【フィットするしごと】料理人の心意気をぎゅっと誌面に詰め込んで
ライター 小野民
雑誌が厳しい時代だ、と言われて久しい気がします。たしかに今、ただの「情報」ならスマホで検索すればすぐに出てくるし、こと食の情報ならば、調べる店ほぼすべてに個人の評価が付き、点数化までされている時代です。
でも、雑誌には人格があって、その目線で世の中を見られることは、とてもわくわくすること。新しい視点を手に入れて考えを深める手立てとしても、とても有効だと思います。
私が、「ファンが多い雑誌」と聞いてまず思い浮かべるのが月刊誌『料理通信』です。私自身、ライターとして料理家や料理人に取材する機会も多いですが、高い比率で『料理通信』の読者に出会います。フェイスブックのフォロワー数も13万超。その動向は多くの人の関心の的のようです。
『料理通信』の誌面には、最先端で人気レストランの料理が数多く並び、ほとんど掲載料理には詳細なレシピ付き。「小さくて強い店」の特集では、各々の開店資金をつまびらかにするオープンさに驚かされます。
そこで連載「フィットするしごと」、今回は食のプロから、「食べる」にかんすることに興味のある一般の読者まで、幅広いファンを持つ雑誌のあり方を、編集長の曽根清子さんに聞きました。2019年にクラシコムジャーナルで公開した記事を再編集してお届けします。
料理未経験から調理師学校へ。「食べる」を手がかりにさまよった先
──曽根さんが「料理雑誌の編集者」になったのは、やはり並々ならぬ「食」や「書くこと」への思いがあったからなのでしょうか?
曽根:
「そんなこと全然なくて(笑)。最初は消去法みたいな感じです。もともと就職活動のときにも全く労働意欲のない学生で、会社選びの基準は、『制服がなくて、パーテンションがあって、トイレがきれいな会社』(笑)。運良く最初に内定をいただいた会社に就職をしただけなんです」
──20年以上経ってもすらすら出てくるとは、よっぽど切実な条件だったのですね(笑)。食関係の仕事に携わることは考えませんでしたか?
曽根:
「全然。食べることは本当に好きだったんですが、仕事になると考えたことはありませんでした。新卒で入社したコンサルティング会社は、すごく優秀な方たちが働いているところでした。なのに私のモチベーションといったら……。すぐに見抜かれて、上司に『曽根さん、勉強しないとダメだよ』って言われてしまったんです」
──当時の曽根さんから情熱は感じられなかった。
曽根:
「そうなんです。『うわー、社会人になっても勉強しなくちゃいけないんだ』って、素直に勉強しようとしたんです。経営とか、仕事に役立ちそうな本を買ったんですけど、『1ページも読めないとはこのことか!』と愕然としました。
このままだと、本当にダメな社会人になってしまう。興味のあることしか勉強できないなら、好きなことを仕事にしなくちゃいけないと気がついたんです。
条件に合うのは『食』だと気づいたまではいいんですが、『食の仕事だったら料理人』としか思いつかなかったんですよ。それで新卒で入社した会社を3年でやめて、料理人になろうと調理師学校に入学したんです。
すると、19歳くらいの子たちが切実な気持ちで料理人になろうとしている。とってもキラキラしているんです。でも、そのときの私って家でお味噌汁も作ったことがなかったんです(笑)」
──なんと!その状態で調理師学校に行く度胸がすごいです。
曽根:
「下手な癖がつく前に、ちゃんと良いものを知ろうと考えたんですが、無謀でした(笑)。学校での私のポジションは、いつの間にか『試食する人』になっていたんです。
さすがにこれはまずいと思っていたら、『曽根さん、包丁持つよりペンを持ってみれば』と、同じく社会人から調理師学校に来ていたクラスメイトに言われたことが転機になりました。
背に腹は変えられないので、カルチャー教室のフードライター講座に通うことにしたんです。3ヶ月間のコースで、そこで書いたものを、料理専門誌『料理王国』の編集部に送ったら、当時副編集長だった君島(現在『料理通信』の編集主幹)が拾ってくれて。
今は料理人さんに取材する立場なので、自分が調理師学校に行っていたなんて、恥ずかしくて絶対に言いたくないんですが……」
企画を濃縮できるのは、「みんなで決めない」から
──もともとは『料理王国』の編集部にいらっしゃった曽根さん。『料理通信』の立ち上げにもかかわったのですか?
曽根:
「『料理王国』を制作していた会社の事情で全員で独立することになったんです。そのときに、『私たちには伝えることがある』とみんなで出版社を立ち上げました。いま考えると、それも無謀な話ですね。
でも、『食の世界で仕事をしている人たちの素晴らしさを世の中に伝えていかなくちゃいけないんだ』って使命感が原動力でした。そして、その原動力って10年以上経った今でも、全く変わっていません。
私たち編集部のメンバーはみんな食べることが大好きだし、大切にしたい想いが大前提にある。『料理通信』は、食の世界を豊かにするプロの仕事を、食べる人たちに伝えていく雑誌だと思っています。
だから、自分たちはマスコミの人間というより、食の世界の人間だという意識が強いのかもしれません」
──特集はどのように決めているのですか?
曽根:
「固定ファンのいるお菓子やパン特集は毎年恒例になっていますが、年に1回、編集部全員でそれぞれ気になるテーマを持ち寄って、年間企画を決めています。
テーマが決まったら一人ひとりに担当が割り振られて、あとはある程度1人で企画を練り上げるまでは編集会議はしません。
編集部には編集主幹の君島を含めて8人在籍していますが、驚くほどキャラクターというか、興味趣向がバラバラなんです。それを雑誌の幅として捉えようっていうのが、ずっと編集長をやってきた君島の編集方針だったんです。
特集の担当になったら、1人で考えて考えて、発酵させて……それをベースにした上で3人くらいのサポートが入る。一つひとつの記事については、担当が外部のライター、カメラマンと一緒に取材に行っています。
『企画の種を発酵させる』っていう言い方がいいのか分からないですが、企画を発酵させる段階でいろんな人の意見が入ってくると薄まっちゃうんです。方向性がばらばらになっちゃって、結局何を伝える特集なのか分からないものができてしまいます。
今、情報ならたくさんある。だから、ばらばらな情報がただ一冊の中に貼ってあるものなら、別に『料理通信』である必要はない。溢れるくらいある食の情報を取捨選択して、大切なことを見い出して伝える編集作業こそ大事なのだろうと思います。
▲“生地”をテーマにしたパン特集(2019年6月号)扉。パン生地のうねりを表現すべく、コントラスト強めに仕上げてもらった1枚
──確かに、お店の情報ならインターネットで検索すれば出てくるし、個人の評価やグルメレポートみたいなものもたくさんあります。もちろん、信頼できるかっていったら怪しいのですけど。
曽根:
「薄くならないように濃縮していく作業が編集ですよね。個人の持っている興味ってすごいものだと思うんです。どんどん考えを深めていく過程で、次の扉が開いていくこともありますし。個人が裁量を与えられているからこそ、13年間毎月出し続けていてもネタが枯れないのだと思います。
企画の方向性も人によって個性がありますが、広く人脈を作っていけるタイプと深めていくタイプ、スタッフにもいろいろいますから、そういう違いも同じテーマを扱うにしても、違いが出てきておもしろいんですよ」
──8名のなかには、男性スタッフもいるんですか?
曽根:
「それが、いないですねぇ。男性がいたら、また幅が広がっておもしろいだろうけれど、なぜか来ない……。あれかもしれないですね、うちの編集部ってちょっと部活動みたいなんですよ。
もっと良くなる、もっと良くなると粘着質なので、『料理通信しつこいよ』って、男性カメラマンに言われたりします。
『もう入稿も終わってます』って言われてなお、色味にこだわって調整してもらったり、デザイナーともデッドラインぎりぎりまで本気でケンカしながらやりとりしていますね」
料理人に誰よりも近づいてその真髄を伝えるのが『料理通信』らしさ
曽根:
「私たちが素晴らしいと思っている『プロの仕事や食の世界』があって、それを知らない人たちに伝えようと苦心しているから、文章はもちろん、デザイナーともカメラマンとも『どう伝えるか』『何が読者に刺さるか』で、いつもやりあうことになるんです(笑)。
創刊から3年くらいは模索ばかりしていて、すべての料理のレシピ掲載もマストではなかったんです。
──『料理通信』といえば、お店のレシピが載っているのが特徴ですよね。
曽根:
「何が私たちの強みなのかと考え続けていて、あるとき『ああそうか』って気づいたんです。今って、誰でも情報を発信できる時代になっていて、それこそ食レポも毎日発信されている。でも、私たちは食べ手の側から発信しているのではなくて、作り手側、料理人や生産者さんなどの側から、伝えている。そこが強みだとあらためて考えるようになりました。
端的にいえば、普通は厨房の中に入れないけれど、私たちは料理人が料理をする過程を間近で見られるんです。鍋の中でどんな風に食材が変化していっているのか、シェフたちの道具の使いこなし方とか、そういったものを読者にも見えるようなかたちにしていくことに決めたんです」
──なるほど。私もライターとしてレストランの取材で曽根さんとご一緒したことがありますが、料理人の横にびしっと張り付いて、すごい勢いで書き取っていて圧倒されました。
「レシピをください」ってこともできるはずですが、そうしない理由があるんですか?
▲ホイッパーでひたすら混ぜ続けて作る滑らかなスクランブルエッグのレシピ。(2018年10月号「伝統に学ぶコツとレシピ」より)
曽根:
「料理人が書いてくれたレシピと、実際にやっている横でこちらが書き取っていくレシピは、やっぱり違うんですよね。作っている方たちは、当たり前だと思っていることをわざわざレシピに落とさないんです。
でも、本当に知りたいのは、どれくらいのスピードで混ぜているかとか、『乱切り』といってもどれくらいの大きさなのかとか。それが実は味の違いになっていく。だから、『料理通信』はレシピにこそ、実はすごい熱意がこもっているんですよ。
『自家製しよう』という人気の特集も、マスタード、明太子、チーズといったものの手作りの方法を、すごく具体的に見せています。すぐに実行に移せるかどうかということを大切にしているダイレクトな特集です。『自家製』には自分の味、他にはない味を自らが作れる喜びがあります。自家製アイテムは保存食の場合も多いので、食材を無駄にしないという観点からも、読者の満足度が高いようです。
レシピ以外の部分についても、たくさんお話を聞いたなかで一番刺さる、ちゃんと残るかたちで見せる方法を考えています」
──『小さくて強い店は、どう作る?』シリーズも人気ですよね。こちらは、建築系の方とか料理以外の人にとっても関心がある題材なのだと思います。
曽根:
「『店作り』もひとつの軸です。料理だけではなく店全体で表現する時代でもあると思います。私たちが『料理通信』を立ち上げて2年後にリーマンショックがあって、その直後から個人が独立して開いた『小さくて強い店』が増えだしたんですよ」
──『小さくて強い店』特集は、内装の仕事を手がける人や料理に直接関係なさそうな人、幅広い人たちから「料理通信っていえば、あの特集は必ず読むよ」と声をかけられることが多くて、驚きます。
曽根:
「この特集に出たお店には、遠方からも『実は独立したいんです』って来店する人がいるんですって。誌面で紹介することで、『食の世界で何かやりたい』という人たちの交流が生まれていると聞くと、私たちもすごく嬉しくなります。
なるべく、食の世界を豊かに、これから先もずっと豊かにしたいと祈るような気持ちでいますし、そのフィールドに入りたいと思う人が増えてほしい。だから、お店ができた背景や考え方を伝えることをすごく大事にしています」
▲「狭い」「予算がない」「立地が悪い」を逆転の発想で武器にする人気特集。(2016年12月号「小さくて強い店は、どう作る? vol.8」より)
──想いを記事にしているとはいえ、すごく具体的な数字もちゃんと書いてあります。開店資金の調達先やその使い道まで、包み隠さず掲載されていることに最初は驚きました。しかもそれが1軒じゃなくて徹底しています。
曽根:
「そのことに関しては、『よく出してくれますね』ってよく言われます。開業資金の内訳まで、私たちもよく聞いているなって思いますもの(笑)。
──取材している側までも。
曽根:
「はい。だけど、個人でやろうとしたら資金てとても大事なこと。失敗してしまったら本当に残念じゃないですか。だから、限られた予算で何を優先していくかも大切になってきます。人によって優先順位は違うから、その店ができるまでの背景とお金の使い方をセットで伝えないと、その店がどうしてできたかのを伝えることはできない気がしています。
そういった企画の背景をお話しすると、『自分のやったことが役に立つんだったら』ってみなさん公開してくださって。経験を独り占めしないで、みんなで食の世界を耕している意識がある。そういった心意気に私は魅了されているんです」
(つづく)
【写真】佐々木孝徳
もくじ
前編
料理人の心意気をぎゅっと誌面に詰め込んで
曽根清子
『料理通信』編集長
神奈川県出身。国際基督教大学教養学部卒業。経営コンサルティング会社を経て26歳で料理雑誌の編集者に。2006年、「Eating with Creativity~創造的に作り、創造的に食べよう~」をキャッチフレーズに、作り手(生産者)、使い手(料理人)、食べ手を結ぶフードマガジン『料理通信』を仲間と共に創刊。副編集長を務める。2017年7月より現職。 好きな食べもの:バター
ライター 小野民
編集者、ライター。大学卒業後、出版社にて農山村を行脚する営業ののち、編集業務に携わる。2012年よりフリーランスになり、主に地方・農業・食などの分野で、雑誌や書籍の編集・執筆を行う。現在、夫、子、猫4匹と山梨県在住。
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