【粋に生きるひと】第3話:「心配」の一言で子供を囲いたくないから、信じて、そして祈る

ライター 川内イオ

子どもを育ててくれた益子という場所

家だけではなく、生活そのものをゼロからセルフビルドしていった高山家。それが実現できたのは、益子という町の存在も大きいと英樹さんは振り返る。

「益子には農家も、焼き物をしている人も、サラリーマンも、本当に多様な職業の人がいるんだよね。実際仲間になって喋ってみると、みんな一生懸命、自分なりに生きてるから、子どもとの向き合い方もしっかりしてるんだよ。

僕は子どもに風景を見せることが大切だと思っているから、普段遊ぶなかでいろいろな職業の人がいて、いろいろ話しているのを自然に聞くことができる環境はすごくいい」

小学校まで2.5キロの通学路を通っていた息子の源樹くんは、当時すべての家の人に話しかけ、地元の有名人に。益子の多様性の恩恵を広く受けた。

「ところどころにその道のスペシャリストがいて、どういうふうに物事に対処すればいいかを学びました。

例えば、山で蛇に出くわしても蛇を脅かしたらいけないよと。蛇もすごく臆病だから、こっちがいるということを前もって知らせたら逃げていくんだからって。どうしても蛇を捕まえなきゃいけなくなったら、しっぽをつかんで振り回しなさいと。草を刈るカマなら、どういうふうに触ると危ないか、研ぎ方や研ぎ具合をチェックする方法、みんな地元の人が教えてくれました」

▲左が現在23歳の源樹くん、右が母の純子さん

実際、源樹くんは23歳とは思えないほど知識が豊富だ。このインタビューの時も、なぜ里山の松が枯れるようになったのか、なぜ都会の人の方が花粉症になりやすいのかなどを話してくれたが、それは学校や本で得た知識ではなく、「山師の知り合い」に聞いたのだと言っていた。

「ここは周りに素敵な人が本当にいっぱいいて、源樹はその人たちに育てもらったようなものです」と純子さん。

 

自分を大事にできる人間になるために

人だけでなく、自然の豊かさも英樹さんと純子さんが益子を選んだポイントだった。

「自分の身体も自然の一部でしょ。自然を大事にしていないと、結局、自分を大事にできないと思うし、自然とうまく付き合えないと自分や周りの人ともうまく付き合えないんじゃないかと思う。

だから、子どもにはなるべく早く自然との付き合い方を教えてあげなきゃいけないと思ってたんだ」

高山家の正面には広大な田んぼが広がっていて、背後には里山が連なっている。少し歩くと魚が住む川が流れていて、子どもが自然と親しむ場所として理想的だった。英樹さんはさまざまなアプローチで源樹くんに「自然との付き合い方」を教えてきたが、そのひとつが釣りだ。

「振り返ると、僕が子どもの頃に魚釣りで自然を学んだんだよね。釣りっていろんな要素が混ざっているんですよ。

子どもにとって魚がかかった時の振動は相当すごい。がーんと生き物のエネルギーみたいなものが体にくるから。それで獲れたら嬉しいし、逃がしたら悔しいし。釣ったら逃がすのか、食べるのかを判断して。

魚の感触、匂いという感覚的なことだけじゃなくて、釣りたいからいろんな創意工夫もするし、川に落ちたり危険なことにも対処しないといけないから」

源樹くんは、家の近くの川で日が落ちて糸が見えなくなるまで釣りを続けるほど熱中した。

最初の頃は、ただ釣り上げることが楽しくて、釣れたことが嬉しくて、釣り上げた魚をバケツにいれて家に持って帰っていた。しかし、水槽に入れても長生きせずに、死んでしまう。

年を重ねるうちに魚に対してそれではかわいそうという感情が芽生え、せっかく釣ったんだから食べよう、食べないならリリースしようと考えるようになっていった。その様子を、英樹さんはただ見守った。

 

テレビより楽しいこと

こういった経験は、実際に源樹くんの感覚に大きな影響を与えていたようだ。ある程度成長した子どもが決まって欲しがるもの、ゲーム。子ども同士の付き合いもあるから、どうしてもと訴えられてそれを拒否するのも忍びない。

高山家でも源樹くんからの願いを聞き入れて、ゲームを購入したことがあった。しかし、親が懸念するほどゲームに夢中になることはなかった。

「ゲームは脳に常に刺激を与えるようにうまくできているけど、やっぱり作られた世界だから実体験、例えば魚がかかった時の皮膚感覚にはかなわない。僕はいつも、『誰かが作った世界で遊んだってつまんねえぞ』って言ってきたんだ。だから源樹もある程度やったら飽きちゃったみたい」

誰かが作った世界で楽しんだってつまんねえぞ。この考えは、純子さんにも浸透している。高山家にはテレビがない。それが原因で源樹くんがいじめに遭ったことがあった。見かねた教師が、純子さんに「テレビを置いてあげてください」と言いに来た。しかし、純子さんは教師にこう伝えた。

「親がやらなきゃいけないのは、テレビより楽しいことを教えることだと思います」

そして、源樹くんにはこう言った。

「テレビを置いたら、テレビに時間を取られて、魚釣りの時間が減っていくよ」

この時、英樹さんは源樹くんに「もうダメだ、死んじゃうと思ったら、言え。全力で助けるから」と伝えていた。「小さい時に、何かの困難に対してトライ&エラーする体験をできたら、大きくなった時に自分で対処できる人間になれる」という信念からだ。

結局、源樹くんはテレビに頼ることなく、自力でいじめを切り抜けた。

 

どこまで口や手を出すか。正解はないから、信じて祈る

英樹さんは、高校2年生の源樹くんが「イタリアに行きたい」と言った時も、航空券や宿の手配を自分でするならひとりで行ってこいと伝えた。源樹くんはそのタスクをクリアし、イタリアをひとり旅した。その経験が、サルディーニャ島で働く現在につながる。

どこまで子どもに口や手を出すのか、どこまで任せるのか、子育てに正解はない。ただ、純子さんは英樹さんと源樹くんの感覚をまっすぐに信じている。だから祈る。

「私は心配することもあります。でもそれで源樹を囲っちゃだめだと思ってるんです。優しい子だから、心配という言葉をひとつ出しただけで、ストップをかけちゃうかもしれない。

褒めたり叱ったり許したり、私が何かするときには、これが源樹にとってすべてよくなりますようにって祈っているような感覚です」

この時、源樹くんはなにも言わず、ただ柔らかな表情で純子さんを見つめていた。

実は、セルフビルドの家はまだ完成しておらず、英樹さん、純子さんは日々、あちこちに手を入れている。最近は敷地内で繁茂していた竹藪を刈り取り、開けたスペースをつくった。そこにゲスト用の小屋を建てるのだという。家の周りにある散歩道も、どんどん距離を伸ばしている。

イタリアで働く源樹くんは、益子に戻るとそれを手伝う。高山家は今も家族で未来をつくり続けているのだ。「楽しいね!」と笑いあいながら。

(おわり)

【写真】鍵岡龍門


もくじ

高山英樹

益子在住の木工作家。石川県出身。文化服飾学院を卒業後都内で舞台衣装や布のオブジェを制作。のちに、北米や中米、アジア、ヨーロッパなどを旅しながら、国内で内装や家具の制作を手がけるように。2002年に益子へ移住し、現在は「暮らし家」として、国内外で作品を発表するほか、ものづくりのワークショップなど幅広く活躍する。

 

川内イオ

1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターとして活動開始。06年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。10年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスエディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。稀人を取材することで仕事や生き方の多様性を世に伝えることをテーマとする。


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