【金曜エッセイ】あの人なら、とプレゼントを選ぶように

文筆家 大平一枝


第五十六話:四角い小さな旅


 

 わざわざ車を止めて立ち寄るほどではないが、出張や旅先で窓口が開いている時間に郵便局を通りかかると、さっと覗く。記念切手や特殊切手、地域にちなんだオリジナルフレーム切手の在庫は、郵便局ごとに異なるからだ。そこでしか手に入りにくいものがけっこうある。
 そして趣向を凝らした色とりどりの小さな四角を、私は旅の思い出とともにそっと持ち帰る。

 海外にいく友人には、その地の古切手を土産に頼む。古道具屋や蚤の市で、袋に二〜三十枚入って売られている。
 先日はイタリア土産に、植物モチーフの古切手が三〜四十枚入った袋をもらった。どこか一国でなく、ブルガリア、アルジェリア、トリニダード・トバゴのなど珍しい国々の古切手が植物というテーマでひとまとめになっていた。日本ではあまり見かけない色合いや、細密または大胆な構図で、国ごとに個性が違い飽きない。

 また、同じ国でも統治されていた時代ごとに図柄が変わり、国家間が垣間見えるので、興味深い。

 私は、コレクターではないので、入手したそれらを、どんどん使って楽しむ。日本の切手は、送る相手の雰囲気や、万年筆のインク、便箋の色に合わせて。消費税のため端数の切手が必要な最近は、イタリア土産を真似て「鳥」「動物」しばりなど、テーマでまとめて三〜四枚を組み合わせるのも楽しい。

 海外の古切手は、封留めシールがわりに貼ったり、模様のように何枚かをデザインとしてあしらったり。
 仕事用の請求書も、味気ない茶封筒に草花や風景の切手をあしらうと、とたんににぎやかで楽しげになる。たった一枚でも、温かみが生まれる。おかげでひどく苦手だった請求書づくりが少し、嫌いでなくなった(でもまだ苦手……)。

 あるとき、一週間ほどアメリカ取材をご一緒したグラフィックデザイナーに手紙で御礼を書いたら「手紙をいただくのが久しぶりで、さらに縦書きのそれは数年ぶりでした。しみじみと、手紙っていいものだなあと感じ入りました」と言われた。
 切手のデザインや便箋の紙質についても、ほめてくれた。同じ気持ちでも、メールと手紙では、やはり届き方や嬉しさの深度、目に留まるあれこれが、まったく違うのだなあと当たり前のことを知る。

 手紙は出したらそれでおしまいでなく、今度は、アフリカの土偶の切手にしようか、いやデザイナーさんだけにオランダや北欧のものはどうだろうと、あれこれ想像を巡らす時間が小さく続く。「今度」がなくても、その時間はけっこう楽しい。

 とはいえ手紙は喜ばれるとわかっていても、なかなか面倒なもの。
 そこに、「あの人にはこの切手を」とプレゼントを選ぶような気持ちが加わると、“億劫”が楽しいあそびの時間に変換される。

 私は毎月、請求書の発送があり、献本やいただきものの御礼などで、わりに頻繁に切手に触れる機会が多い。
 さて、どれにしようかと引き出しにしまい込んでいた切手を広げる。そうそう出張もないし、外国にもいけないので、私はそんなとき、小さな四角い窓を覗きながらつかのまの旅をする。

 ちなみに最新のお気に入りは、郵政博物館で手に入れた、前回の東京オリンピックの記念切手である。五枚三〇〇円。特色を使った前衛的な図柄で、とんでもなくかっこいい。五五年も前に、先人はこんなso coolなデザインを施していたのかと誇らしい気分になれる。切手は「小さな美術館」といわれる。なるほどそのとおりである。

 メールに比べたら手紙はずいぶんスローな伝達ツールだが、気持ちまるごと形として残せる。そういう行為を“億劫”から“楽しみ”に変えてくれる切手は、力強いコミュニケーションの道具でもある。

 手紙は苦手だなあと思っているあなたに。そんな切手あそびのご紹介でした。

 
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文筆家 大平一枝

作家、エッセイスト。長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。

大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com

▼本連載の過去記事はこちら

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