【フィットするしごと】料理する人、食べる人の垣根がなくなる「食」の時代に

ライター 小野民

食の情報誌『料理通信』の編集長、曽根清子さんへのインタビュー後編です。前編では、曽根さん自身の来し方と『料理通信』の成り立ちについてうかがいました

後編では、雑誌の編集を続けるなかで見てきた食まわりの時代の変化を。創刊から13年、店のあり方や働き方、料理の内容……食の世界も、さまざまな影響を受けながらどんどん移り変わっているようです。

*2019年にクラシコムジャーナルで公開した記事を再編集してお届けしています。

 

大変な時代には、「食べること」が大事になる

──最近、雑誌が苦境だとよく言われますが、そんななかで『料理通信』の業績はいかがですか?

曽根:
「多くの雑誌の部数が減っているといわれるなかで、なんとかずっと横ばいで推移しています。その理由は自分たちなりに分析していて、日本の経済が今後右肩上がりにはいかないことと関係していると考えています。

食べることは生きることに直結しますから、こういう時代にこそ、人は食を大切にしようとします。だから今って、食の分野にとっては追い風なのかもしれません。

人口が減っていっても、紙媒体が苦境に立っても、食を大切にしたい人はこの先もいなくならないし、むしろこれからもより求められていくはず。だからこそ、求めている人たちの日々が豊かになるような内容と伝え方をしていくことが私たちの仕事です。

作り手、使い手、食べ手それぞれが、ちゃんとお互いの価値を理解していく助けになるような誌面づくりが必要だと思っています」

──近江商人で言うところの「三方よし」ですね。

曽根:
「本当ですね。『食べる』って食材を育てる人がいなくなってしまってもダメだし、それを料理する知恵がなくなったらおいしく食べられないし、知恵も技術もある人がいても、そういう人たちの店で食べようとする人がいなかったら、成り立たなくなっちゃうわけですし。

そう考えていくと、これからの時代はそれぞれの立場の人を知ってもらう、つないでいくことが大事です」

──そうですね。食にまつわることだったら明るい話題や応援したいところがあることは、希望につながります。

曽根:
「はい。そう思います。『料理通信には熱量がある』と言っていただきましたが、一番の理由は食の世界の人たちの豊かさだと思うんです。取材を通して、彼らが世界を耕していることを実感するんです」

 

人生に合わせて店を作る時代

──創刊から10年あまり経って、食のシーンや食の現場での働き方はどのように変化していますか。

曽根:
「創刊の頃は、リーマンショックによって解雇される人たちがたくさんいたし、会社に就職すれば人生安泰じゃないってことがまざまざと感じられる時代に突入した感じがありました。

そうなると、自立して生きていこうとする人たちが増えたという肌感覚がありました。異業種から食の世界に入ってくる人がすごく増えて、その人たちが作るお店は、いわゆる修業してきた料理人さんたちが作るお店とはまた違うものだったんです。

新しく参入してきた人たちはずっと食べ手側にいた人たちが多い。すると、自分が店を開く側になったときに、食べ手の気持ちも分かるし、修業をしていない分、通いやすい価格で工夫しておいしいものを出したり、居心地のいい空間を作ったり、知恵と工夫が詰まった店が増えて、外食が一気に日常化しました」

──現在の食業界についてはどのようになっていますか。

曽根:
「食の世界でも、『働き方改革』が起こっていますね。自分の人生に合わせた働き方にお店の形態を合わせている人たちと出会うようになりました。たとえば、料理人さんでも店を持たない生き方をしていたり、ナチュラルワインを出す店でも朝9時から夜18時までの営業だったり、週に2日しか営業しないお菓子屋があったりとか」

──自分の暮らしに合わせているんですね。

曽根:
「今、食べ手の側もいろんなスタイルの店を受け入れるようになっています。『それでも食べたい』って。

定休日が定まっていなかったり、たまにしか開いていない店だったとしても、SNSで常に『今やってます』とか『今日休みです』みたいな発信をして、お客さんもそれを確認してから店に行くのがベースになっています。だからこそ先に挙げたような働き方が可能になったとも言えそうです」

 

最先端とは一味違う、食のトレンド

▲発信力のある個人店が注目を集める山梨、熊本、福井をフィーチャー。(2018年11月号「小さくて強い店の、レシピ集 vol.2」より)

曽根:
「働き方だけじゃなく、場所も変化していると思います。最先端の食の世界っていうと、以前は首都圏が中心だったと思うんですよ。地方では、『とがったことをやっているとお客さんは来ない』と言っていましたけど、どんどんどんどん変わってきている実感があります。

むしろ、地方に行った方がやりたいことができる、地方だからできることがある、とよく聞くようになりました。そこに行かないと体験できないことを求めて、人は移動するようになったんだと思います」

──その傾向は、いつ頃から感じていましたか?

曽根:
「4、5年前からですね。『料理通信』で取材している方たちが、本当によく地方に行くようになったし、地方で有名シェフが携わるイベントも増えてきた。それも、大規模なイベントというよりも、ワイン生産者を交じえて、シェフ同士がコラボするとか20〜50人規模くらいの楽しそうなイベントがあちこちで行われている。

たぶん、そうやって地方を訪ねた人が、楽しさに気付くんだと思います。そしてそのエリアにまた違うお店ができたときに、行ってみようとなる。小野さんが住んでいる山梨なんかもそうじゃないですか? 」

──はい、山梨の食は盛り上がっている気がします。人口の少なさや空き家率の高さが日本一という状況を考えると、なんだか意外な気がします。

曽根:
「そうなんですよね。すごく食の世界の人たちから『山梨はおもしろい』と聞きますよ。

起点となるようなお店が日本各地にできつつあって、東京にいる料理人さんたちもお客さんも、地方を体験しに行きたいと思っている。人が移動することによって良い環境が各地で生まれてきている気がします。

もちろん、東京に集中はしているんですが、でも、草の根で東京にはないものに対しての関心は高まってきているのではないでしょうか。私自身も、今海外に行くよりも国内で見てみたいエリアの方が多いです。

ちょうどこの週末に沖縄に行くんですけども、ちょっと周りにヒアリングしただけで、どんどん情報が集まってくる。山陰地方もこれまで全然掘れていなかったけれど、行ってみるとだんだん繋がってくるんですよね。それって、今の時代だからこその情報網のおかげだと思います。

SNSなどのおかげで地方にいても全国的に知られていくし、それでもやっていける実例が増えてきたら、こういった生き方を選択してくる人も増えていくし、おもしろい展開だと思っています」

 

▲昨年、日本にオープンした北欧料理の最先端「INUA」の発酵ラボに潜入。(2019年5月号「世界が夢中! 発酵レッスンvol.2」より)

 

──『料理通信』の編集主幹である君島佐和子さんが『外食2.0』(朝日出版社)を出版された2012年時点では、レストランでは「コース料理でシェフにお任せの一択」が人気になっていると書かれていましたが、今のトレンドってありますか?

曽根:
「ここ数年、世界的にトレンドとなっているのは“発酵”ですね。もともと食材の保存や活用法として世界各地に発酵文化は存在しますが、北欧ガストロノミーを代表するレストラン『noma(ノーマ)』が、食材の備蓄だけでなく味に深みや奥行きを与える調理法として発酵に注目したことをきっかけに、レストランのシェフたちがこぞって取り組むようになりました。バルやカフェなど日常使いの店でも『食材を無駄にしない』『オリジナリティを出せる』など発酵メニューが増えています。

『料理通信』でも去年、今年と発酵特集を組みましたが、発酵ってDIY的というか、見えない微生物を想像しながら味を育てる楽しみがあるんですよね」

 

「料理人」という人種に魅せられて

▲黒毛一辺倒ではない牛肉の価値を伝える食肉卸の女性にインタビュー。(2018年12月号・連載「新・クリエイション魂」より

 

──最後に、今後の『料理通信』の展望を聞かせていただけますか?

曽根:
「うちの会社の刊行物は1誌しかないので、手堅く数字を見込める特集に頼りたくなるところをぐっと堪え(笑)、新たなテーマで数字を上げていきたいです。

実は『料理通信』はこれまで和食を特集しても売れないというジンクスがあって……。読者にワイン好きやワインを扱う店の方たちが多く、洋のレシピのニーズが高いと思ってきたんです。でも、和食の素材選びやシンプルに持ち味を引き出す技は、ジャンルを問わず生かせるはずと4月号で『和の手仕事、いただきます』という特集を組んだところ、おかげさまで売れ行きも好調です。

6月号(*2019年)では都市農業を取り上げるのですが、それも食の新しい流れを受けていますね。料理人が、料理するだけでなくて食材から育てる例が増えています。やってみて初めて分かることもあるから、編集部で野菜を育てるのもいいかも、なんて夢が膨らみます。

もうひとつは、普段は料理人さんや生産者さんたちに取材して伝えていますが、もうちょっと食べ手=読者のことも、特集を作っていく上で巻き込んでいきたいです。

読者イベントでお話ししたり、読者からのメールを拝読したりすると、みなさんいろんなところに行っているし、いろんなことに興味があるし、編集部が全然知らない部分を見ている人たちがたくさんいることにあらためて気付かされます。

食べている人が何を考えているのかもどんどん変化しているから、その中身についてももっと敏感に知っていけば、まだまだおもしろい特集を作っていけそうで楽しみなんです」

──あらためて、20年近く食専門の編集の仕事をやってこられたってことはすごいことですね。しかも、社会人になった時点では、なるべく楽に個人プレーでやっていきたいと思っていらっしゃったことを聞くと、継続してこれた動機の根幹が知りたいです。

曽根:
「一言でいえば、食の世界で働いている人たちがとにかくおもしろいんです。大昔に君島が『料理人は人種だ』って言っていたことがあるんですが、本当にそうだなぁと思います。なんだか、他の人には言えない言葉が出てくるんです。

と言いながら、毎月雑誌を出すためには、本当にただただ追われていますが(笑)。

私自身、普段はどこかで聞いたような言葉とか、ありきたりな言葉を使っていると思うんです。だけど、取材で料理人や生産者さんの話を聞いていると、本当にドキッとする言葉が出てくるんです。その人にしか言えない言葉を聞ける機会に立ち合っていると、仕事が大変で気持ちが落ち込んでいたとしても、また奮い立たされるんです」

 

(おわり)

【写真】佐々木孝徳


もくじ

前編
料理人の心意気をぎゅっと誌面に詰め込んで

後編
料理する人、食べる人、垣根がなくなる食の時代

 

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曽根清子

『料理通信』編集長
神奈川県出身。国際基督教大学教養学部卒業。経営コンサルティング会社を経て26歳で料理雑誌の編集者に。2006年、「Eating with Creativity~創造的に作り、創造的に食べよう~」をキャッチフレーズに、作り手(生産者)、使い手(料理人)、食べ手を結ぶフードマガジン『料理通信』を仲間と共に創刊。副編集長を務める。2017年7月より現職。
好きな食べもの:バター

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ライター 小野民

編集者、ライター。大学卒業後、出版社にて農山村を行脚する営業ののち、編集業務に携わる。2012年よりフリーランスになり、主に地方・農業・食などの分野で、雑誌や書籍の編集・執筆を行う。現在、夫、子、猫4匹と山梨県在住。

 

▼連載:フィットするしごと


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