑原さん:
「ノルウェーでの生活は、もう一度行けと言われたら迷うくらい、最高につらくて、でも最高に楽しい日々でした。
言葉の壁や気候……悩みは山ほどあったんです。それまでの環境とあまりに違うからか、ずっと仮住まいをしているような、拭えない寂しさもありました。
でも、大自然を見るたびに『この景色に救われているなあ』と思っていたんです。世界は自分が思っている以上に大きくて、いろんな人がいるんだということを、わたしはノルウェーで教わって。その景色を見ると、半ば勢いで移住をした自分の選択を肯定できるような気がしたのかもしれません。人生の中で一番といえるくらい大きな決断だったので、自分の選択を信じてあげたかったんです。
だからその景色や、そこに住む自分を手放したくないという気持ちはずっとありました。でもこれから先ここに長く住むという想像はできなくて。夫婦で話し合って、日本への帰国を決めたんです」
“今のわたしにちょうどいい” は変わっていくから
▲ポストカードの猫は東京で購入して以来ずっと一緒に移動してきた、守り神的存在。
岐阜で生まれてから、東京、ノルウェー、長野といろいろな場所で暮らしてきた桑原さん。「ホーム」ってどんな場所だと思いますか?
桑原さん:
「 “今のわたし” にちょうどいい場所ですかね。 “こうありたい自分” に近づくための場所とも言えるかもしれません。それが今のわたしにとっては松本なんですけど、きっとこれからも変わっていくんだと思います。
今年35歳になるんですが、友人から家を建てたと聞いたり、自分たちに子どもが生まれたりするかもしれない。そろそろ家をもつ準備をした方がいいのではと、夫婦で話し合うこともあります。
そんなとき夫に『その時々の自分たちによって “ちょうどいい” は変わるから、変化があった時に考えればいいんじゃない?』と言われて、気がラクになったんですよね」
桑原さん:
「ずっと住みたいと思える場所を見つけられていないという不安や、周りと自分を比べてしまう気持ちはあります。
でも、いまはその時々の自分たちに “ちょうどいい” 場所に移動できる状況だから、それを味わいたいと思っています。
面白いという気持ちを忘れないこと、こうありたい自分に一歩ずつ近づいているという実感が、わたしにとっては何よりも大切なことだと思うんです」
過去、現在、未来。「ホーム」はずっと移ろっていく
「思い出のために生きている」。これは、桑原さんと夫のオリバーさんの間で何度も交わされていた言葉です。話を聞いている間もふたりは、「あんなとこ行ったね」「あそこでこんなことがあったね」とずっと思い出話をしていて。
それは、彼女が自分たちにとって “ちょうどいい” 場所を模索し続けた軌跡なのかもしれません。
自分がワクワクするもの、例えば景色や街、ひとにアンテナを立てる。それを感じられる場所に住むことで、 “今のわたし” を作っていく。そんな日々の連なりや選択が、未来の自分を勇気づける。
そうして続いてきた桑原さんの人生は、とても素敵だと思いました。
自分にとって代わりのきかないものは何なのか。どんなに理性を働かせようとも、思わず飛びついてしまうのはどんな瞬間か。それを知ることは、ホームを見つけるヒントになるのかもしれません。
もし「これだ!」と思うものが見つかったら、その感覚や選択をまず信じてあげる。でもそれは、時間とともに移り変わっていっていい。
軽やかに、そして真剣に生きる桑原さんの笑顔から、そんなエールをもらったような気がします。
(おわり)
【写真】神ノ川智早
もくじ
桑原さやか
ライター。岐阜県出身。『北欧、暮らしの道具店』で、お客さま係として6年間働いていた元スタッフ。旅が好きで、冬の旅行で訪れたノルウェーの北極圏にある町、トロムソに一目惚れ。スウェーデン人の夫と共に、2016年6月〜2017年11月まで住んでいた。その後帰国し、現在は長野県松本に居を構える。
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