【フィットする暮らし】前編:「いま手の中にあるもの」を使って楽しむ。暮らし家・塩山奈央さんの住まいを訪ねました

商品プランナー 斉木

「今の暮らしは、自分にフィットしているなぁ」 わたしたちが心からそう感じられたとき、きっと他人のモノサシではない “自分” の基準で選びとったスタイルがあるのだと思います。

シリーズ「フィットする暮らしのつくり方」は、そんな自分らしく心地いい暮らしをつくっている方を取材し、暮らしのヒントをお届けする読みものです。

vol. 17となる今回登場するのは、塩山奈央(しおやま なお)さん。料理や縫い物を通じて心地良い暮らし方を提案する「暮らし家」という肩書きで活躍されています。

 

できないことじゃなく、「今あるもの」に目を向ける

わたしが塩山さんを知ったきっかけは、今からおよそ10年前に出版された著書『日々、まめまめしく。』(風土社)でした。自身の暮らしについて綴られているその本は、読んでいると「暮らすことって、まだまだこんなに面白がれるんだ!」と、住まいや料理、暮らし全部を自分らしく楽しみたいという好奇心がふつふつと湧いてくるような本なんです。

塩山さんのモノサシは、どんなふうに育まれてきたんだろう。それを知りたくて、今回のインタビューをお願いしました。

お話を伺うなかで感じたのは、塩山さんは「いま手のなかにあるものに目を向ける」のがとても上手な人なのだということ。つい隣の芝が青く見えたり、もっともっとと背伸びをしてしまったり。そんなふうにできないことに目を向けるのではなく、いま自分が持っているもので工夫し、面白がることができる方なのだと。前向きで、そして健やかな塩山さんの暮らしを、今日から2日間、前後編でお届けします。

前編となる今回は彼女のルーツや、古い物件を渡り歩いてきた引っ越し歴などについて紹介します。

 

「ひとつのことを極めるよりも、自分らしく暮らしたい」

塩山さんはなかなか耳慣れない、「暮らし家」という肩書きで活動されています。発酵食づくりやレシピ提案、縫い物などジャンルも様々。どうしてその肩書きを名乗るようになったのでしょう?

塩山さん:
「もともとは、服飾専門学校で服作りについてみっちり学んだあと、新卒でアパレル企業にパタンナーとして就職したんです。その後、染色作家と二人で服作りをした時期もあるんですが、布を裁断縫製する時にでるホコリでひどいアレルギー性鼻炎になってしまって。服作りを諦め、治療に専念することにしました。

アレルギーについて学ぶなかで玄米菜食の考え方を知って。当たり前ですが、食べるものなど生活のひとつひとつが自分を作っているんだなぁと身体で感じる日々でした。そんななかで、何かひとつを極めるよりも、自分らしく生きることを大切にしたいと思うようになり、『暮らし家』という肩書きをつけたんです」

 

お手本は「島根のおばあちゃん」

▲もらいもののブドウの木。毎年実がなって、家族で食べるのがたのしみ

塩山さん:
「こんなふうに『暮らすこと』に目を向けるようになったのは、母方の祖父母の影響だと思います。母の実家は島根県の石見銀山の近くにあるんです。コンビニもないくらいの田舎で、周囲は見渡す限り田んぼと山ばかり。たまに行くと『のどかだなぁ』と楽しめるんですが、実際に住むとなるときっと大変な場所だと思います。

小さい頃からよく訪ねていたんですが、祖父母はその頃わたしの周りにいた大人の誰とも似ていない暮らし方をしているように見えたんです。それが子どもながらにとてもエネルギッシュで、魅力的に映って。

祖父は若い頃村に初めて酪農を導入したあと、土木関係の会社を作りました。祖母は看護師だったんですが、本業の傍ら農業はもちろん大量の草花や盆栽を育てたり。祖父が飼っていた羊の糸を刈って、セーターを作ったりもしていました。

どこまでが仕事で、どこからが趣味かわからない。そんなふたりを見ていると、自分にも同じ血が流れているなぁと思うんです」

 

土間付き長屋や、庭付き賃貸。数え切れない引っ越し歴

▲たくさんの家を共に渡り歩いた家具たち。傷んだら手直ししながら使い続けている

塩山さん:
「わたしも祖父母と同じで、新しいことを試すのが苦にならないタイプ。そのせいか、とにかく引っ越しが好きなんです。一人暮らしの頃から妊娠するまでお金が貯まっては引っ越すという繰り返しでした。

下町の長屋に住んでいたこともあります。もともとそこに住んでいた知り合い夫婦が転勤することになり、住まない?と誘われて。ちょうど『暮らし家』として暮らし周りのワークショップを開きたいなぁと思っていた頃だったので、ここなら広い土間があるし、アトリエ兼住居にできる!と即決。

神奈川県の藤野で働いていた時期もあり、その頃はクラシコムのある国立に住んでましたね。古いアパートだったんですが縁側と小さな庭があって。次は何を育てよう?って考える時間が至福でした。

街も部屋も、実際に住んでみないとわからないことってたくさんある。数え切れない引っ越しを通してそんなことを学びました」

 

柱やハリ。デコボコが自分らしい部屋作りを助ける

今までたくさんの家に住んできた塩山さん。物件選びに基準はあるのでしょうか?

塩山さん:
「今の家に越してきたのは3年前。7歳になる娘の幼稚園入園がきっかけでした。

家を決めるポイントは、入った瞬間にピンとくることですかね。あえて言葉にするなら……物件もそうだし、家具や雑貨選びでもそうですが、古いもの、味のあるものが好きです。新品のものは滅多に選ばないかもしれません。

この部屋も築40年以上経っているんですけど、初めて入った時に『ここだな』と思いました。柱や梁のデコボコが多くて、手を入れる余地だらけ。これは部屋の作りがいがあるな〜!と感じたんです。

わが家は引っ越しのたびに、小さめの古家具と夫がDIYする家具を間取りに合わせてパズルのように組み合わせているので、そういうカスタマイズは凹凸があった方がやりやすいんです。長い年月でいい感じにくたびれてきた雑貨や家具には、古い部屋の方が馴染むなぁとも思います」

 

物が多くても、ごちゃつかない?

インテリアのやりがいがある、と越してきた家なだけあって、塩山さん宅では壁に娘のはなちゃんの絵が飾られていたり、所狭しと雑貨がディスプレイされていたりと、物が多め。でも不思議と落ち着く空間になっています。

塩山さん:
「リビングは子ども部屋も兼ねているのでほとんどが娘の領域。夫が作った棚の中におもちゃや勉強道具を彼女なりに収納しています。娘は片付けが得意みたいで、特に何も言わなくてもある程度整とんされているので助かっています」

塩山さん:
「ダイニングとキッチンはわたしの領域。特にキッチンは、何度引っ越しをしても一番最初に整える、大切な場所です。どこに何があると動きやすいかな?と考えて配置は入念に決めました。

視界がごちゃごちゃする原因って物の多さではなく統一感のなさではないかなと思うんです。リビングもダイニングキッチンも、使いやすさや取り出しやすさを重視しているからか、自然と置き方に統一感が出て、見た目も落ち着く気がしています」

 

はじめから完璧じゃなくても。「あるもの」を自分にフィットさせていく

年季の入った古道具や一見難易度の高そうな間取り。それらの「もともとあるもの」を使って、より自分たちにフィットするよう暮らしを作り変えていく塩山さん。はじめからまっさらでキレイな状態を求めるのではなく、家具の傷や汚れ、デコボコの柱や梁も面白がっていかそうとするその姿は、とても自由でおおらかに感じました。

次回は、引っ越しのたびにイチからカスタムするという家具や、子育てを経て感じたこと、仕事への向き合い方について伺っていきます。

(つづく)

【写真】原田教正

 


もくじ

 

塩山奈央

暮らし家。パタンナーを経て、料理や縫い物を通じて心地良い暮らしを提案する暮らし家に。現在、書籍や雑誌などで活躍。『チルチンびと』(風土社)では『日々まめまめしく。』を連載。著書に『発酵食をはじめよう』(文芸春秋)、『ぬか漬けの教科書 簡単にはじめる』(世界文化社)など。


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