【弱腰のリーダーシップ】前編:ミーティングはしない。「知らないふり」をする。チームづくりのヒントを探して
ライター 川内イオ
弱腰のリーダーシップ
「リーダー」という言葉を聞いて思い浮かべるのは、スマートに、格好よく仲間を率いてゴールに導く誰か。あるいは温かく、熱く周囲を盛り上げながら目標を達成する誰か。それを自分に置き換えると、なんと気の重いプレッシャーであろうか。
その立場は、思いのほか突然に訪れる。企業にいれば大なり小なりリーダーシップをとる場面はやってくるだろうし、家族もひとつのチームと考えれば母親は一家のリーダーでもある。でも誰もが生まれもってのリーダー気質というわけはない。苦手意識を持ちながら奮闘している人が大半かもしれない。
編集部の二本柳も、マネージャーとしてチームを持つ立場になった当初、チームづくりにはまったく慣れておらず、どうしたらいいのかと悩んできた。世にあるビジネス書ではカリスマティックなビジネスパーソンや伝説的な経営者がリーダー論を説いているが、小心者を自認する二本柳には現実味がなかった。求めているのは、時代や市場を切り拓くことでも、会社を上場させることでもなく、誰もが納得する関係性のなかでチームを滑らかに心地よく機能させること。
そんな時、ふと思い浮かんだのが代々木にあるお気に入りのイタリアン「LIFE」。明るく活気のある雰囲気、そこで働くスタッフの自然体の気遣いと、気持ちのいい笑顔が店の魅力を作っていた。それは、こうあってほしいと願う理想のチーム像に重なった。
そこで、「LIFE」をはじめ、全国に4店舗のレストランを運営するオーナーシェフ、相場正一郎(あいば しょういちろう)さんを訪ねた。リーダーとしての在り方とチームづくりのヒントを探して。
チームづくりのヒントを探して
「いらっしゃいませ!」「こんにちは!」「ありがとうございました!」。
東京は参宮橋にある2号店「LIFE son」の午後。お客さんと接するスタッフが発する言葉はどれもソフトで、温もりを感じる。お客さんもリラックスした様子で、食事とその時間を楽しんでいるように見えた。その様子を眺めながら、相場さんは言った。
「飲食業は、アイデアとか味じゃない。人だと思ってるんで」
中高生の時から実家の飲食店を手伝い、高校卒業後、5年間イタリア留学。25歳で原宿にあったレストランの店長兼シェフに抜擢され、28歳で独立して弟と仲間4人で「LIFE」を立ち上げた。そこから4店舗にまで拡大させた今も、厨房に立つ。その味にファンは多く、レシピ本『LIFEのかんたんイタリアン』『30日のパスタ』も出版している。だから、人生の多くの時間を厨房で過ごしてきた相場さんの「味じゃない」という言葉は意外だった。
「僕がスタッフに料理を教えることは基本的にないし、料理長もそう。すごく味にこだわっていてもうまくいかないお店もあるなかで、うちは珍しいと思います。僕なんか料理についての細かい話なんて全然しませんから。それぞれの店舗の料理長には、自分の意識を伝えて、あとはとことん任せます。
大切なのは店のパフォーマンスじゃなくてマンパワーなので。そういうところでうちはファンを作っているような気がします」
大切なのは「どんな店にしたいか」
飲食業は人。そう言い切る相場さんの店づくりは明快だ。飲食店が美味しいものを提供するのは当たり前のこととして、いつもお客さんで賑わう人気店はどこもそこで働く「人」がいい。その人たちが店に活気を生み、その活気を求めてお客さんがやってくる。
そう信じている相場さんが目指すのは「スタッフが元気で活気のある店」。
だから2003年、代々木公園に『 LIFE』をオープンしてから今に至るまで、まずは自分がムードメーカーとして仕事を楽しむ姿を見せ、スタッフが働きやすい雰囲気をつくることを意識してきた。
「僕がいい店をつくりたいという夢や目標を持っても、ひとりじゃできないからいいチームを作るしかない。そのためには自分がムードメーカーにならないといけない。もちろんイライラすることもあるし、怒りたくなることもありますよ。でも、常に元気で明るい自分じゃない限り、従業員の前には姿を現さないようにしているんですよ」
確かに、不機嫌なリーダーのもとで働きたいスタッフはいないだろう。腫れ物に触るような雰囲気は、店の空気もよどませる。「リーダーはムードメーカーであれ」というのが、相場流チームづくりの心得だ。
ストレスに負けない、ではなく、避ける
一般的に、リーダーといえばストレスを請け負う責任があり、ストレスに負けない心身のタフさが求められるようなイメージがある。しかし、相場さんは「ストレスは避ける」と断言する。どういうことだろうか?
職場で明るく元気でいようとしても、常にムードメーカーとしての自分を演じるのは簡単ではない。日々の出来事に加えて、ムードメーカーであろうというストレスが溜まってしまえば本末転倒で、結局「元気で明るい自分」を保つことが難しくなる。それはお店の活気を失わせることにもつながる。
だから、相場さんはスタッフとのコミュニケーションも「無駄なストレスがたまらないこと」を心掛けているという。例えば「ミーティングをあまりしないようにする」。相場さんは自身の子どもの頃を振り返り、「どちらかというと優秀じゃなくて、人の話も聞かないし、勉強も得意じゃないし、ちゃんと真面目にできない子どもだったんです」と苦笑する。学校の集会などではいつもふざけていたし、話を聞こうとすら思わなかった。その頃の記憶が今も残っているから、スタッフを集めて話をしようと思わないそうだ。
「スタッフミーティングって業務的になるじゃないですか。結局2、3人以上集まったら隣の人に遠慮して話もしないし、そういう堅苦しい雰囲気のなかで何か言われても、そこに興味なければ聞いた振り、わかった振りをして終わるんですよ。自分がそういう性格だから、よくわかる(笑)」
相場さんにとっては、わざわざ時間を取って伝わらない話をするのは無駄というだけでなく、「ミーティングで伝えたはずなのに、やってくれない」というストレスを感じるのを避けたいという思いがある。だから、仕事のことで気になることがあったら、担当者に直接伝える。この15年、ミーティングしなくても特に大きな問題はない。
世の中の多くの会社では日常的にミーティングが行われているだろう。しかし、リーダーたちはそのミーティングが望んだ効果を発揮しているか、むしろストレスの原因になっていないかを検証してもいいかもしれない。
「知らないふり」をする理由
自分のかつての行いを反面教師として、「ストレスを感じる前に避ける」という相場さんのスタンスは、徹底している。例えば若いスタッフや入社したばかりのスタッフが相場さんに対して行き過ぎた言動をしたとする。それでも相場さんは怒らず、ただ笑って流すことが多い。それは「自分も親や先輩に対して恥ずかしいことをしてきたから、しょうがない」という思いがある。
「自分もそうでしたけど、わからないことに対してぐちぐち言っても、結局、わかる時期がくるまでわからない。だから、イラっとくることがあっても知らないふりして流すことが多いですね。いちいちそこでその子に対してネガティブな感情を持つよりは、そのうちわかるだろうって。それはしょうがないんですよ、順番なんで」
ちょっとした言動ではなく、もし、看過できないことが起きても、相場さんはなるべく叱らない。感情的にならず、その人に何がよくないのかを具体的に伝えるという。
相場さんの言動はすべて「活気のあるお店」をつくるためにある。求めるものが明確にあるからこそできる行動と決断だろう。それでも溜まるストレスは、すぐに解消する。
「まず、すべての理解者である僕の奥さんが一緒に商売をしているので、家に帰れば話を聞いてくれるというのが大きなポイントです。あとはひとりでサーフィンに行ったり、山に行ったりして自分を解放しています。ストレスをため込まないようにするのはけっこう得意なんですよ」
相場さんは4軒のレストランを切り盛りするオーナーシェフでありながら、趣味であるアウトドアを積極的に楽しんでいることで知られる。それは、ムードメーカーとしての自分を保つ秘訣でもあったのだ。
ストレスは避けるという相場さんだが、スタッフとのコミュニケーションは厭わない。ベテランから新人まで、分け隔てなく言葉を交わすことを心掛けている。それもまた、「活気のあるお店」をつくる秘訣。日々、どのようにスタッフとかかわっているのか。明日公開の後編は、現場でのコミュニケーションについて。
(つづく)
【写真】木村文平
もくじ
相場正一郎
1975年、栃木県生まれ。2003年に代々木八幡にイタリアンレストラン『LIFE』をオープン。その後2012に参宮橋へ姉妹店となる『LIFE son』をオープンし、現在2つの店のオーナーを務める。多趣味を生かして、アウトドアのイベントを企画するなど、「衣・食・住」全般に目を向けた幅広い活躍が注目されている。http://www.s-life.jp/
川内イオ
1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターとして活動開始。06年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。10年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスエディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。稀人を取材することで仕事や生き方の多様性を世に伝えることをテーマとする。
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