【57577の宝箱】毎日のなかにただよう光の粒 とらえてながむわたしの宝石

小説家 土門蘭

短歌を詠み始めるきっかけは、1冊の手帳だった。

ある日友人が、日付のない手帳をプレゼントしてくれた。それはすべすべとした、きれいな黒い手帳だった。
ただ、わたしにはすでに愛用している手帳があり、予定はすべてそこに書き込んでいる。ではこの手帳を何に使おうか。
「短い日記を書こうかな」と思ったが、それもすでにパソコンで書いている。家計簿にするのもメモ帳に使うのも、なんだかしっくりこなかった。きれいな手帳だったから、きれいなものを書き留められたらいいな、と思った。

真っ白な手帳をぱらぱらとめくっていると、ふと「毎日一首、短歌を詠んでみようか」という考えが浮かんだ。短歌なんて、それまで数えるほどしか詠んだことがない。でも、まっさらな紙に向き合っているうちに、新しいことを始めたくなったのだ。新しい物は、持つ人を新しくする力を持っている。

§

その日から、自分の日常を見る目が少し変わった。
まるで初めてカメラを手に入れた子供のような瞳で、目の前の光景を見るようになった。何か美しいものはないか、何か心を惹くものはないか。そうして探すともなく探しながら、「あっ」と思ったときにシャッターを押すような、つかまえるような感じ。わたしの場合は、それが静止画ではなく、数粒の言葉として手元に残った。

ひとつひとつは、特別な言葉じゃない。たとえば「蝉」だったり「まぶしい」だったり「歩く」だったりする。だけど「あっ」と思ったこの一瞬からつかまえた言葉だからこそ、それらは輝きを秘めていて、まただからこそ、放っておくとすぐに溶けて消えてしまう。言葉が一瞬の輝きを秘めているうちに、瞬間冷凍させてしまうことが大事なのだ。

それらを一度、自分のポケットの中に大切にしまい、また日常の中に戻る。そしてまた、言葉をつかまえる。その繰り返し。そしていくつか溜まったら、それらをポケットからすべて出し並べ、まるでビーズを一粒一粒、一本の紐にくぐらせネックレスを作るように、五七五七七の音になるように組み合わせて短歌にする。

そんなふうにわたしは短歌を詠み始めた。独学なので、これが良いのかどうかもわからないし、最初も今も、うまくできているのかどうかもわからない。
ただ、できあがったネックレスは、自分の手で集めたきれいな粒でできていて、それを眺めていると少し幸福な気持ちになる。きょうも自分の一日の中から、ちゃんときれいな粒を見つけることができた。そのこと自体が、自分の人生を大事にできている証のような気がして。

§

だけどある時から、短歌がまったく詠めなくなった。

別に何か落ち込むようなことがあったわけでもないし、以前に比べてすごく忙しくなったわけでもない。変わったことと言えば、自転車に乗らなくなったことだ。以前は毎日、仕事をするために事務所まで自転車通勤していたけれど、ある時から自宅で作業するようになった。すると、めっきり短歌を詠めなくなってしまったのだ。

なぜだろうと考えてみると、あることに気がついた。
自宅で仕事をするようになってから、とにかくひっきりなしに文字を見続けている。
メール、資料、チャットツール、ニュースサイト、SNS……。仕事の合間にFacebookやTwitterをのぞき、気になるリンク先の記事を読み、「これってどういう意味だろう?」と思ったら検索をし、時間が来たらまた仕事についての文章を書いたり読んだりする。
次から次へと液晶画面に溢れ出る言葉たち。わたしの視線は長時間それらに注がれた。すると宙にただよっている言葉の粒は、とたんに見えなくなったのだ。

それでようやく、短歌を詠むには「自転車に乗る」ような時間が必要だったのだなと気がついた。
自転車に乗っているときというのは両手が塞がっている。だから本を読んだりスマートフォンを眺めたりすることができないし、イヤホンで音楽を聴くのも禁止されているから歌詞を聴くこともない。

つまり受動的に言葉を浴びていない、ぼうっとしている空っぽの状態のときにこそ、言葉の粒は見えるのだ。わたしはもう一度、それを見たいと思った。そしてまた、自分だけのネックレスを作りたいと。

§

それからわたしは散歩を始めた。植物を育て始めた。朝起きたら窓を開けて空を見、晴れていたら深呼吸し、雨が降っていれば雨の音を聴いた。ごはんはよく噛んで食べ、眠るときは洗い立てのシーツの匂いをかいだ。

わたしは、ていねいな暮らしがしたいわけではなかった。ただ、わたしの日常に浮かぶ光のような言葉を、ちゃんと見つけてとどめたかった。つまりそれが「今をきちんと生きる」ということだと気づくのは、短歌をふたたび詠めるようになってしばらくしてからの話だ。

黒い手帳を開くと、白い紙の上に黒い罫線がかかっている。
それはまるで宝箱のしきりのようだ。
わたしはそのひとつひとつの空間の中に、できあがったばかりの短歌をそっと置く。

時に不恰好で、時に壊れやすく、時によくわからないものだけど、世界にひとつしかないその宝石たちが、わたしの生活を肯定してくれているような気がする。

 

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 


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