【35歳の仕事論】第3話:自分の想像力はちっぽけだから、お手本は「最高のフォーム」にする(校正者 牟田都子さん)
ライター 小野民
社会人になって10年をすこし超え、もうすぐ35歳。先輩の背中を追いかけてきた時期は過ぎて、いまや自分で仕事を作り、背負っていく責任が、じわじわといつも足元にある感じ。そんな変化が生じています。
自分がこれまで積み上げてきたものを生かした、私の仕事ってどんなもの? 年齢も、仕事のあり方も「中堅」に差し掛かったスタッフ津田(編集チームマネージャー)が、人生の先輩に会いに行くシリーズ「35歳の仕事論」をお届けしています。
今回は、校正者の牟田都子さんに、ミスや失敗を入り口にして「よいものを作る」ゴールに向かっていく方法をうかがっています。
どん底の35歳。光明は、なんでもやってみた先に
編集スタッフ 津田:
「牟田さんは30歳で校正の仕事を始められて丸10年経ったとおっしゃってましたよね。35歳の頃はどんなことを考えていましたか?」
牟田さん:
「35歳の時って、ちょうどワークショップで自分の年表を作った頃なんです。そろそろ一人暮らしも10年以上になって、結婚もしたいな、人と暮らしたいなって思っていた矢先に大失恋して、仕事でも3年くらい担当していたPR誌から純文学の雑誌への異動が重なって……超不安で、どん底でしたよ。
不安だらけで、憧れの人のトークイベントに行ったり、いろんなワークショップに参加したり、とにかく試行錯誤していた時期なんですよね。
私って変化がすごく苦手だし、めちゃくちゃメンタルが弱かった。35歳の時なんてまだまだ、津田さんみたいに人を束ねていくなんて」
編集スタッフ 津田:
「私もやっぱり強くなりきれないです。仕事ではなるべく成果にフォーカスしていたいし、言い訳するのはダサくて嫌だから、日中は弱い部分に蓋をして。夜に昔からの友だちと飲みに行くと、私もさらけ出せるので話を聞いてもらってます」
牟田さん:
「私は、35歳って本当に毒出し真っ只中みたいな時期でしたから。だからこそ、落ち込むだけ落ち込んだから、もうやるしかない。言われたこと、習ったこと、全部やってみるって決めてやったんです。
その頃憧れていた『murmur magazine』編集長の服部みれいさんが、『みんな何も決めてない。決めて、やってみればいいのに』って言っていたことがとても腑に落ちたんです」
編集スタッフ 津田:
「それってきっと、仕事にも言えることですね。どうコミュニケーションを取るかの問題も、あれこれ悩んで及び腰になるかもしれないけど、あえて1個選ぶ、やってみる。そこから始まるということは、人生にも仕事にも共通することかもしれません。
決めて、やってみて、よかった経験もだんだん積み重ねていける。たとえば牟田さんだったら、勇気を出して自分で直接ゲラを届けに行ったからよかったという経験が、今も続くやり方になっている。
逆にいえば『間違ったかも』っていう経験も、自分でしないと気づけないですね」
間違いを見つけるよりも、「違和感に気づく」から始める
牟田さん:
「いいと思うことを全部やってみて、向いていないこともあると分かったのも収穫です。それは頭で考えていた結果とは、全然違う。
違和感てすごく大事だと思うんです。私の校正の師匠が、『校正には勘が必要だ』って言っていたんですね。昔は、『なんで勘なの?』って思ってたんです。『知識じゃないの?』って。
でも、今はすごく分かるんです。読んでいて、具体的に言えないけど、何か引っかかるなってことがあるんです。そういう時に辞書を引いてみると、やっぱり何か見つかることが多い。
言葉にはまだなっていないけど、自分の勘がささやくみたいなのを、馬鹿にしない方がいい。それは校正だけじゃなくて、仕事だけじゃなくて、すべてのことに言えると思います。
『このメールを出していいものかどうか悩ましいけど、時間ないから送っちゃえ』みたいなことをすると、たいていろくなことがないです」
編集スタッフ 津田:
「すごく分かります。私の仕事でも、周囲から言われて、自分なりにほんの小さな違和感はあったけれど、まぁやった方がいいのかなと仕事を始めちゃったときに、しっちゃかめっちゃかになるみたいなこと、あります。
ミスを見つけたところが始まり。もっと言ってしまえば、ミスかどうかすら分からなくても、違和感を見つけたところから、始まるんですね」
牟田さん:
「そう思います。違和感は絶対に立ち止まった方がいい。これは、自分にもいつも言いきかせていることです。
例えば、初めてお仕事する方と『うまく意思疎通できないな』ってもやもやしたときに、その方とお仕事をしないのか、引き受けるのかをまず考える。そして、『なんでもやもやしたのかな?』『この言葉に引っ掛かったのかな?』と考えて、違和感を解消する努力をすることも必要ですね。とにかく、違和感を放置していいことはひとつもないと思います」
下手なフォームを真似ても、上達しないから
編集スタッフ 津田:
「私、最近すごく悩むのが『答えのない問いにどう向き合うか?』ということなんです。
正解も失敗も分からない状況では、どんなに小さくても結果を出してみなければ判断がつかない。ならば、むしろ失敗という『結果』こそが手がかりになるのではないかと思っていました。そこに校正者の牟田さんは、哲学をお持ちだろうなと思って。
もちろんそこに通じるものもお聞きできたけれど、さらに一歩手前、自分のなかにある違和感をどう扱うかから始めようと思えるようになりました。違和感を放っておかないで、なにかしら決めてやってみる。やってみて全然違ったら、それもそれでいい。その選択肢は違ったんだとあきらめて新しいことを試せばいいですよね」
牟田さん:
「そうですね。自分の想像力なんてちっぽけなもので、自分で思い描ける成功も失敗もたかがしれているんです。
なにか新しいことや方法を試すときに気をつけていることは、フォームが悪い人を真似てもだめで、最高にフォームがきれいな人を見るべきだということ。私がイベントなどに出かけて憧れの人の話を聞きに行くのも、『本物』を見て刺激を受けて自分に還元したい気持ちがあります。
だから私が35歳で人生に迷っていたときは、とにかくたくさん人の話を聞きに行きました。いま、そういうところで知り合った人たちとお仕事ができているので、ありがたいことですね。
この世の中に『本』が存在する理由もそうです。お手本にしたい人やものごと、本物に出会わせてくれます。自分もそんな本を作るチームの一員であることは、とても嬉しいことなんです」
(おわり)
もくじ
牟田都子
1977年、東京都生まれ。出版社の契約社員を経て、フリーランスの校正者。関わった本に『猫はしっぽでしゃべる』(田尻久子、ナナロク社)、『詩集 燃える水滴』(若松英輔、亜紀書房)など。『本を贈る』(三輪舎)では著者の1人であり、校正も務めている。
ライター 小野民
編集者、ライター。大学卒業後、出版社にて農山村を行脚する営業ののち、編集業務に携わる。2012年よりフリーランスになり、主に地方・農業・食などの分野で、雑誌や書籍の編集・執筆を行う。現在、夫、子、猫4匹と山梨県在住。
【写真】鍵岡龍門
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