【あのひとの子育て】田中千絵さん〈後編〉子どもは毎日変わる。お母さんもアップデートが必要なんじゃないかな
ライター 片田理恵
デザイナーとして活動しながら、高校生と中学生のふたりの息子を育てる田中千絵さん。前編ではポジティブに子育てを楽しもうとする姿勢について、そして反抗期を迎えた次男との葛藤の日々についてをお話しいただきました。
続く後編では、田中さんの子育て哲学を育んだご自身の子ども時代のこと、そして母として、それを息子さんたちにどう伝えようとしているのかということについて、お話を伺います。
子ども時代の経験が今、子育てのヒントになっています
日常をちょっとしたイベントに仕立てて、なんでもない時間を楽しむ。前編でうかがった田中さんのそんな暮らし方は、子どもたちと過ごすあらゆる場面で発揮されています。
例えばこの写真は年末の大掃除の様子。カラフルなレインコートを着ているのはホコリで服を汚さないためですが、実用的なはずなのにむしろ、楽しさやおもしろさが感じられる一コマです。掃除をするという行為そのものは変わらなくても、そこに「レインコートを着てやったらおもしろくない?」という一言があるだけで、心持ちは180度変わってしまう。
こういう発想は、どこから着想を得たものなのでしょうか。
田中さん:
「子どもの頃の環境は大きいかもしれませんね。人とのコミュニケーションの取り方って、私、母親から学んだことが多いんですよ。この大掃除の時も、考えていたのは息子とどうコミュニケーションを取りながらやれば楽しいかなってことだったし。
母は絵画教室の先生です。デザイン関連の交流の場に出かける時にはいつも私と妹を連れていってくれました。そうすると必然的にいろいろな大人と会話をするし、母が大人同士で仕事の話をしている様子も間近で見ることになるじゃないですか。
家にいる時とは全然違う母を見るのは新鮮でしたね。ユーモアを交えた知的な会話を交わしている女の人という、別の一面を見た気がして」
大人の「社交の場」が、子どもの「学びの場」になる
いつもとは違うお母さんの姿を見ながら、自身もさまざまな大人と会話をする機会を重ねていく。次第に田中さんは「相手も楽しいし、自分も楽しい」というコミュニケーションの在り方が、自分にとって心地よいものであるということに気づいていったといいます。そしてその経験は今、彼女が主催する食事会に生きているそう。
田中さん:
「子どもがまだ小さくて自由に外食ができなかった頃、友達と楽しくごはんを食べたいなぁとよく思っていたんです。
それでふと思い出したのが、自分が子どもだったときのこと。大人同士の社交の場って、子どもにとっては学びの場でもあった。それなら家に友人たちを招いて、みんなで食事をするのはどうだろうと考えました。
大人は大いに楽しめばいいし、子どもたちにとってもきっと得るものがある時間になるんじゃないかなと思って」
いろんな大人がいるってことを知ってほしい
そして始まった食事会。開催が決まると田中さんはまず、息子さんたちにゲストについての話をします。どんな仕事をしている人なのか。田中さんはその人のどんなところが好きで、尊敬しているのか。そして、興味があれば何か聞いてみてもいいかもよということも、さりげなく促しておくそう。
田中さん:
「とはいえ実際に食事が始まってしまえば、そんな予備知識は不要なんですけどね。一緒においしいものを食べて、ボードゲームをしたり、他愛のない話をして笑ったりしていればそれでいい。子どもって大人が想像する以上に、その場からいろいろなことを学びとっていると思うんです。
私が息子たちに何より知って欲しいのは、いろんな大人がいるんだなということ。親と一緒に暮らす時間はいずれ一人立ちをするための準備期間だから、その間に世界の広さに少しでも触れられるって、いいことなんじゃないかな。
それに私が外で母の別の姿を見ていたように、彼らが私の別の側面を見ることも必要だと感じるんです。子どもの信頼に足る大人でありたいし、それは家族間ではないコミュニケーションからわかることもあるだろうから」
反抗期の息抜きは、息子の好きなおやつ作り
そんな友人たちとの食事会では、息子さんがデザートを担当することもあるといいます。料理も手芸も小さい頃から大好きという次男。反抗期を迎えてからも、日々のおやつ作りに関しては母子で一緒に取り組んでいるそう。
田中さん:
「おやつを作るのは、反抗期の合間のちょっとした息抜きのような感じなのかもしれません。定番はホットケーキ、鯛焼き、ドーナツ、クッキー、プリン、ゼリー。
『自分で作れるんだ』という驚きと、『自分で作ったものがおいしい』という喜びって、ささやかだけどすごく健康的な幸せだと思うんです。私としては、息子がそういう感情を味わう時間に立ち会えるのがうれしい。
子どもの好きなことに親も一緒に取り組むことで、会話が生まれるし、気持ちまで明るく楽しくなるんですよね」
さらに、デザイナーらしい視点を交えたこんな言葉も。
田中さん:
「お菓子はもちろん、朝食や昼食を一緒に作ることもあるんですが、『料理は盛り付けまでやって初めて完成だよ』ということはいつも伝えています。作ることと仕上げることはどちらも大事。仕上げってあまり重要視されないことが多いんですけど、思いを込めて工夫した盛り付けって感動するし、余計においしい気がするから」
「お母さん」を日々アップデートしていきたい
田中千絵さんの子育ての話、いかがでしたか。
私たちはみんな、バトンをつなぎながら順番に大人になります。それまでの過程で得た体験や学びを、自分らしい形で、今度は次の世代へとつないでいく。だとすれば、たくさんの思いをバトンに込めていつかしっかりと手渡すそのために、今、歩みを止めずに前へ前へと進んでいるのかもしれません。
田中さん:
「変化って成長のこと。だから子どもは日々変わっていくし、昨日と同じやり方が今日はもう通用しなくなる。子どもに寄り添っていくためには、お母さんもアップデートしていく必要があるんじゃないかなと思っています。
だって、できれば変化のひとつひとつにうろたえたり怒ったりせずに、ほほえんで見守っていてあげたいから。もちろんそんなにたやすくはできないってわかってますけどね。『菩薩、菩薩』と唱える日々は、まだまだ続きそうです」
(おわり)
【写真】田中千絵、平本泰淳(プロフィール)
田中千絵
デザイナー。武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科卒業。在学中から伯父・田中一光のもとでデザインを学ぶ。グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、書籍の装丁など幅広く活動中。オンラインストアにてグッズや書籍も販売している。
ライター 片田理恵
編集者、ライター。大学卒業後、出版社勤務と出産と移住を経てフリー。執筆媒体は「nice things」「天然生活」「あてら」など。クラシコムではリトルプレス「オトナのおしゃべりノオト」も担当。
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